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ホタルイカを食べた後に見ようかと 第962話・9.13

「じゃあ、あの飼っている仔は、預かってもらっているのか」手伝ってくれる先輩に僕はうなづく。僕はこの日、金曜日の午前中から富山に来ていた。
 大学からの先輩から声をかけてもらい、3日間開催されるあるイベントのでの出店である。
 このイベントは先輩が主催者側として何年も前から手伝っていたので、僕に声がかったというわけだ。ちなみに今飼っている愛犬はまもなく10歳になるが、僕が大学生の時に先輩からもらった、生まれたばかりの仔犬であった。

 僕はバッグのメーカーで働いている営業担当。今回は工場からできたばかりのバッグを2トントラックに積めると、僕が運転して直接会場まで持ってきた。つまり卸を通さない直売なので、定価よりも三割引きで購入できるというもの。とはいえ初めて来た場所だから、どのくらい売れるものなのかまったく予想がつかない。

 さらに野外のイベントなので当日の天気が気になったが、幸いにもすべて晴れマーク。それが最終日まで続いているので、僕は内心、心躍っていた。
 イベント会場は飲食のブースも並んでいる。僕はもちろん物販のブースなので、当日の午前中に現地入りすると、その場で販売すべきものを並べるだけ。午後からの開始からは座って客を待つだけである。

「先輩、ホント手伝ってくれて助かります」「いいんだよ、お前の会社のバッグが今回のイベントの目玉になったんだ」
「そこまで、いや、もっとスタッフ呼びたかったのですが......」
 製品を売るとはいえ、社員の数も限られており、富山まで連れてくることはできなかった。とりあえず僕のほかは先輩と、先輩が現地で調達してくれた口の達者な若者のバイトが2人つく。

 メインのトークはもちろん僕が行うが、トイレなど席を外す時に彼らがブースを守ってくれるだけでも助かる。また先輩が途中で抜け出し、同じ会場で出している飲食のブースでいろいろ買ってきてくれるのも助かった。
 さらにメインのステージではいろんなショーが行われている。仕事をしながら視線をステージの方に向けると、楽しさが存分に共有できた。  
 おかげで3日間は、半分は仕事だったが半分は遊びのような時間。あっという間に過ぎ去った。会社からは休日出勤扱いになったので、次の月曜日から2日間休みももらえる。というわけで最終日の日曜日も富山で一泊して翌日帰ることにした。

「いやあ、先輩、まさかこんなに売れるとは思いませんでした」富山駅近くのホテルの駐車場にトラックを置いた僕は、先輩と手伝ってくれたバイトの若者の4人でホテルの近くにある居酒屋に「打ち上げ」と称して来ていた。用意していたバッグはほぼ完売している。

「なにいってんだ。大体製品が良かったからだよ。それなりに名前の知れたメーカーのバッグ。富山に直営店がないし、それにいつもより安いのがあったんだぜ。そりゃ客は来るわ。
 おかげさまで今年のイベントに多くの人が来てくれて大成功だ。今日は俺のおごりだ、どんどん飲んでくれ」
 そういって、先輩は富山の地酒をどんどんついでくれる。やがて富山の名産が次々とテーブルの上に運ばれてきた。タイをはじめシロエビや深海魚のゲンゲなど珍しいものも多い。

「あ、これはホタルイカ」僕はイカの中、いや海産物の中でもホタルイカが特に好きである。指くらいの大きさしかない小さなイカを酢味噌につけて一口で食べてしまうのがたまらない。
 触感には足の部分、胴体の部分さらにその中に入っているであろう軟骨やら内臓やらの様々な硬さがある。それを歯でかみ砕きつつその触感を織り交ぜながら口の中に含み、あとはでジワリとのど越しまで味わうのがとにかく好きなのだ。

 僕はついついホタルイカばかり箸が向いてしまい、慌てて止めるほど。それを先輩が見逃さなかったようで、「ホタルイカもうひとつ」と追加注文してくれた。
「おまえ、大学の時からホタルイカだったよな」先輩に言われるとおりである。僕は大学のときに先輩らと居酒屋に行ったときも、ホタルイカがメニューにあれば、ほぼリクエストしていた。

「そうだ、帰る前にホタルイカミュージアムに行ってくればいいじゃないか」「え?そんなのあるんですか、場所はどこですか」
「おお、滑川だが、富山から30分ほどだ。何しろお前の好きなホタルイカのためのミュージアムなんだぜ、絶対に行くべきだ」

 翌日僕は、先輩に勧められた通りホテルから直接帰らずに滑川に向かった。前の日はずいぶん飲んだが、二日酔いではない。運転には何の支障もなかった。本当は富山から岐阜の飛騨地方を経由して南に向かわないといけないのに、東北方向、つまり新潟方面に向かってトラックを動かしている。
「まあ、今日中に帰ったらいいからな」僕は富山駅から富山港に向かい、やがて、助手席側から見える富山湾沿いに車を走らせていた。

「おお、あれか!」先輩に言われる時間通り、僕は道の駅でもあるホタルイカミュージアムに到着。
「ひ、光っている!」そこでは発光もする生きたホタルイカを見ることができる。僕は思わず鳥肌が立ち感動した。そしてこのときはじめてなぜホタルイカという名前なのか理解する。
 それまでは触感だけを楽しめる小さなイカとしか思っていなかったが、蛍のように光るからそういう名前がついていることを。


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