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山であそぶ 第1164話・5.20

「セピア色かな、ふう」久しぶりに朝からシャワーを浴びる。しかしこれは頭の中の妄想であった。なぜならば今朝は高山の山小屋にいたから。
 俺は山登りをしている。ここは3000メートル級の山の上。山小屋の中で持参した寝袋で目が覚めようとしたときに勝手に感じた妄想だ。山小屋から外を見る。もはや標高が高すぎるためか草木が生えていない。砂と岩だけの世界だ。これをさきほど無意識のうちに見たのであろう。だからセピア色などというキーワードが出たとしか言いようがない。

「さて、頂上まであとわずかだ」妄想から現実に戻り、服を整えて外に出た。外は山小屋の窓から見えたのと同じだが、よく見ると白いものが見える。雪が残っているところがあるようだ。
そんな雪を見ながら歩く。ただ歩く、歩くのだ。
 ところが今は冬場ではないが、登山シーズンから外れているのか、俺以外に誰もいない。でもそんなことはどうでもよかった。山肌をゆっくりとかみしめるように歩く。前の日山小屋で熟睡しているから体力は回復していた。何しろ前の日は遠くに宿泊すべき山小屋を見てから急に、体がだるくなった気がして、そこまで到達するのが大変だったからだ。

「あ、あそこだ。よし頑張って」ついに頂上付近が見えてきた。今のペースならおそらく30分以内に到達するに違いない。そう信じて俺は最後の力を振り絞るように上る。だがこの時ちょっとだけ嫌なことが頭をよぎった。
「力を使い切ったら無事に下山できるかな?」

 まだ頂上にも行っていないのに俺は早くも降りることを想像する。シャワーのこともそうだが、登山を始めてから大好きなビールを飲んでいない。いつもならシャワーを浴びた後にビールを飲むのが楽しみである。だが今そのようなことはできるはずもない。頂上まで言ったら下山するしかないのだ。

「登りきる、それだけだ」俺は頂上を目指すことにだけ集中して、一歩ずつ足を上げて前に出す。これを左右で繰り返すと、知らぬ間にゴールである頂上が近づく。さて予定通り30分くらいで無事に頂上に到達した。
 俺はできるだけ視線を遠くに見るのだ。もし手前を見ると、そこからすべて下の視界となり、場所によっては崖になっているところがある。とてもじゃないが怖くて見られないのだ。

「降りなければ」さて、頂上から俺は降りる。上るよりは降るほうが楽だろう。今はまだ午前中はたして夜までに降りられるだろうか?
 不安に思いながら、ゆっくりと降りる。ところが上るよりも下りのほうが苦手だと気付く。何しろ急な下りで、無意識に崖なども見えてしまう。と言っても目をつぶって降りることなどできない。俺は周囲に恐怖を感じながらゆっくりと坂を下る。
「慌てるな、ゆっくり行こう」俺は自分自身にそう言い聞かせながら降りていく。おそらく山小屋のあたりを過ぎればこんな急な坂はなくなり、安心して降りられるはず。同じ道を引き返すという事で、どうなっているのかわかっている。それだけが頼りだ。

 こうして俺は慎重に降りる。上りと違い、足のあげ方もゆっくりで、少しでも靴が地面についた時に滑りそうにならないよう気を使う。だがそれだけ頑張ってもピンチを迎えてしまった。「か、風が!」
 あろうことか突然突風が襲ってきたのだ。俺はいったんその場で足を止めて、替えが止むのを待つ。前かがみになって風がやむのを待った。だがやまない。やまないどころかますます強くなってくる。
「ち、ちょっとまて」俺は恐怖を感じはじめていた。風によって体が左右に動くのだ。体をしゃがめてできるだけ固定した。だが自然界はそんな俺をあざ笑うかのように、さらに強い風をぶつけてきたのだ。

「お、おい、あああ」俺は風に飛ばされ、その場から滑り落ちていく。

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「あ、良かった」どうやら騒々しすぎてm頭の中を使い切ったようだ。
 自分はあくまで山で遊んだというのは頭の中の妄想に過ぎない。ただのめりこみすぎたのか、ベッドの上方落ちた。その衝撃で我に返る。夢かもしれないが、だったら明晰夢のようなものかもしれない。
まあいい、今いるのは湧くまで俺の家の寝室だ。少しずつ現実に意識を戻す。そこで思い出した。今日は日曜日で、だらだらとベッドの中で絶対に上る自信もないような高い山を登ったシミュレーションをたのしんだ。VRを機械もなしに自分で楽しんだというわけである。

「あ、やりすぎだ」気が付いたら汗をかいていた。もう初夏だからというのがあるのかもしれないが、それにしても汗を多くかいている。

「こういう時は」俺は起き上がると、シャワーに入った。そしてシャワーで汗を流す。汗を流すと先ほどまでの妄想のことをすっかりと忘れていた。だがシャワーを浴びるといつもの楽しみが待っている。
「今日は日曜日だから午前中からでもよいかな」こうして俺は冷蔵庫からビールを取り出すと、グラスに入れて飲み込むように口の中に含んだ。

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