平和で穏やかな大洋

「おい、こんなところに呼び出してどうしたんだ!」
 ここはカフェ・パシフィックオーシャンという名の喫茶店。『すぐに会いたい!』と恋人の木島優花に呼び出されて、太田健太が慌ててきたのだ。
「あ、太田君ごめん。ち・ちょっと悲しいことがあって」緑のセーターに白い襟をだした服装をしている優花。ワインレッドのロングスカートを履いていた。そしてテーブルの前には、半分ほど飲み終えたエスプレッソが置いている。
「え、何?悲しいことって何があったんだ」青いセーターを着た健太が優花の前に座る。優香の表情が本当に悲しそう。顔も下向きにうつむいている。
「この前出した写真コンテスト。あれダメだった」
「ああ、海がテーマのコンテストか。海水浴が終わった秋のビーチで、一緒に撮りに行った奴だろ」優香は大きくうなづく。

「そう結構自信があったんだけど... ...」
「海水浴のシーズンが終わって、サーファーたちが多く来てた。いい写真だと思ったけどな」ここで店員が注文を取りに来る。健太はアイスコーヒーを注文した。

「でもそんなに落ち込むなよ。大賞賞金が30万円だっけ、あれ多分応募者が多かったんだよ。あんなの宝くじみたいで、当たったら儲けものくらいに思わないと」
 「それだったらいいけど... ...」「何、まだ何か?」
「... ...あ、愛美ちゃんが佳作取ったのよ」「え、あの愛美ちゃんが!」

「そうよ。あの子がすごいのは、そのためにわざわざ日本海側まで行って撮影したそうよ。さすがよね。あんなレンズが先まで伸びた一眼レフもっているんだもん」「まあ、愛美ちゃんは一応プロ目指しているんだろ。仕方ないよ」
「佳作だと主催者の会社からの記念品だけらしいって、写真見せてもらった。でも知っている人が誰も入選していないならまだいいよ。身近な友達が取れて、私は何もなしってちょっと辛い!」優香の声が少し大きく響く。

「それは... ...あ、まあしょうがないよ」
「愛美ちゃんには、『おめでとう』ってメッセージは送ったけど、彼女とLINEのやり取りが終わったら急に悲しくなって」優花は今にも泣きだそうとに涙を目に浮かべている。

「うん、辛かったなあ。いいよ。こういうときは、思いっきり泣いたらいいんだ」「あ、あ、ありがとぅ。う、う」優花は、大粒の涙を流し、ときおり声を出して泣く。そして数回鼻をすすった。
 健太はハンカチを優花に渡すと、背中を優しく何度もなでる。

 タイミング悪く、このタイミングにちょうど健太の席にコーヒーが来た。健太がちらりとスタッフの顔をみると、冷静を装いながらも少し引きつっていて眉毛が軽くびくついたように見える。健太はわざと満面のの笑顔になり、手を頭の後ろにおきながら笑ってごまかした。


「ありがとう。太田君の顔が見れて、思いっきり泣いたし、愚痴もこぼせたから少し楽になった」と、ようやく優花の表情が落ち着く。
「よかった。優花が笑顔になってくれてうれしい」健太も安どの表情で口元が緩む。

「よし、行こうか」と言って健太はアイスコーヒーのストローに口をつけて一気に勢いよく飲む。数秒後にはストローが空気を吸い込だし、残された氷とぶつかり、そばをすするような音が聞こえた。
「え?どこへ」「海だよ」「えぇ!よりによって海なんて」「だから行くんだよ。悪い空気を海に流しに」

 健太と優花はカフェを後にした。10分ほど歩くと駅がある。そこからは海まで片道40分の道のりであった。

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 ふたりは、駅に到着後5分ほど歩く。そしてビーチの前に出た。目の前海は直接太平洋に面している。
「さあ、海についたよ」
「ふーう。やっぱり広いわね。途中まで嫌だったけど、来てよかったわ」優花は目をつぶり、潮風を全身で感じ取ろうと、体を後ろに少しのけ反る。そして大きく両手を開いた。
 それを見て健太は微笑む。「だろう。やっぱり落ち込んだときは、これだけ視界の広いところに来るのが一番だ」 健太も大きく手を伸ばすように上げながら深呼吸した。

 直接太平洋に面した海はこの日も波は高め。白波が立っている。だが空は多少は雲があるが、青い空が広がっていた。
「ねえ、優花知っている。太平洋の意味」
「さあねぇ、大西洋があるのに本当なら大東洋のほうが正解っぽいのに」優花は、透き通るような空を見ながらつぶやく。
「荒れる大西洋と比べて平和な海と言う意味があるらしいんだ」健太も優花と同じほうを向いていた。
「平和ね。確かに今日は海も空も平和かも。私の心も完全に落ち着いた。こうなったら愛美ちゃん、佳作取ったんだから、本当にプロになってほしい気すらしてきたの」

「優花、いいよ!それだ。人のこと気にせずにマイペースで楽しもう」「うん、太田君ありがとう」優花は白い歯を見せながら笑顔で頷いた。

「ついでに言うと今日11月28日は太平洋の日らしいんだ」「何それ?」優花の声のトーンが落ちる。「ああ、マゼランが大西洋からマゼラン海峡を越えて太平洋に出た日なんだって。さっきの『平和の海』も彼が行ったそうだ」

「太田君、何でそんなの知っているの?またネットでしょう」優花は相変わらず白い歯を見せていたが、何かを探るような目の表情になって健太のほうを向く。
「ハハハ。まあ、半分はそう。今日が太平洋の日っていうのは確かに調べた。だけど、歴史好きだから知っていたのも半分。マゼランとかコロンブスの大航海時代ってロマンがあるんだよな。冒険と言うか。たまにさそういうのテーマにした電子書籍とか読むんだ」

「へえ、そうなんだ」優花は、再び海の先に広がる水平線に視線を送った。 当たり前のことだけど海は遠く外国につながっている。フィリピンにせよアメリカにせよ、物理的に船があれば行けるのだ。

「不思議ね。その人たちって確かコショウが欲しいために、大きな海を渡っていったのよね」「そう、東インド会社とか作ってね」

「コショウのために冒険なんて、今考えたら不思議。今じゃラーメン屋のテーブルにも普通においているのに。なんでそんなに必死に欲しかったんだろう」

「え!そんなこと言うから急にラーメン食べたくなった」健太は優花のほうに視線を合わせると、優花も健太のほうを向く。
「あぁ、同じ。私もラーメン食べたい。でも大田君、またあそこ行くの?二郎系だっけ」「いや、別にそこじゃなくてもいい。どこでもいいって」
「じゃあ、この海辺のすぐ近くにある魚介スープのラーメン屋に行かない。あっさり味だけど、私的にはこっちが好き」

「いいよ、今日は優花を励ましたい日だから合わせるよ」と言いながら、健太は優花の手をつなぐ。
 優花は嬉しそうに健太に体を寄せながら、仲良くラーメン屋を目指すのだった。


こちらの企画で遊んでみました。「架空コンテスト落選記」

こちらもよろしくお願いします。

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シリーズ 日々掌編短編小説 312

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