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野手タウンで創作

「5月16日は旅の日かぁ」石田圭はそうつぶやくと、眉間にしわを寄せてため息をつく。ところがそれを見て悲しそうに目に涙を浮かべながら自室に入ったのは、妻のベトナム人ホア。「なによ、旅の日って......」

 最近は567のこともあり、あまり外出をしていないホア。ただそれだけではない。出産の予定が6月と近く、それがより自由を阻害していたのだ。
 そのようなこともあり、自室でネットを徘徊することが増えている。今日もある無料アプリを見つけたホアは、興味を持ちさっそくダウンロード。
「野手タウンかぁ。これって野球のゲームかな」ホアは別に野球に興味がない。でもなんとなく気になったのだ。

 さっそく起動すると、思っていた野球とは違ったようだ。
「住む街を選ぶなるほど」最初にこの中から選べとのこと。

A のほほんの森
B つながりの丘
C ホタルの湖

「うーん。よくわからない」ホアは適当に一番上のAを選択。

 選択すると「その理由を書けって。いやなら変更できるか。うーん。そうだなあ」ホアはしばらく考える。
「眺めが最高で、トレッキング。いいねえ。やっぱり『のほほんの森』がいい」ホアは次の理由を記入して、このまま選択した。

私は森が好きです。森を散歩すると癒されます。小さな鳥が鳴いてますし、いろんな花が見られます。でも虫は苦手だけど我慢できます。

「さて、次が始まった。あ、森の中だね」ホアはひとりで楽しんでいる。
「次に、ご近所さんを選ぶ。『ゴキンジョ』って何だっけ」日本に数年住み、通常の会話に全く影響がないホア。それでも純粋な日本人でないためか、ごくたまに一瞬言葉が理解できなかったり、意味が解らなかったりするキーワードが出てくる。

「なんだっけ、えっと」ホアは考えつつ先に進める。するとリストがあり、いろんな人が参加している。
「ここから『ゴキンジョ』というのを選ぶのか。もう適当でいいや」
 面倒なのがあまり好きではない。だからホアはリストを眺めて適当に選ぼうとした。するとホアが突然気になる人が現れた。

「へえ、墨字を使っていろんな文字を書いている。楽しそうだからこの人にしよう」ホアは、さっそくご近所さんに選択した。

 さっそくこの人の家になっている所から中に入る。ホアは楽しそうに見る「墨字(ink)を使って創作したものを投稿してコミュニケーションを取るのか。うん、面白そうだやってみよう」
 ホアは、昨年秋に日本酒飲みながら圭と墨で遊んだことを思い出した。

「あれ、圭さんどこ置いたのかな」ホアは墨と筆などを探そうとしたが、どこにあるのかわからない。
「圭さんが閉まっちゃったんだ。でも今、圭さんと会いたくない。困った。マジックじゃダメなのかなあ」
 ホアはルールを確認すると、墨がなければマジックでも可能とある。

「よしやってみよう」嬉しそうにつぶやくホアは、紙とマジックを用意。さっそく書いてみた。
「できた」ホアはいきなりマジックで書いた次のベトナム語。

創作墨字

「これは創作墨字のベトナム語訳だよ。厳密にいえば Creative ink(クリエイティブインク)ね」ホアはさっそくこれをスマホで撮影して、その画像を投稿してみた。するとものの数秒後にさっそく反応があったが、その反応は明らかに驚いている。

「うわ、この驚きの反応! そんなに変わってる。そっかみんな漢字を合わせたようなもの使ってるもんな。次は漢字にしよう」
 ホアは楽しそうにまたマジックを手に取る。先ほどの悲しい思いは一気に吹っ飛んだ。

画像2

 ベトナムを漢字で書いて『越南』これはどうだ。ホアは投稿する。今度はまあまあの反応だ。
「それならこれは?」

画像4

「縦書きだよ。南を上にしてやった」そして投稿したが、今度は意外な反応が来た。
『南越だって、紀元前にあった昔の国の名前だ。この人ベトナムの歴史好きで詳しそう』
「歴史好き...... そうかなあぁ」ホアは自分が歴史に詳しいといわれて首を傾げた。

 ただ結婚前に圭とデートをしたときは、ホアは日本が好きなあまり、事前に調べて圭の知らないような京都などの歴史をガイドの様に案内していたホア。歴史が嫌いなはずはなかった。

画像4

「それなら、『安南』は昔のベトナムの呼び方のひとつ。これが一番いいかな」ホアは4度目の投稿だ。

「ホアちゃんそこで何しているの?」ホアは後ろに数分前から圭がいることに気づかなかった。思わず慌てる。
「え、あ、圭さん!」

「ずっとひとりで籠って、姿、見かけないと思ったらまたゲームにはまってるし」「いやこれゲームじゃないと思う。というかそれは圭さんが悪い!」
「悪いって、え、俺なにもしてないよ」
 圭は不機嫌そうに睨むホアに心当たりがなく戸惑った。

「だって今旅行できないの知っていて、圭さん『旅の日』って言ってた!」

 圭はようやく理解した。
「ああ旅の日のこと、それは今社内で今俳句が流行っていて、昨日話題で、松尾芭蕉が奥の細道に旅をした日が今日なんだって」
「ハイク? ああ、ゴシチゴ」
「そう例えばこんなの。さっき思いついた」圭は突然一句を詠む。

梅雨前の 花を愛でたき 旅の空

「何それ? 旅先で花を見るの」圭は頷いた。
「いいなあ、また旅したい」ホアが圭におねだりの目で訴える。
「ホアちゃん今は仕方ないって。お腹の子ども来月生まれるし。だからあまり無理できないよ」
「わかってる。でもずっとこんなストレスのある生活イヤ!」ホアは大声で駄々をこねだした。

 圭は腕を組んで考える。ちょうど視線に部屋の窓が見えた。圭はしばらく眺めるとひらめくものが出てくる。
「そうホアちゃん、今日はどうやら雨降らなさそうだから、ちょっと散歩しよう」

「散歩?」
「うん、旅ではないけど、ちょっと散歩でお出かけしたら気がまぎれるよ。よしどこ行きたい」
「だったら森のある所が行きたい」
「えっと、ここからだったら」圭はスマホで地図を開く。
「よしここどう」とあるところを提案。

「片道40分かぁ。遠いけど歩けるよ。行こう」ホアは了承。そして「あ、ちょっと待って、これ終わらせる」と先ほどまで遊んでいたアプリを終了させる。

「うん? ホアちゃん。で、何やってたの」「え、いやこの『野手タウン』っていうのやってた」
「ノテタウン? 何それ、変な名前」
「これ、別に隠す必要はないから圭さんにいうけど。なにか創作墨字の人がいて、私ベトナム語とか漢字を創作したの送っちゃった」

「へえ」圭はアプリをしばらく眺める。「あ、ホアちゃん、これ、ノテじゃないnoteだよ『noteの街』のことだ」
それを聞いて思わず目を見開いたホア。「え、あローマ字じゃなかったんだ。アハハハッハハ!」と途中から笑うホア。
 それを見て圭もつられるように笑うのだった。


こちらの企画に参加してみました。

今回登場した圭とホアこのふたりが京都で出会ってそして婚約するまでの物語がこちら。そして選ばせていただいたご近所さん「五輪さん」が、表紙の創作墨字を担当してくださいました。


こちらから「旅野そよかぜ」の電子書籍が選べます。

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シリーズ 日々掌編短編小説 481/1000

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