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カンガルーになった訳 第841話・5.14

「おいてめえ、その口が言うか!」中はついに左に対して左手(前脚)を伸ばし口を押えた。それを慌てて止めようと後ろから中を抑え込む右。この3体にいったい何が起こったのか?

 今でこそカンガルーのような体をしていたが、元々は人だったという。それが、突然このような姿になってしまったというのだ。その原因が左だと中は完全に思い込んでいる。
「うぐぐぐがあ!」左は中の手を声を出し口を動かしながら振りほどいた。「ち、ちょっと待ってくださいよ!口を押さえるなんて」
 明らかに不快そうな左。「何がだ、てめえがさ、余計なことをしたからこうなったんじゃねえかよ!」そいういうと中は再び左を攻めようと手を突っ込む。

「ち、ちょっと、冷静に、まず状況の確認からでしょ」後ろから中を必死に抑える右。「おい、邪魔をするな!」中が気をとられている隙に左はようやく中の手を振りほどいた。
「あ、あの、僕がやったという証拠があるんですか!」
 中から少し距離を置いた左は、中をたしなめるように反論。中が「まだ言うか!」となおも左に向かうが、右が必死に抱きかかえるように抑える。

「冷静に行きましょう。まずなぜこういう事になったかを考えるべきです」左はとにかく中の沸点を押さえようと必死。中はまだ突っかかる姿勢を見せるが、後ろの右も「まず、冷静に、そうしません。でないといつまでたっても解決しませんよ」とたしなめる。

 ここにきてようやく中も落ち着き、拳の前脚を振り下ろした。
「わかったよ、じゃあいうが、お前が余計なことをしたからこうなったんじゃねえのか?え!」
 まだまだ口では苛立ちを見せる中、左はそれを面倒な表情で聞いている。「その、ですね。今も言いましたように、あなたは僕のせいだとおっしゃいますね。でもその証拠はあるんですか?そもそも僕がなぜ自分でも困ったこんな状況を、導かなくてはならないんですか?」

「し、証拠だと、この屁理屈野郎!」中はまた怒りが込み上げてきたが、左は少し後ずさりをして中と距離をとる。
「まず僕のせいではありませんからね。まずこうなった直前に何があったか考えませんか?その時の起きた事象で、僕たちは突然カンガルーになったんですから!」
 左は感情の起伏が激しい中をあえてスルーして、その後ろで中を押さえている右に対して質問した。
「ど、どうだと思いますか、直前の記憶思い出しましょう」これに右も反応。しかし、中はまだ怒り狂っているから、右は後ろから両前脚で中の体を押さえたたまま反応した。

「そ、そ、そうね。うーん、直前に。えっと私たちは3人で街を歩いていた」右は直前の記憶がよみがえる。
「で、ですよね。いつものように道を歩いていた。向かっていたさきはコンビニだと思います」
「おう、思い出したぜ」ここで意外な事に中が反応した。
「会社を出てコンビニまで昼を買いに行った時だ。あそこで、交差点の横から車が突っ込んできた」

「そ、そうです。黒い車が交差点を横切ろうとした」腕を組みながらまるで推理を紐解くようにうなづく左。
「お、おう、そ、そうだ、俺たちはそれで慌てて止まった。が、だ」
「そのとき止まらなかった人がいたんです」
「そう、そう、で俺が大声で阻止し」「僕が止めにあなたの手を引っ張ったが、その時に車と接触した」と、左は前脚を右に向ける。

 ここで中も右を見た。右は慌てて中から離れると必死に首を横に振る。「ち、ちょ、ちょっと、それ、わ、私のせいなの?」
「そういう事だな。おい、お前が車が突っ込んできたのにもかかかわらず、 気づかなかったな」中は右に対して怒りの矛先を変えた。
「ですね。あなたはスマホ見てたでしょう。歩きスマホ」「え、あ、だ、だってちょっと急に大事な......」右は完全自分のせいで、こうなったとあとの2体が思い込んでいることを悟る。

 確かに右は、車に接触してから直後の激痛は感じたが後の記憶がない。次目覚めたときには3人がなぜか3体のカンガルーになっていた。
 それで気が短くて、手も早く出る中が、普段から理屈っぽくてあまり好きではない、左のせいだと勝手に思い込み、殴りかかったという次第だ。
「おい、お前、どうしてくれるんだ。お前のせいで俺たちはこうなったんだ、どうしてくれんだ。おい、お前、女でも容赦しないぞ!」
 中の怒りは右に向けられる。「え、い、え?」右は全身を震わせながらあとずさり、危険な状況を悟った左は、右に向かって怒りをぶつけている中を押さえようとする。

「てめえは黙っとれ!」中は伸びてきた左の前脚を振りほどくと、右に対して「責任取れやあ!!」と怒りをぶつけた。
 追い詰められた右、しかしここで開き直る。「何よ!私は悪い。それは認めます。あの時大事な仕事の連絡を見ながらとはいえ、前方不注意で下から。でも、カンガルーになった理由は絶対に違うわ。あ、思い出した。直前に『カンガルー』って誰か叫ばなかったかしら」

「な、何?」「もう、はっきり言うけどね。あなた大声で何て言ったと思っているの」追い詰められた右の反論。普段はおとなしい右の怒りに、中は思わず目を白黒にして慌てる。
「『カンガルー』って何?『止まれ』とか『危ない』ならわかるけど。どっからその言葉が出るわけ。あなたがそんな『カンガルー』なんて叫んだ直後に接触したから、私たちがみんなカンガルーになった。そう思わないかしら」

 中は思い出した。理由はわからないが確かにあの時大声で、右に注意を促そうとしたのに出た言葉がカンガルーだ。でも中も理解できない。なぜあの時、「カンガルー」というキーワードが口から発したのか?
 このとき真犯人は中という結論になろうとしている。中は追い詰められたのかついに逆切れ。

「黙れ、俺がカンガルーって叫んだけで、なんでカンガルーになるんだ。てめえ、理屈で訳を説明しろよオラアア!!」中は左のいるほうに向きを変えると完全に前脚を振り上げて、左に殴り掛かる。
「ちょっと待ってください!暴力は!」慌てる左。右はまた中を後ろから押さえるが「どけ!すべてはお前のせいだろ!」と中は振り返り、ついに右を突き飛ばす。「キャアア!」右はそのまま仰向けに倒れた。

ーーーーーー

「あ、ああ」右の視線に見えるのは部屋のようだ。「び、病室!」その瞬間、目の前に看護師がいて笑顔になる。「あ、意識が戻りました。これで大丈夫です!」
 それを聞いて笑顔になっているのは、中と左、ふたりともカンガルーではなく人間だ。
「よかったなあ。意識を失ったときには」と中。「え、あ......」
「車とちょっと接触しただけだったので、軽い打撲で骨にも異常がなく大丈夫だとは思っていましたが......」医者も安どの表情を浮かべる。
「あと一日、病室のベッドで横になっていれば、明日にでも退院できます。ではお大事に」そう言って、医者と看護師は病室を後にした。

「あ、あのう」右は、お見舞いに来ていた、左に鏡をとってくるようにお願いする。そして左から手鏡を受け取った右。ここで鏡を見てほっとした。そこに写ったのはカンガルーではなく、人間としての右だったから。



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