今日の短歌　第994話・10.15

「積乱雲ほどのインパクトはないか」「あ、圭さん、今日は短歌詠まないの」茫然と雲を眺めている石田圭の前に来たのは、妻のベトナム人ホア。さっきまでは子供の幸越の面倒を見ていたが、どうやら眠ったらしく代わりに圭のところに来たようだ。

「あ、ホアちゃん、幸ちゃん寝ているの」圭が振り返ると大きくうなづくホア。「うん、だからちょっと暇、今日は短歌とか詠まないの」「詠まないって、急に言われても......」圭はそう言いながら戸惑っている。

　日本の文化にあこがれてベトナムから来たホア、だから日本独自のものが好きである。ただ好きなだけなら良いが、それだけでなく、それを実践したくなるようで、以前も筆に文字を書くことにはまっていることがあった。それが最近短歌にはまっている。その前は俳句と川柳にはまっていて毎日実践していた。ところが「５，７，５じゃつまらない」と言い出すのだ。
　ホアは彼女なりに頑張って考えるが、どうしてもこの文字数では表現できないという。
「俳句は季語だっけ、これは日本独自のものだからなあ」ホアの故郷は東南アジアでいわゆる熱帯地域だ。多少の温度差はあるが、日本ほどではないし、いわゆる四季のようなものがない。だからいまいち理解できなかったようだ。

「キゴはまだいい。でも文字数が足りないの」と、ホア不満を漏らす。圭から言わせれば「無理に作る必要もないのに」と思うが、ホアは納得がいかない。「ねえ、もう少し文字数を表現できるのってない？」ホアにせがまれると、圭は「どうにかしてあげないと」と思うらしく、腕を組んで考える。
「うーん、五七五じゃなくてか......」圭はここで思い浮かんだ。「ホアちゃん短歌はどう。あれは五七五七七だ。14文字も長くなるよ」

　それを聞いたホアは途端に嬉しそうに「14文字も増えたんだったら出来そう、そのタンカやる」と言って短歌を考え出す。ホアの考える短歌は特に意味もなく　５＋７＋５＋７＋７の31文字で何か創作しようとしていた。
「ねえ、圭さん、例えばこんなのどう」さっそくできたのか、ホアはその場で短歌を披露する。

『圭さんは　いつも私を　見てくれる　だから私も　うれしいのよね』

「お、ちゃんと５・７・５・７・７になっているよ！」即興で作った短歌に圭は思わず口元が緩む。それまでは俳句や川柳を苦闘しているホアだから、まったくの初心者ではないかもしれないが、それでも純粋にすごいと思った。

「ホアちゃん凄いね、それに良かったよ」ところがホアは「今度は圭さんもやって」と言い出した。「え、ええ」圭は戸惑うが、恐らく嫌と言えば「やってやって！」とせがむに違いない。
　とはいえ圭は短歌などやろうとは思っていなかった。「どうしよう」考えるそぶりをして悩む。悩んでも簡単に思い浮かぶものはない。ついにはパソコンでメモ帳のようなものを開けて、あれこれキーワードをはめ込んでいる。「５と７と５と７と７だな。うーん」圭が悩みだして10分くらい。「一応できた、ホアちゃんこんなのでいい？」と圭も短歌を詠み始めた。

『ベトナムの　素敵な妻の　ホアちゃん　出会った事は　良かったのだよ』

「おお、圭さん凄い！私と出会ったこと喜んでくれているし」ホアは満面の笑顔を見せる。圭は無理やり作ったとはいえ、一応形になった短歌をみてほっとしたのと、ホアが喜んでいるからそれもうれしかった。

　だが、圭が喜んだことで、この日から毎日短歌を詠みあうというおかしなことが始まってしまったのだ。

「え、ちょっと、ごめん今日は」圭は毎日の短歌は最初は良かったが、だんだんと辛くなってきた。だがホアは逆にますます短歌にはまっている。今から30分ほど前のことだが、「短歌にもキゴ入れたよ」とホアがいうと。

「春と夏　秋と冬より　あいまいだ　寒くも暑く　ないのが良いか」

と詠みだした。「それってへんだな。季語ってひとつの季節だけだよ」と言ってから圭は後悔する。何気なく感想を言いそれが納得できないと、ホアは考える。考えるだけならいいが、必ず圭にも短歌を迫るのだ。

「これはどう『はるのはな　さくらをみるため　こうえんに　でもはなよりも　だんごをたべる』ね。春だけにしたよ。さあ圭さんは夏でどう」
「え、夏、急に言われても、今は秋なのに、あああああ」そう言って圭は嘆きながらパソコンの前に向かう。こうして決して高いレベルの短歌を詠むわけではなかったがホアは楽しそう。
　圭は「大変なことになった」と、思いながらもしっかりとホアに合わせてあげるのだった。

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シリーズ　日々掌編短編小説　994/1000

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