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子どもに教えられたこと 第1169話・5.30

「またか」スーパーのレジに向かい必要な購入しようとしたとき、私はすぐにわかった。いま視線に映った赤ちゃんはすごく嫌で、ストレスが溜まっていることを。

 先月のある日から私には超能力のようなものが備わっていた。それまで全く感じなかった不思議な力を得たきっかけは、鏡に映る自分を見たときのこと。場所はもうはっきりと覚えていないが、ある所に一枚の鏡が飾られていた。

 特に意味はなかったが、私はふと鏡をのぞいてみる。もちろん鏡に映し出されるのは私だけど、その時私のはずなのに、何か違う人のように感じたのだ。

 その時だ!私に突如不思議な力が全身にみなぎる。まるでその鏡に映し出された私からその力を私自身が吸い取ったかのよう。
 そういえばその不思議な感覚を得た直後、もう一度鏡を見ても普通に私が映っていただけである。いったいあれは何だったのだろう。

 ただあの不思議な体験からは私には超能力が宿った気がする。ほかの人には決してわからないこと。それまでの私にもそのような力はなかった。

 具体的にどんな力が加わったのか、まだ私には整理できていない。ただ歩いている時に私の視線に映ったもの。それはすべてではないけど、たまにその視線の対象物の本音が私にわかることがある。
 それが今レジで買い物をして映し出された赤ちゃんを見たとき、瞬時に赤ちゃんの考えていることが私の脳裏に映し出された。

「あの子は嫌がっている。母親は全く気づいていないけど...…」

 その親子は私と同じくスーパーに買い物に来ている。それはどこにでもある光景。そして赤ちゃんはおそらく生まれて半年たっているかどうか、そんなくらいだろう。母親に抱かれながらスーパーに来ていて、母親は機嫌を取るかのように、やたらと赤ちゃん相手にいろいろしながらレジの後ろに並んでいた。

 周りから見れば、赤ちゃんをあやしている母親にしか見えないだろう。だけど私は違った。あれは母親がしつこくて明らかに嫌がっている赤ちゃんだったからだ。
 私はレジで精算を済ませ、買い物かごから購入したものを自分のエコバックに入れている間、その親子に視線を合わせてしまった。
 母親は必死に赤ちゃんに何かをしているが、赤ちゃんは体を左右上下に動かしている。それだけではただ元気な赤ちゃんにしか見えないだろう。だがそれは違った。赤ちゃんは母親がしつこく顔を触ったりすることに、明らかな不快感を味わっていたのだ。

「しつこい、いい加減にしろ!」そのような言葉に近い感情が私に伝わる。そして体を動かすそぶりがますます激しくなっていた。挙句の果てには見知らぬ老夫婦がその赤ちゃんを見て顔をゆがませて楽しませようとしている。だが当の本人は明らかに渋い表情をした。
「だれ、知らない、あっちに行け!」という風に赤ちゃんが訴えているのがわかるのだ。

 そして、赤ちゃん自身が自ら動けないことにも苛立っているようである。手足をバタつかせているからただ元気が良いようにしか見えない。だが実際には体は固定されて母親と一体化している。手足を動かすことはできても体をそこから離れることはできない。とはいえあの年齢では、自らの足を使って歩くことも這うこともできないだろう。

「かわいそうに」私は赤ちゃんから伝わって来ている、しつこいまでの悲鳴をもろに聞いてしまったようだ。ついつい赤ちゃんを助けたい気持ちを持ってしまう。
 だが私が仮に母親に対して「引き離しなさい」と言ったり、力業でその括り付けている部分を取り外して赤ちゃんを自由の身にさせたりしたとしても無駄だ。それをしたら私は変質者とのレッテルが貼られるだろう。場合によっては警察に通報されるかもしれない。

 私はすべての買い物をエコバッグに入れ終えると、後ろ髪を引かれる思いになり、その場を離れようとした。
「もういちどだけ」私は心の中でそうつぶやくと、もう一度だけその赤ちゃんの様子を見ようと視線を向ける。すると赤ちゃんと視線が合ってしまう。

 私はとっさに「ごめん、私はあなたを助けられない」と心の中でテレパシーを送った。送ってから少し後悔する。「なんてこと!できないことを相手に伝えるなんで」赤ちゃんにとってはいくら私のテレパシーを受け取ったとしても、「助けてくれないのか」と落胆しただろう。私はすぐに視線を避けるとスーパーの出口方向に急いで歩いた。

「待って!」私にはっきり伝わったこの言葉、私は恐る恐る振り返る。するともう一度赤ちゃんと目が合う。母親はちょうどレジの清算でそちらに気がとられているときのことだ。私は怖くなったが、赤ちゃんは意外なメッセージを私に寄せてくれた。

「初めて気を使ってくれた大人と出会ったようだ。気持ちをわかってくれてありがとう」と。



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