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演者が下げると客が落ちる

単独作品ですが、こちら の話の続き設定です。

「太田君、明日覚えている」「おう、わかっているよ高円寺だろう。ちゃんと予定空けたよ」太田健太のこの一言で、うれしそうな表情をするのは恋人の木島優花である。ここはふたりのデートスポットでもなじみのカフェ。いつも同じ外が見えるカウンター席の横並びだ。
「だから、明日の落語会を前に、俺ちゃんと予習したんだぜ」「え、太田君予習したの。Youtubeか何かで落語の動画を見たとか?」

「あ、ああ、それも少しやったけど、もっとすごいことが分かったんだ」「すごいことって何?」
「いや、落語って複数の団体があるみたいなんだぜ。芸術協会とか立川流とか。あと上方って言うのもあったぞ」「へえ、知らなかった。落語って統一した組織じゃないんだ!」
 優花は少し驚きながら、ベトナムのシントーと呼ばれるアボガド入りのシェイクを飲む。
「おう、まるでプロレスの団体かと思ったぜ。彼らは組織同士で客の奪い合いとか、抗争みたいなことするんだろうか」

「さあ、そんなの知らないわ。さすがにプロレスみたいに殴り合いや技の掛け合いはしないんじゃない」「そりゃそうだろ。連中らは和服を着て正座してしゃべって客の笑いを取るんだぜ。扇子でソバをすする真似事とかして」

「あ、私も明日に向けて落語のこと調べたわよ」「お、優花は、落語の何を調べたんだ」「落語の歴史」
「歴史?」アイスコーヒーを飲み終えた健太は両目を大きく見開いた。
「落語って江戸時代の初期のころからあったそうで、初めたのが意外な人だったの」「意外?だれだ。あの不愛想な面をかぶって、扇子持って踊る人たちか」
「え、それって能のこと?」「でなければ、男が女の役もやって演じる逆宝塚みたいな」「それは歌舞伎よね。残念ながらどっちも違うの」
「じゃあ誰が始めたんだ」
「お寺の坊さん」「ええ?一番真面目そうな人が、人を笑わせるのか!」健太の驚く表情を見て、得意げな優花は嬉しそうにシェイクを飲む。

「うん、安楽庵 策伝(あんらくあん さくでん)という人で、戦国武将の父や兄がいるひと。ちなみに兄は金森長近(かなもりながちか)というひとで、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康に仕えて、最後は岐阜の飛騨藩主という殿様よ」
「そんなの良く調べたな。そうか、そう見えても優花は歴女だもんな」

「そう見えてって何よ! 私は吉祥寺に住んでいるおばあちゃん子だったから、自然にいろんな歴史の良さを知ってるの」
「ああ、ごめん。それは優花が今日もかわいいからだよ。そんな恰好をしている子が、歴史に詳しいというギャップがね」と言って右手で頭をかく。「あ、ありがとう」褒められるとすぐに優花は笑顔に戻る。そのまま下を向くと、先日買って今日初めて履いてきたピンクのフレアスカートを、嬉しそうに眺めた。
「この前もそうだ。吉祥寺に俺住んでいるのに、地名の由来全然知らなかったし」健太はアイスコーヒーのストローに口を入れる。勢いよく飲んだコーヒーは氷だけになり、ストローが空気を引き上げることで、残された氷がぶつかり合って擦れる音が鳴り響いた。

「話戻るけど、この人笑い話が得意で、信者の前でよく笑わせたそうなんだって」「楽しそうだなあ。法事とかで眠くなるお経を聞かされて、信者もつまらなそうだから、その人サービス精神旺盛だったんだろうな」

「で最後には、『醒睡笑』(せいすいしょう)という本を書いて、後の落語に影響を与えたそうよ」「オチとか考えたのかな。あそうそう、落語ではサゲっていうそうだ」健太はそこまで言い終えると、アイスコーヒーのプラスチックの蓋を取り、中に残された細かい氷を口に含み、歯で噛み砕く。

「もう、相変わらず下品ね。それは私も調べたわ。『演者が下げると客が落ちる』という意味があるとネットに書いていた」「それ多分俺と同じところだ。Wikiだろう」「ばれたか」と笑いながら優花は軽く舌を出す。

「でも、どうしてもわからなかったことがあったの」「何が?」「その『オチ』にしても『サゲ』にしても、下に向かうじゃない」「ああ」
「何で笑いを取るのに下なんだろうって」「おお、そういえばそうだ。逆に上方向、『アゲ』とか『トブ(飛ぶ)』とかでもよさそうにな」

「そうよ、下向いたら暗いのに。あ、下が暗いからじゃないかしら」「え?」
「暗くても笑えるから下方向とか」「そうかなあ、俺は下に宝物があるから喜ぶといういみじゃないかと」「どういうこと?」

「こうやってだな。金が落ちていないかってね」健太は立ち上がり、下を向いたまま歩きだす。
「あ、太田君、前!」「え?」健太は気づいたときには遅かった。カフェの店員の腰に健太の頭が衝突。「キャ!」慌てた女性店員はバランスを崩す。お盆の上に、半分以上飲み残してあったタピオカドリンクが横に倒れた。その中身の一部が床に落下する。
 その瞬間床に落ちたタピオカに足を滑らせる健太。声も出ぬままそのまま床に尻もちをつくようにひっくり返った。
「あああ、ハアアアアアア!」「何がおかしい!」「ご・ごめん。今わかった。滑って下に落ちると笑えるからかも」
 優花はあたかも漫画のような設定を目の当たりにしたので、可笑しさのあまり目に涙を浮かべている。
「お、おい、こっちはテンション下げたよ!」と突っ込みながらも、にやける健太であった。



 明日高円寺で落語会が行われるそうです。(私は遠くなので行けませんので代わりに小説で一足早く参加しました)

 12月20日とこの記事投稿の翌日なのでまだチケットがあるのか知りませんが、前日までの予約制とあるので興味のある方はリンク先から問い合わせてみてください。
 ひょっとしたらその会場で、若くて見知らぬカップルが居たら、それは太田健太と木島優花かもしれません。


こちらもよろしくお願いします。

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シリーズ 日々掌編短編小説 333

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