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恐竜のソファ

「ねえ、大きな恐竜さんのソファよ。楓ちゃん座っといで」霜月もみじは、娘の楓に目の前にあるピンクの恐竜の形をしたソファーを指さした。
 ここはインテリアの専門店。広大なスペースには様々な家具やソファー、ベッド類を販売展示している。そしてほとんどのベッドやソファーでは、実際に横になることができ、座り心地や寝心地をチェックできるのだ。

 だが幼い楓は首を何度も横に振り「イヤ!」と拒絶する。「そう、せっかく良さそうなソファーなのに」
「仕方がない。俺が座り心地を確かめよう」もみじの夫・秋夫は口元を緩ませながら靴を脱ぎ、白玉のついたピンクの恐竜ソファーに向かった。
 この恐竜は全長3メートル近くある。だから秋夫のような大人でもすっぽりと入った。子どもならふたりは余裕で座れそうだ。

「おう、なかなか柔らかくて心地よい。楓、怖がらなくていいよ。確かに恐竜は怖いかもしれない。でも見ろよ、こいつ気持ちよさそうに眠ってるぜ」
 秋夫はソファーでくつろいだ。だがあまりにも心地よくなったのか、ソファーから離れない。
「ママァ!」「うん、楓ちゃんああ、あれ。そうね、パパは寝てるからふたりだけで見に行きましょ。ねえ、ちょっと。先に行ってるからいい加減起きてね」「ああ、わかったよ」
 もみじと楓はそのまま隣のエリアに向かって行った。

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「いいなあ、これいくらくらいするんだ。マジで買おうかな。さてと」ようやく秋夫は起きる気になった。体を起こそうとする。「あれ、動かない。くつろぎすぎだな」と力いっぱい体を引き上げるが、やはり体が動かないのだ。

「どういうことだ、もうううう、あれ? ちょっとどういうこと」秋夫がいくら体を起こそうにも動かない。それどころか、体がむしろソファーの中にのめりこんでいるかのようだ。
「ち、ちょっと。もみじ! どこ。あ、スミマセーン」秋夫が大声を出すが誰も反応しない。というよりそれまで聞こえていたはずの爽やかなクラシックのBGMや、周りを歩いていたお客さんのざわめきが聞こえなくなった。
 その上、目の前の風景がいつの間にか違っている。インテリアショップの風景がぼやけてよくわからなくなっていた。視力の低い人がメガネやコンタクトを取ったときの風景。だが秋夫の視力は良く、裸眼で十分見えるはず。

「グァアハハハハ! 獲物がかかったぜ」突然不気味にエコーがかかったダミ声が聞こえた。秋夫は声の方向を見る。するとピンクのソファの恐竜。目はうっすら開き、口も半開き。そして秋夫を見て笑っている。

「き、貴様しゃべられるのか!」秋夫は今置かれている状況が全く分かっていない。だが少なくとも、自らにとって危機的な状況には違いないことはわかる。
「俺様の体は特別な粘着力を持つ、お前はもう逃げられない。お前が衰弱するのを待って、このボディの中にそのまま取り込みエサにする。今しばらくの命だな、グァハハハハハ!」

 恐竜は笑っている。可愛いと思っていた笑顔が完全に不気味なそれに置き換わっていた。秋夫は抵抗を試みるが何もできない。むしろさらにのめりこんでしまうのだ。
「背中から下は完全にくっついている。腕もダメか。動けるのは口と、手の指だけ。一体どうすれば」
 秋夫は何かヒントになるものがないか探している。幸いにもピンク恐竜も笑い声が聞こえたが、それからは黙ったまま。ボディが動く形跡もい。「衰弱してからといってたな。というこは持久戦だ」
 秋夫は体をばたつかせるのをやめた。そしていったん深呼吸をすると精神統一をする。「ヒントはないだろうか」
 秋夫が目をつぶったまま考えてしばらくすると「おい 大丈夫か!」の声。「え、楓?」秋夫が目を開けると楓の声を出しているが、見知らぬ少年だ。彼は青系の服を着ていて黄色い三角帽をかぶっていた。

「お、まだ意識はあるな。お前、ピンク恐竜の罠に引っかかったのか?」「あ、はい。油断してしまいました。見知らぬ方。助けてください」藁にもすがる想いで秋夫は声を出す。
「よし、ちょっと待ってろ」少年はそういうと秋夫の体の前まで行き、頭を動かしながら現在の状況をチェックする。
「うん、両手はまだそれほどついていない。ならばこれで外せる」
 そういうと少年は、背中から長い黒棒を取り出した。「棒で外すのですか?」
「そうではない、現状ではまず両腕は幸いなことに。それほど恐竜のボディについていない。だからこの棒を使い腕のすぐ横を叩く。その衝撃で一瞬粘着は緩む。そのタイミングで腕を上げろ。外れるはずだ」

 秋夫は生つばを飲み込むと。「わ、わかった。やってみる」
「よし左からだ」と言うと少年は黒棒を両手で思いっきり振り上げると、恐竜のボディにたたきつける。ちょうど秋夫の左腕のすぐ横にぶつけた。これは少年とは思えない力強い衝撃。そのとき周りの空気が小さな風となって秋夫の頬を伝う。「うりゃあ」秋夫は声と同時に左腕を思いっきり振り上げる。すると腕は上がった。そのときに何かが破れる音がする。どうやら服の一部が破れたようだ。
「やった、外れた!」「よし、次は右だ」少年は先ほどと同じポーズ。一気に黒棒を恐竜にぶつける。同時に右腕を上げる「ううううあああ」しかし、今度は取れない。それでも少し緩んでいるのがわかる。「よし、もう一度いくぞ」少年は棒をぶつけた、秋夫は自らの力を右腕に集中させて引き上げると、今度は腕が恐竜のボディから取れた。そしてこちらも服が引きちぎれる。「先週買った服なのに。もうやむを得ないな」

「あ、ありがとうございます」秋夫はすぐに礼を言う。
「背中は叩いても取れそうにない。よしこの黒棒をしっかりつかめ。俺が引き上げるから、お前は棒から手を離すな」「あ、はい」
 少年は秋夫の目の前に黒棒を突き出した。秋夫は両手でしっかりつかむ。「行くぞ! うぉおおおおお」少年は大声を出すと力いっぱい黒棒を引っ張る。黒棒の引っ張る力は強い。「彼は人間か?」秋夫が疑うほどの力強さ。まだ幼い娘の楓の声そっくりなのに信じられない。

 ところが背中に着いた粘着力は腕のそれとは比べ物にならない。すでにのめりこんでいるため、取れるような気がしないのだ。逆に黒棒が秋夫の腕から徐々に滑り落ちるように動いている。
「ま、まずい!」明夫は両手で再度力いっぱい握りしめた。握力の限界に挑戦。だがむなしく手の間から黒棒が抜けていく。むしろ黒棒との摩擦から熱を発して熱さと痛さが同時に手の神経を刺激する。だがそんなこと言っている場合ではない。「ふん、うぉおおおおおあああ!」明夫は、突然怒涛の大声を出しすべての力を振り絞って体を起こした!

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「パパ! 怖い」見ると目の前にいるのは、柿色のワンピースを着た楓。その後ろにもみじがいる。場面は先ほどのインテリアショップ。BGMも人の動きも元に戻っている。「あ、あれ」明夫は立ち上がっていた。後ろを向くと先ほどのピンクの恐竜ソファ。腕を見たら、破れていたはずの部分が元に戻っている。手の痛みも消えていた。

「ちょっとさ、恥ずかしいからやめてよ!」「え?」
「イビキかいて10分もそのソファで寝てたから、楓が起こしに行ったのよ。そしたら何? あんな大声張り上げて。みんな見てたわよ。寝ぼけてたの。もう」
 秋夫はようやく理解した。夢を見ていたのだ。
「あ、ごめん、最近残業続きで疲れてたんだよ」と秋夫は頭を手の後ろにおいて照れながら謝る。

「もういいわ。というよりこのソファ相当気に入ったようね。じゃあこれにする」「え。でも楓が!」
「いいの。楓もパパが気持ちよさそうにしてたから、これでいいって言ってくれたわ。普通のソファーにしようと思ったけど。かわいいし、これでいいんじゃない」
 
 秋夫は恐竜を見た。恐竜は眠ったまま。他の人から見たら優しそうに眠っているが、秋夫は不気味に感じてしまう。
「い、いや止めよう。なあ、他にしようよ」「何で?」食い下がるもみじ。
「だ、だって居心地よすぎて多分動けなくなるよ」と適当にごまかした。

「わかった。じゃあ他のにするわ」ともみじ。秋夫は胸をなでおろして隣のエリアにむかう。秋夫は最後にもう一度ピンク恐竜を見る。そのとき驚きのあまり目を見開いた。それは恐竜が薄目を開け、口を半開きにして笑っているように見えたから。


「画像で創作(3月分)」に、五輪さんが参加してくださいました

 五輪さんのシリーズご存じ「アリスの物語」。10年前の東日本大震災でパスタランチをしていたときと現在のバスで移動しているシーンがリンクされています。ひょっとしたらバスというものは、距離の移動だけでなく、時間軸の移動にもかかわっていそうな気がしてしまいました。ぜひご覧ください。


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シリーズ 日々掌編短編小説 430/1000

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