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男たちの重陽 第595話・9.9

「どういうことだ? お前何ダブルブッキングしてんだ!」電話越しに聞こえる敦夫の怒鳴り声に、ゲイのパートナー正樹は声を震わせた。
「す、すみません、でも、どうしてもこの日は......」
「おい、おい、やめてくれよ。毎年重陽の節句は一緒に会うっていう約束してただろ」
「そ、そうなんですが、じ、じ、実は」正樹は声をふる合わせながら言い訳を続ける。

「その、実は、古くからの友達が、来月から新しい門出を迎えることになったので、久しぶりにみんなで集まってお祝いすることになったので」
「お祝いか、うーん。それってお前の部屋でやるんだよな」「はい」「なら俺も行っていいか?」「え?」
「いいじゃねええか。だったら俺もその友達をお祝いしてやるよ」そう言うと一方的に電話を切る敦夫。
 切られて困ったのは正樹のほう。なぜならば敦夫との関係について、正樹はまだ誰にもカミングアウトしていない。

「敦夫さん来るのか、僕たちの関係がバレなきゃいいけど......」

ーーーーーー

「試水君、いよいよ独立おめでとう」正樹の部屋では男三人が細やかなパーティを始めた。正樹の他にいるのは、試水と羽佐間のふたり。このふたりはかつて同じ職場の仲間だった。その後正樹は早々と退職し、現在の職場で敦夫と知り合う。
 一方残されたふたりはずっと職場にいたが、この度試水も退職することになった。そして次は就職ではなく独立開業。そんなこともあり久しぶりに三人が集まり祝賀会をしようと言うことになる。ちなみにまだここには敦夫の姿はない。

「占いで決めたって聞いたけど、それにしても独立とは思い切ったな」正樹は久しぶりに会う試水に質問。ちなみに試水は飲めないのでウーロン茶を飲んでいた。「うん、でもこれはずっと決めていたこと。本場では修行できなかったけど、日本で十分できた。僕はいつか日本有数の肉まんを作るんだ!」
 元気に答える試水、横にいる羽佐間も嬉しそう。「ついに僕だけ残ったな。でももう少し頑張るよ」と言ってビールを口に含み、口元と顎、そしてのどぼとけのあたりを前後に動かしながら、黄金の炭酸水を一気に喉の奥に流し込んだ。

 目の前には正樹が用意した手巻き寿司と羽佐間が買ってきたロールケーキ、そして試水の御手製肉まんが並んでいる。正樹は肉まん、試水と羽佐間は、手巻きずしを手にして食べ始める。しばらく黙々と食事をするため、沈黙が続いたが、突然ドアを開ける音がした。
「おう、おめでとう!」と同時にドアが開く。そこには菊の花束を持っている敦夫がいた。
「あ、あ、敦夫さん......」正樹は慌てて立ち上がって敦夫を迎える。
「おう、正樹、今日は重陽の節句だ! 菊を飾らなきゃな」
 どうも敦夫の様子がおかしい。ここに来る前にひとりで飲んできた模様だ。「あの、飲んできたんですか?」「おう、俺が飲んで悪いか!」酔っぱらっている敦夫は、そのまま靴を脱ぎ、ふたりのいる部屋に入ってきた。

「あの、正樹この方は?」「あ、ああ職場の先輩の敦夫さん。もう、ちょっと、しっかりして」
「おい、大丈夫だ。お、正樹のお友達の皆さん。今日はおめでたい日と聞いてやってきました。栗きんとんを差し入れに買ってきましたよ。さあ一緒に重陽の節句お祝いしましょう」
 状況がよく分からないまま、試水と羽佐間は敦夫を迎え入れる。こうして4人で再度乾杯した。

 酔っているとはいえ、元々酒の強い敦夫。しばらくはテンションが高めながらもむしろそれが功を奏した。試水も羽佐間も初めて会うのにいつの間にか打ち解けて楽しんでいる。
「いいなあ、試水君。この肉まんいいよ。独立したら絶対に店を教えてくれ、俺と正樹で絶対行くからな。何ならお祝いの花を贈ろうか?」
「あ、ありがとうございます。まだ物件を探している最中なので、もう少しかかります」と明らかに年上にしか見えない敦夫に、試水は米つきバッタのように何度も頭を上下した。
 その横で羽佐間もビールに口をつけてると「どうぞ、先輩」と敦夫にビールをお酌する。それでますます上機嫌な敦夫。「羽佐間君も気が利いていいねえ。うん、正樹にはいい友達ばかりだ」
 それを目の前で見ている正樹だけは、敦夫がいつ暴走しないかと気が気でない。

 およそ1時間くらい経過した。用意していたビールは空になり、いつの間にか焼酎を飲み始めている。試水だけはロールケーキを食べていた。やがて敦夫の目が据わりだす。そして正樹に説教を始める。「おい、正樹、今日はな、何の日か知っているか、でぃや男色だ」
「ちょっと、敦夫さん!」ついに来たかとばかりに慌てる正樹。敦夫の呂律が回っていない。「はあ、実はにゃ、重陽で祝う菊の形がお尻の穴に似ているって話なんどぅあ。だ、だから尻の穴は菊門。み、みんにゃ知らにゃかっただろう」

 敦夫の暴走が止まらない。もう正樹は口で言っても聞かないので敦夫抑えようと必死。その様子を茫然と見ているのが試水と羽佐間。
「なんだよ。正樹! 今日はせっきゃく、大分九重九湯の湯花を、も、も、持ってきたんだぜ。後で温泉入ろうぜ。ふぁああ」と敦夫は大あくび。挙句の果てには、正樹の膝を枕に眠ってしまった。

「あ、そしたら僕たち帰ります」試水と羽佐間は立ち上がる。「え、いや、ああ、ごめんなさい。先輩が酒癖悪くて」
 正樹も立ち上がろうとしたが、敦夫が寝ていて動かない。「あ、いい。正樹また」羽佐間は正樹を制止すると、そのままふたりは帰っていく。

ーーーーー

「大丈夫かな、敦夫さん。途中で変に酔って。その上、正樹の膝枕で寝てたし」心配そうな試水に対して、全く意に介さない羽佐間。彼もすでに相当酔っている。
「試水、そんなの心配するな。あのふたり多分、できてるぜ」とうれそう。「できてるって、え?」酒を一滴も飲んでいない試水は普通に驚く。
「そうか、重陽の節句は。菊門で男色の日か、うんいい日だな」意味不明なことをひとりでつぶやく羽佐間。すると突然試水の手を握った。「おい!」「ねえ、試水もう一軒行こうか」「え?」
「いいだろう。君といると落ち着くんだ」と強く手を握る羽佐間。戸惑いながらも、羽佐間といると落ち着くのは試水も同じである。だからそのままふたりは別の店に向かうのだった。


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シリーズ 日々掌編短編小説 595/1000

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