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あーおむすび食べたい 第583話・8.28

あーおむすび食べたいなぁ」
 ここは、遥か未来の宇宙を航行する宇宙船の一室。このときからちょうど1世紀前に開発されたワープ航法で、1光年の距離を1日で航行できるようになってから、宇宙開発が急速に進歩した。

 バイオリニストの蓮塚GI1450は、宇宙空間から見える大きな青白い恒星を眺めながら静かに呟いた。
 余談だが、かつては苗字の下には名前があった。だがすでに2世紀ほど前に廃止されている。その代わり識別がしやすい、アルファベット記号と数字の羅列となっていた。
 ただ人間は、先祖から子孫へと代々受け継がれていることもあり、先祖を識別する名字だけは残っている。そして日本民族の子孫でもある彼は、伝統的な先祖代々受け継がれている漢字表記「蓮塚」を苗字として使用していた。
「おむすびとは、先生はまたずいぶん古典的なものが好きなんですね」
 蓮塚の付き人で、同じ日本民族の子孫でもあった山岡はそう言って笑う。

「まあご先祖が、コメを炊いてごはん状にしたものをボール状に固めて、中に様々な食べ物を入れて味わう。おむすびが本当に好きだったと伝わっていてな。あれは俺にとってはソウルフード。ま、先祖からのDNAが求めているのだろう」

「それにしても、その先祖がいた時代、名前にまで漢字を使ってた頃と比べて、本当に宇宙が近くなったそうですからね」
「今となっては信じられない話だ」蓮塚は山岡の方を向く。
「シリウスを、望遠鏡のみで見て楽しむものなんて時代があったとはな」
「ええ、かつては地球内部でしか、我々の先祖は生息できなかったといいますからね」
「聖地・地球だけか」蓮塚は苦笑した。「聖地を守るように回る月を始め、火星や木星、土星の衛星などの、オールドタウン・タイヨウケイに、次々と新しい町ができただけでなく、恒星間移動もできる民間機も開発された。
もうタイヨウケイのメインステーションは、火星と木星の間にある小惑星帯にあるというのにな」
「間もなく到着するシリウスシティも、半世紀前に街びらきしたそうですからね。若い世代だったのが高齢化が進んでいるとニュースにもなっていました」

「ま、彼らの子供もいるだろう。お、間もなくだな。さてシリウスは4回目だな。いつ見てもこの角度から見える青い星は最高だ」蓮塚は、別名天狼星とよばれている、青いシリウスを見ながら大きく手を伸ばした。こうして長時間移動で凝り固まった体のコリをほぐす。
「エキスプレスなら、タイヨウケイステーションからシリウスシティステーションまでノンストップで1日最大3光年。2日半で到着できたものを、何で各宇宙都市に停車するローカルを選ばれたんですか? 8日の宇宙旅は流石に飽きましたよ」山岡も体を伸ばしながら思わず愚痴る。
「ふっ、君は俺のマネージャーを何年やっているんだ」「え、あ、それは」 

 蓮塚が突然眼光が鋭くなり、慌てる山岡。
「わかっているだろう。確かにエクスプレスは早い。だがそれではイメージできないんだ。ローカルのゆったりとした動きこそ旅情の醍醐味。そのゆったりとした空間でこそ、頭の中から名曲が湧き出るんだ」「せ、先生、確かに」

「そうだろう、ちゃんとローカル移動には意味があるんだ。タイヨウケイステーションを出てすぐに、木星のエウロパに止まり、次は土星のタイタン、そして天王星、海王星にある各都市のステーションに停車していく。それぞれの星にある街並みの空気を感じることで、頭の中でイメージングできるんだ。おかげで、今回の移動中、新しく3曲ほど出来たよ」
「先生、本当ですか!」驚く山岡に「フフフフフ」と、余裕の笑みを浮かべながら何度もうなづく蓮塚。
「そういうことだ。今回のシリウス公演で早速披露しよう。そうだ君も初めて聞けるぞ。それも本番の前のリハーサルでな」

「素晴らしいです。先生の楽曲は、このシリウスからインスピーレーションを受けて作られていること、みんなご存じ。そんな今までの数々の名曲に加えて、新曲の初公開ですか! さぞかし今回の特別公演では、最初から総立ちでしょう」
「山岡君、バイオリンはそういう演奏じゃないよ」蓮塚は否定するも、内心嬉しいのか、口元が緩んでいる。

 そんなことを言っているうちに、宇宙船はシリウスの周りを回っているある惑星にむかって、大気圏突入の準備を始めていた。
 ちなみにシリウスの惑星のうち、最も近い第一惑星は高温のために無人。第二惑星は、軍用でのみ利用されているため、民間人の立ち入りは禁止だ。そして第三と第四惑星が一般的な住居となっている。宇宙船のあるターミナルは、先に開発された第四惑星・シリウスシティに向かっていた。ちなみに第三惑星は、ニューシリウスシティという名前である。

「このシリウスも随分タイヨウケイから近い場所になったな。恒星間移動も、新しく延伸となって一番遠いところで500光年ほど先なんだっけ」
「ええ、ここシリウスから4光年ほど先にあるプロキオン、それからそうです、あのベテルギウスまでこの前、民間延伸されましたからね。最近ではこの三つの星をめぐる『大三角ツアー』が開催されていて、富裕層の一番人気とか」

「かつて地球時代だったご先祖様は、冬の大三角のひとつと言われていたシリウスの他に距離の異なる星を指定してみていたという名残りか。そうだな。俺も休暇を取って、行ってみたい気がするな」
 蓮塚はそう言って窓を見る。ちょうど第三惑星が見え、その真ん中の宇宙空間に大きな人工の建築物。実はこれが数十万に収容できるコンサート会場で、明日の公演会が行われる場所。
「プロキオンはその気になればですが、ペテルギウスは500光年、エクスプレスを使っても片道半年かかるんですよ。売れっ子の先生は、そんなに休めません。でも先生、もしペテルギウスでの公演依頼があったら?」
「ふん、考えておく」蓮塚は鼻で笑った。
「探検家はすでに5000光年をめざしているからな。あと数年もすればもっと早い宇宙船が開発されるんじゃないか。どうせならプロキオン含めてすべての星を回って公演するのもよいかもな」

 ここで船内からのアナウンス。
「お客様に申し上げます。当宇宙船は間もなくシリウス第四惑星、シリウスシティステーションに到着します。ただいま大気圏突入のための最終体制に入りました。
 以降はトイレの利用を停止します。どなた様も座席に戻って、シートを定位置に戻し、シートベルトを着用するようお願い申し上げます」

「いよいよ到着ですね」「あぁ」蓮塚は頷くと、座席の横に置いている愛用のバイオリンに視線を向けた。その後窓から見えるシリウスの青い光を眺める。ところがしばらくするとお腹から音がした。そして一言。「あーおむすび食べたい


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シリーズ 日々掌編短編小説 583/1000

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