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電車に乗って

 ここはとある町の大きな駅。新幹線が停車する駅である。グルメ雑誌の編集長茨城は、この日から出張でこの駅がある街に来ていた。

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「さすがエキナカに出店した人気ラーメン店。見事な回転率だな」
 新幹線で到着したばかりの茨城は、実際に客として試食した。見た目以上に熱の通ったスープは、口の中がやけどしそうなくらい熱い。にんにくを入れて味わうスープは。透明度が高く澄んでいる。無数に存在する油の膜が、やけ目立つ。だが口に含むと、しっかりとしたうまみ成分が口の中を覆った。そして程よい硬さの麺の食感が何ともいえない。

「チャーシューと肉、それから野菜の量、これらのバランスも見事。明日・社長へのインタビューが楽しみだ」
 と言いながら茨城はスマホでメモを取り、取材を終えた。今回の出張は翌日からが本番である。編集長自らが取材するこの企画は、ご当地グルメの特集記事。
 その中でこのラーメン店の社長をはじめ、地域オリジナルのものや全国で人気のあるレストランに取材とインタビューを行う。事前にチェックした2泊3日で10か所以上をくまなく回る。その第一弾が、前日到着して間もなく入ったラーメン店の体験取材であった。

「さて、今日はここだけ。今からホテルに移動しよう」

 茨城は店を出る。そして駅の改札を出た。実はこの駅は新幹線のJRとは別に地下鉄の駅がある。ここから茨城が宿泊するホテルへは、地下鉄に乗り数駅先のビジネス街にあるホテル。そこまで移動するために地下鉄の改札に向かう。
「この町は毎年来ている気がする」
  だから茨城は、わざわざ路線図を見ることなく降りるべき駅を把握していた。それに料金もわかっている。それゆえ改札までは抵抗なく入れた。

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「地下鉄と言ってもこの辺りは地上なんだよな」とつぶやきながら電車に乗り込む。すでに停車していた車両には人はあまり乗っていない。やがてブザーが鳴ると、空気圧の音が鳴りドアが閉まる。軽く警笛のようなものが聞こえると、ゆっくりと車両は動き出した。
 車内ではアナウンスが流れる。行き先を告げるアナウンス。しかし駅間が短いのか? 電車が速度を上げ始め、ピークが達するまでに、最初の駅に到着してしまう。駅からは降りる人はわずかで、乗る人が多い。そしてそのやり取りが終わると、再びドアが閉まり動き出す。しばらくはこれの繰り返し。

 大きな川を渡るとこの町の中心に入る。そうなると駅に来るたび乗車する人の数が急増した。立つ人も多い。このご時世マスク姿の人が大半だ。
 まるでそのことを見ていたかのように、感染症に対する注意喚起のアナウンスが流れる。確かに一部マスクをしていない人がいるのは事実。彼らに対して注意を促しているのだろうか。

 もちろん茨城はマスクを着用している。移動中はスマホ片手にメッセージのチェックをしていた。他の多くの乗客もそうなのだろう。地下鉄は意外にも動くカフェ、もしくは喫茶店のような気がした。
 いつしか電車は地下をくぐっていた。茨城はふと車窓を見る。すでに地下に入った車窓に映るものは壁しかない。灰色に見える地下鉄の壁。
 横筋のようなものが見えるが何とも無機質な世界が広がっているではないか。あとはときおり見える蛍光灯の光。あるいは線路近くの下部に稀に見える何らかのケーブルらしきホースの足跡くらいだ。


「次は」とのアナウンス。これは茨城が下車すべき駅を告げていた。茨城はスマホを見るのをやめて、ポケットにしまう。いつでも下車する準備は出来ていた。ここで周りの人を見る8割の人は、先ほどの茨城同様スマホ片手に各々の思う情報を入手している。その目は誰もが真剣そのもの。
「もし見ているのが面白い動画だとしても、ここでは笑いにくいだろうな」茨城はひとり想像して心の中で苦笑した。

 やがて地下鉄の速度が下がりだすと、駅を告げるアナウンスが流れる。ここで無機質な灰色の壁が突然視界が変わるような別空間。奥行きに広がりを見せながら、そこには蛍光灯を惜しみなく使い、明るさを必要以上にアピールしている。
 ここまで来ると見えるのは、この列車に乗るために待っている人々。速度はどんどん遅くなり、その人々の姿が鮮明に見える。茨城はこのときすでに立ち上がり、一番近くのドアの前になっていた。そして究極に速度を落としようやく停車。何度も聞く空気の強圧音が聞こえたかと思うと、両扉のドアが開いた。

 ここで前にいる人から順次降りていく。中にはいったん外に出て待つ人。その人はおそらく再びこの電車に乗り込み先の駅を目指すのだろう。茨城は降りる多くの人と歩調を合わせるように改札に向かい、最終目的地であるホテルを目指した。

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「さてと」駅前にあるビジネスホテルにチェックインした茨城は、部屋に入る。服を脱いでシャワーを浴びること十数分。リラックスした表情でシャワールームから出ると、先ほどの駅構内で買ったものをテーブルに置いていく。

「とりあえず、今回も無事にこの町に来た。明日から頑張る前に、今宵はゆっくりと寝る必要がある。だから今日は軽く祝杯」と、自分自身を納得させるかのようにひとりで呟く。
 備え付けのテレビのスイッチを言れ、そこから流れる映像と音声をBGMにする。そして買ったばかりの駅弁。さらにお土産物屋で手に入れた4合瓶に入った地酒を取り出すと、ひとり晩酌を始めるのだった。

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※こちらの企画のアイデアを利用してみました。

文字通り、電車に乗りながらnoteを書く。
冒頭で、現在地が何線の何駅かを書いてから書き始める。書き終わるときも現在地を書く。それ以外は自由。
文章と移動はどのようにリンクするのか。

※実際に電車を乗りながら創作しましたが、そのままでは誤字脱字をはじめいろんな問題だらけになってしまうので、推敲を重ねて後日公開しました。(写真はノンフィクションですが、登場人物はフィクションです)

※こちらもよろしくお願いします。

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シリーズ 日々掌編短編小説 294

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