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続・文鳥とのお出かけ 第641話・10.25

こちらの続き

「ついに来たわね」玲子は文鳥のルイとともに熊本の天草で、フランスに戻ったはずの、あこがれの男性ルイと再会した。
「Il y a vraiment un dieu(本当に神様がいる)玲子と再会できて本当に良かったよ。ここまで公共交通では厳しかった」玲子の助手席には文鳥のルイが入ったキャリーケース入りのバッグを固定しているため、人間の方のルイは笑顔で後部座席に座っている。

 ふたりは天草下島で、まさかの再会後、公共交通で移動していたルイは玲子の車に乗る。こうして文鳥のルイを合わせてにぎやかな旅となった。天草からはフェリーに乗り長崎県の島原半島に来ている。これはルイのリクエスト。クリスチャンで日本が好きな彼は、日本の歴史で島原の乱の足跡を見たいという。こうしてく車が到着したのは、幕府への反乱軍が立てこもった原城跡。
「オーここだ! 天草四郎が立てこもった城。島原の乱の足跡!」駐車場に車を止めるとルイは嬉しそうに原城を眺める。「私には良くわからないけどね」歴史にあまり興味のない玲子。でもあこがれのルイが嬉しそうなのでそれを見ているだけでよかった。彼女は文鳥のルイの入ったキャリーを手に、人のルイの後をゆっくりとついていく。

 駐車場から原城の大手門、三の丸とやや速足で歩くルイ「この先が原城本丸跡だ」とつぶやきながら、人間のルイは玲子のことを忘れている。金髪が太陽の光に照らされてまばゆい。
「お、団体?」前を歩いたルイはちょうど本丸の周辺に、黒山の人だかりがいるのを見つけた。
「そう、団体バスが止まっていたわ」遠くで聞こえる玲子の声。ようやくルイは玲子の方を振り返る。
 団体は30人ほどいて、真ん中でガイドが原城の説明をしようとしていた。
「説明を後ろで聞いてみよう。ルイは団体の後ろで説明を聞く、あまり興味のない玲子は、説明よりも団体の客層を見る。年齢は高めだけど高齢者と言うほどでもない。スーツ姿の人がやけに多い。
「皆さんは地域の産業を観光にと考えておられると聞きました」ガイドが問答をしている。「はい、そうです、わしらは観光資源をもっと活性化しようということで全国の産業観光促進のために人の交流をじゃな」と団体の代表者が答えていた。

「普通の観光客じゃないのね。民間航空会社のツアーだと思っていたのに、なんでこんなところまできて、かたぐるしい話なんてしているのかしら」玲子はあくびをする。するとそのあくびをもらうかのように、団体の後ろにいた中学生くらいの少年もあくびをする。ここでお互い目を合わせると思わず笑った。

「あ、コスプレの人がいる。少年は玲子に近づくと団体の大人たちに聞こえないように指をさす」
「本当ね。行ってみよう」玲子が見ると100メートルくらい遠くに時代物の格好をした人が立っていた。
「お姉ちゃん、かわいい鳥」恐らく団体メンバーの誰かと来たであろう少年は文鳥のルイを見てうれしそう。「このこルイっていうの」と玲子、それに人間の方のルイが反応する。
「おい、玲子、ん? どこにいく」ガイドの説明を聞いていたルイは玲子が少年と離れていくのを見て慌ててついていく。

「ねえ、コスプレ兄さん、写真撮っていい!」少年はコスプレ姿の男に話しかける。若い感じの男は、島原の乱に登場しそうな若武者の格好をしている。
「観光用の人ね。私たちも後で撮ろうかしら、いいでしょ、ルイ」いつの間にか横にルイがいてにこやかにうなづく。

 ところがここで空気が一変。「何やつだ。さては幕府の間者か!」最初は演技だと思ったが違うようだ。コスプレ男は突然少年を捕まえると、彼の首元に刀を当てた。

「え、ちょっと、すごい」玲子は演技がうまいとばかりに撮影する。「わが軍は滅亡した?いやさっきまでいたはず。少し木陰で寝ている間に、おかしい、ん? おお、その方は宣教師か?」
 男は締め付けるように少年を捕まえたまま。最初は喜んでいた少年だが徐々に様子が違うことに気づき真顔になる。

「ち、違います。私は観光客」「カンコウキャク? なんだそれは、おのれ! わけのわからぬことを。貴様も幕府の! いや味方はまだいる。余は天草四郎時貞、神はまだ見捨ててはおらん」
 天草四郎を名乗る男はそういうと少年を捕まえたまま、後ろの木の陰に走った。
「痛い、離して、ちょっと」少年が苦しそうなのを見て、ルイは「待て、少年を放せ。Arrête ça!(止めろ!)」とフランス語を出す。
 しかし男は少年とともに木陰に隠れた。ルイは後を追いかける。「あれ、ちょっと!どこ行っちゃうの?」玲子は慌ててルイの後を追う。ところが、木陰を見るが、すでにルイの姿がない。
「え、せっかく再会したのに......」玲子は突然ルイと再会できて喜んでいたのに、またしてもいなくなり、途方に暮れる。


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「ここは?」男が隠れた木の影の中を追いかけたルイは目の前の光景を見て愕然とした。原城跡の周辺は見事な砦になっていて、殺気づいた武士や農民たちが砦の外を見ている。
 この砦を囲むように蟻のような敵の大軍が見えた。「映画の舞台か?」ルイが見ると、先ほどの男に対して周りの男たちがひれ付す。
「四郎様、どこに行っておられたのかと心配でございました」「うむ、一瞬そちたちの姿を見かけずに焦ったが、よかった。みな無事じゃ」
「いつ幕府の者どもが総攻撃を仕掛けるやわかりませぬ。かつての我が殿、小西行長様亡き後のこの地は悪魔のよう。徳川は悪魔に間違いございませぬ。四郎様、神の力を」
「心配するな。こいつを見ろ」「四郎様そやつは?」

「おそらくは徳川幕府の間者だ、神聖なるわが軍の偵察に来たに違いない。だがこやつを人質として幕府の攻撃を抑え込もう」
 少年は、彼らの言っている意味がほとんど分からないが、独特の殺気に満ちた空気に、恐怖のあまり顔が震えた。
「あの子を助けねば」ルイが何かないかとみると、両手で持てるほどの石を見つけた。「一応、これでもボディービルダーのリヨン大会で優勝したんだ」とつぶやくと。石を両手で持ち上げ、それを四郎めがけて投げた。
「あ、痛!、だ、誰だ!!」四郎は背中に当たった石で思わず背中お抑えながらしゃがみ込む。「四郎様!」慌てる群衆。そのスキをついて少年はその場を逃げて、ルイのもとに向かった。

「よし、いまだ逃げよう」ルイは少年の手を引っ張り走る。「待て、あやつらを捉えろ」群衆たちがルイたちを見つけて向かってきた。

「ちくしょう、外にも大軍が、うぁあ」ここで突然鉄砲の音。後ろの群衆たちも思わず足が止まる。「ねえ、どうなっているの。少年は恐れながらルイに質問。ルイも状況が全く分からない。「中も外も敵だらけだ。玲子どこにいる?」ルイも走りながら焦る。外からの総攻撃が始まったのか、砦の中は混乱し始めた。

「あ、あれは、ルイ!」ルイは自分と同じ名前の文鳥がこっちに向かって飛んできたのを見た。白いボディと赤いくちばしのルイは、金髪のフランス人ルイに向かってきた。ところが文鳥のルイは、人のルイを見るとそこで180度回転し、反対方向に飛び去ってしまう。
「おい、お前、俺を忘れたか! 元の飼い主だ」人のルイは文鳥のルイを追いかける。「待ってくれ、玲子はどこに!」文鳥のルイは、砦の端にある数本の木が生い茂っているところに入り込む。
 その間も外から鉄砲が打ち付けられ、すぐ近くに弾が跳ねている。後ろでは砦の中の人たちの悲鳴に近い轟が聞こえていた。「ひえぇ」「あそこだ」ルイと少年は文鳥のルイ同様に木の陰に隠れる。

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「あれ?」ルイたちが木から出てくると先ほどの大軍は消えた。元の静かな原城に戻っている。

「あ、ルイ! あなたまでキャリーから逃げてどうなるのかと思ったのに、無事に戻ってくれたのね」玲子が文鳥のルイを掌に載せて嬉しそうにしている。「玲子!」「え、あ、ル、ルイ......」
 玲子は人間のルイも戻ったのを見た。文鳥のルイをキャリーの中に入れると、そのままふたりは抱き合う。

「あのう、助けてもらってありがとうございます」その様子を戸惑いながら礼を言う少年。「おおお、無事でよかった。はやく団体のみんなのところに戻るんだ」
 こうして少年は走って団体のところに戻ると、ちょうどガイドの説明が終わったところだったようで、一堂に拍手が起こる。
 この少年が行方不明になった出来事は、ガイドもその話を聞いていた他の団体メンバーも最後まで気づかなかったらしい。


 団体から少し離れたところでは、玲子がルイを涙ながらに問いただす。「もう、急に走るからどうなったのかと思った」
「ゴメン。あの子が天草四郎らしき男に捕まったから」
「天草四郎?」「いや、ああそれはどうでもいい」「もうどこにも行かないで」玲子は再び塁に抱き着いた。

「でも。多分このルイが助けてくれたんだ」駐車場に戻る途中、ルイがキャリーに入った文鳥のルイを見てつぶやく。「どういうこと?」
「それは秘密ね。じゃあ次は島原城に行こうか」と、肝心なところでごまかすルイ。彼はタイムトリップしてきた天草四郎と出会って、逆にタイムトリップして島原の乱の時代の原城に紛れ込んだが、文鳥のルイが助けに来てくれて、元の時代に戻れたと勝手に想像。「とんだリクエストをしたもんだ」と頭の中でつぶやいた。
「その前におなかすいたわ。近くにパスタの店とかないかしらね」運転席に戻った玲子は、そういいながら、ふたりの共通の好物パスタの店を探すのだった。



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