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中国茶を飲みながら待つ 第896話・7.8

「約束の時間まで、あと1時間ね」つぶやきの主は、父親が質屋を経営して、そこで営業部長という立場として働いている恭子。彼女はリゾートホテルの一室にいた。目の前は、ガラス張りでビーチで白い砂浜が広がっているのが見える。その中に白髪交じりで、あごにわずかに蓄えた髭をなでながら嬉しそうに海を見ている老人の姿が、やけに気になって仕方がない。
「まさか、あいつではないだろうね」恭子は出張で、このホテルに来ていた。ホテルオーナーがこの日の顧客で、高額な商品の取引が行われる。今いる場所は、取引場所の隣の部屋で控室のような扱い。

「本当は那覇にまで来てほしいとは言っておられましたが」恭子の部下である横道のつぶやきに恭子の目が光る。
「なんでわざわざ、沖縄まで交通費かけて行かなければならないの?」恭子は苛立ったのか、ややぶっきらぼうに言い放つ。
「で、でも相手は世界的にも名高い資産家、億単位の査定がでるものはほぼ確実ですから......」
 やや狼狽気味に話す横道に、恭子のいら立ちは増幅する。思わず目の前のテーブルを強く叩く。テーブルの衝撃音が雷鳴のように部屋に響き渡った。

「あのね、相手が資産家とか関係ないでしょう。このホテルの社長だからわざわざ来ているのに」
「部長はプライドが高くて気が短いから......」横道は頭の中でつぶやきながら、思わず周りを見わたした。恭子のいら立ちが相手に知られると、せっかくの取引に影響しそうな気がしたからだ。

「ま、まあ、部長、お茶でも飲んで落ち着きましょう」横道は立ち上がると、部屋に置いていたお茶を用意する。
「お茶、何があるの?」いらだちを爆発させてすっきりしたのか、恭子は冷静さを取り戻していた。
「ええ、紅茶にハーブティー、これはコーヒー、あ、これ珍しいかも」「え?珍しい」珍しい物好きの恭子は反応し、横道の方を見る。「中国茶ですよ。それもウーロン茶ではなく、えっと雲南普洱茶(プーアール茶)と書いていますね」

「そうか、ここのオーナーは確か」恭子は立ち上がる。「はい、中国人です確か福建あたりの出身かと。だから中国茶、それもプーアール茶が置いてあるのでしょう」
「そういわれれば」恭子は立ち上がった。「よく見ればこの部屋もチャイニーズっぽいわね」恭子が壁を見る。一見そうは見えないが、よく見れば部屋の端に赤い筋のようなもの。見ようによっては中国にありがちな赤い柱のようなものにも見えなくはない。また壁には龍の絵がかけられており、中国っぽいと言われればそうであった。

 恭子が部屋を眺めている間、横道は中国茶をふたり分用意している。
「あ、横道、ありがとう」恭子はソファに座りなおすと雲南普洱茶をすすった。普洱茶は恭子の喉を潤すとさわやか。恭子はすぐに気に入った。「雲南普洱茶いいわね。今度買い込んでおこうかしら」恭子の口元が緩み白い歯が見える。
「さて、簡単に打ち合わせをしませんか」と隣でお茶をすすっていた横道。彼は恭子の部下ではあるが、経験が豊富な営業課長である。恭子よりも一回り以上年上で、恭子の父親である社長の信任が厚い。それで恭子につけているという事情がある。だから横道には社長の意向を恭子に伝える役目も持っていた。

 こうしてふたりは取引に向けての最終的な確認。それから40分くらい経過すると、恭子は雲南普洱茶を飲み干し、「行くわよ」の一言を発した。立ち上がると部屋を出ていき、取引先のオーナーの待つ部屋に向かう。

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「部長、好条件で取引できましたね」取引が終わり控室に戻ったふたり。「横道、私たちの作戦勝ちよ。さて預かったこのお宝を大切に運びましょうか」目の前には高さ80センチほどの仏像がある。非常に古びた雰囲気で、素人が見ても価値がありそうに見えた。
「唐のころの作って言ってたわね」恭子は仏像をじっくりと眺める。
「唐と言っても中国ではそれほど古くないので、こうやって文化財級のものでも出回っているのでしょう」横道も仏像を見ながら答える。
「億も覚悟したけど1000万で取引できたのは正解ね。質流れになっても、すぐに骨とう品やに売却すれば良いわね」「さようですな。今、お宝を保護する専門のスタッフに連絡しましたので、まもなく来るでしょう」横道はすべて手配を終わらせていた。

 だが、質流れとなったこの宝物は、偽物であると後に判明してしまう。その上、取引相手がホテルオーナーというのも嘘だったのだ。驚くほど巧妙な詐欺師に見事に騙されたふたり。これに父である社長が激怒。恭子はしばらく謹慎となる。さらに横道も半年間給与が減額されてしまう。

「さすがに那覇に行かなかったのは正解だったけど......」恭子の目の前には偽物の仏像が真っふたつに分かれている。その中には大量の雲南普洱茶が入っていた。

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