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赤い曼殊沙華と青い海王星  第609話・9.23

「お、ジェーン。こんなところに彼岸花が咲いているぞ。さすが彼岸の中日だ」「エドワード! 悪いけどそれは私あまり好きじゃない」
 エドワードこと江藤と、そのパートナーで、日本語が達者な英国人ジェーンのふたりは、秋分の日でもある今日、仕事が休みとあって昼間から散歩をしている。
「何で嫌いなんだ。きれいな赤い花じゃないか」「だって、それは Hell flower!もうフキツ。そんな地獄の花なんて嫌いよ。私はどちらかと言えば神さまがいる天国の花が見たいわ」

 そういってジェーンは、彼岸花から目をそらした。その瞬間、彼女の金髪がなびく。ちょうど太陽の光に照らされてキラリと光った。「そんなに嫌がらなくても...... この花には何の罪もないのに」江藤は怖がるジェーンをよそに、彼岸花を撮影する。
「熱狂的なクリスチャンである君には、彼岸とかこういう話をしても無理かもしれない。でもこれは、地獄の花と言われているけど、実は土葬のお墓がモグラに荒らされるのを防いだらしいんだぞ」「荒らされない! なんで。Hell flowerだから?」
「半分はそのようだ。球根に毒があるからな」「やっぱり」「だけど、この花は仏教的には曼殊沙華(まんじゅしゃげ)ともいうんだ」江藤は昔実家の近くにあった、寺の住職から聞いた話を得意げに語る。

「まんじゅしゃ、饅頭みたいね」江藤が花の前から離れて歩き始めたためか、ようやく顔を出したジェーン。「ハハハハ。実はサンスクリット語らしいよ。原語はマンジュシャカというらしい」

「そう、まあいいよ。でも宗教の話はここでストップ!」ジェーンは宗教の話になると江藤と喧嘩になることが多い。どうしても理解できない価値観だから、もう横に置いて違う話題に変わることが、長く付き合う秘訣だと身にしみて感じている。
「そうか実家から離れているからな。最近彼岸と言っても墓参りをしていない」と江藤が小さくつぶやいたのは、ちょうどそれらしきダークな服装をしたファミリーの姿を見たから。

「ねえ、エドワード、今からどこ行こう」突然ジェーンが話しかけてきた。「え、何も考えていないな。いつもなら行くところ決めているのに......」江藤は腕を組んで考え込む。「お、そうだ。今からプラネタリウムでも行こうか?」
「プラネタリウム、ああ星・天体を見にね。うーんそうね。ここからは近いわ」ジェーンはスマホで位置確認。
「そうそう、思い出したよ。今日は海王星の日でもあるから、その特集があるはずだ」「かいおう、ああ、Neptuneね」
 こうしてふたりは、プラネタリウムに向かった。

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 江藤の思っていた通り、この日は海王星の日を意識しているためか、海王星のプログラムが組まれていた。
「祝日だからか、子どもが多いな」「じゃあエドワード止める」江藤はすかさず首を横に振る。「いや行こう」
 こうしてふたりはプラネタリウム中に入り、空いている席に座る。入って5分もたたずに室内が暗くなり、プログラムがスタートした。
「皆さん、今日は、海王星の日です」と開口一番にプラネタリウムを案内する女性の張り切った声。そのあとこの日は、海王星についての説明が始まった。

 画面では地球から出発した疑似ロケットが、海王星までの惑星を高速で通過するシーンがあり、海王星の前まで来ると立ち止まった。
「ドイツ・ベルリン天文台のヨハン・ガレが1846年9月23日に海王星を発見しました」といいはじめると、次々と海王星に関する、いろんなうんちくを語る案内の女性。薄暗いプラネタリウムの席は多くの人がいて、子どもの姿も多い。だがみんな良い子なのか、誰も騒ぐことなく、静かに話を聞いていた。

 こうして1時間程度のプログラムはあっという間に終了。

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「ジェーンどうだった」「Very good!」と上機嫌なジェーン。「でも、エドワード、青い海王星は一見地球に似ているような気がするのにね」
 ジェーンは海王星の説明中で、青いのは地球のような海に見えるが、それは海ではなく、表層のガスに含まれるメタンの影響でそうなっていると説明していたことを聞いて少しショックであった。
「見た目と実態は大違いだからな。いくら海王星とっても」江藤はフォローにならないフォローをする。
「昔の人、発見した人も多分海があると思ったのかしら」「うん、だけど案内の人が言ってたじゃないか。最近の観測では木星とは違う、巨大氷惑星とか言われているらしい。まあ地球のような海というわけではないだろうけど、その水がどういう形で存在してるかは気にはなるな」

「でも私たちが生きている間には、多分海王星の中はわからないわね」「どうだろう、こればかりは......」江藤はジェーンの答えに窮した。

「まあいいわ。そうだ。私、赤より青が好きかも」と話題が変わるジェーン。ところが江藤はここで何かを発見して、思わる笑いを答える。「何?」「あれ見ろよ」江藤が指さした方向。そこには彼岸花が咲いていた。「あ、だから Hell flower!は嫌い」と、また金髪がなびかせながら江藤の陰に隠れるジェーン。それを見た江藤は思わず声に出して笑った。


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シリーズ 日々掌編短編小説 609/1000

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