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湯田の白狐 第861話・6.3

「やっぱり、ザビエル聖堂見られてよかった」と、助手席で笑顔で声を出したのは、フィリピン人のニコールサントス。普段は東京都内でクラフトビールの店長をやっている彼女であったが、今日は休みを利用して、パートナーで温泉のライターを主にしている西岡信二のいる山口市にやってきた。

 3日前から山口周辺の温泉取材を続けている信二は、いつものように現地でレンタカーを用意。こうしてレンタカーで温泉地を回っていたが、今日の午前中は、都内から新山口駅に到着したニコールを出迎る。そのまま山口市内へ車を走らせた。つまり昼間はデートを兼ねての市内観光。

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 フィリピンで生まれ育ったニコールにとっては、キリスト教のカトリックの信者でもあるので、日本にキリスト教を初めて伝えたザビエルとゆかりのある教会に来たことは特に嬉しそう。だが別にクリスチャンでもない信二はあまり興味がない。
「そうか、まあ君が喜んでくれるならいいんだけど。俺は今から行く瑠璃光寺の方がいいなあ」すでにザビエル聖堂を離れ、車のハンドルを握っている信二が小さくつぶやく。

 ということでふたりが次に向かったのは、信二が今つぶやいた瑠璃光寺である。「大内文化の最高傑作らしい」と、信二が車を降りたのは香山公園。「本当は桜や紅葉の時期に来たかったけどな」と車を駐車場に止め、静かで新緑に満ち溢れている公園内を歩いていく。
 そんな新緑を歩いていくと、焦げ茶色をした背の高い建物が見えてきた。「あ、あれ?オオウチ」ニコールが指をさした先、「おお、五重塔だ!」それを見た信二は思わず歓声を上げる。「そう、大内氏が作った五重塔だ。大内氏は日本の中世でこの地域を支配していた領主だよ。その領主の時代の文化の象徴らしい。国宝だそうだ」
「そうか、これは日本の宝ものね」ささやくようにニコールは信二すぐ横に寄り添うように体をつける。そのままゆっくりと五重塔を眺めた。

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「今から温泉だ。山口の中心部とつながっている湯田温泉ね」信二は再びハンドルを握る。これまでは純粋なデートであるが、ここからは仕事となった。香山公園を出た車はいったん国道9号線の山口バイパスに入る。幕末に誕生した山口藩庁の跡に建つ山口県庁の前を左折。そのまま亀山公園のパークロードを南に向かう。「この辺りも秋になれば紅葉で綺麗なんだろうなあ」新緑を木々をの並木道を見ながら信二の一言。ニコールも助手席からいろいろと眺めた。

 道をそのまま直進する。途中の商店街のアーケードを抜け、ちょうど道を突き当りのようなところに山口駅がある。そこを右に曲がって、湯田温泉方面を目指す。
「そうだ、湯田温泉のエピソード。昨日調べたんだ」ハンドルを握りながら信二がつぶやく。「エピソード、源泉温度とか泉質のこと?」ニコールが車窓から信二の方を向く。ここで信二は小刻みに首を振り、「違うよ。まあ源泉温度が63.6度と高温で、アルカリ性単純泉という泉質のことは調べたけど、そうではなくて温泉の由来」

「由来、それ聞いてみたい!教えて」ここでニコールが嬉しそうにな表情になる。信二は一瞬にコールを見た後、すぐに前を向き運転しながら語り始めた。

「今から600年ほど前のはなし。湯田温泉に熊野権現を祀っている小さな丘があった。その山麓に竜泉寺という寺があったが、そこの住職が、池に白い狐を見つけたそうなんだ」
「キツネ、fox!」思わず声を出すニコール。

「そう、その白い狐が毎晩現れては足を浸している。住職はそれを静かにみていたが7日目を最後に姿を見せなくなった。そこで住職は狐が足をつけていた池を手ですくってみると、温かいことがわかった」
「それが温泉?」ニコールの問いに信二はゆっくりうなづく。
「そうみたいだね。さらに池を深く掘ってみたら、金色をした薬師仏の像が出てきて、さらに本格的に温泉が湧き出たんだって」

「つまり白い狐が見つけたのね」「うん、だから大きな白狐の像を今から見に行こう」信二の運転する車はJRの山口線と椹野川とを並行して南西方向に走っていく。「あそこだ見てみよう」とふたりが乗った車が到着したのは湯田温泉駅。「う、うあああああ」早速ニコールが大声を上げた。駅の横には巨大な白狐の像がある。
「あれだよ。高さは8メートルもあってゆう太という名前がついているらしい」と説明する信二。「ゆう太、これはすごい!」ニコールは嬉しそうに白狐を撮影する。
「さ、これからはこの白狐も足を温めた温泉に入るぞ」ニコールの横で信二も嬉しそうにつぶやいた。

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