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折り紙でクリスマス飾り 第693話・12.16

「どう、できている?」ここはクラフトビールのバー。常連客の西岡信二は、週に数回来るときはいつも同じ時間帯に入り、いつものカウンター席に座った。それは閉店30分前。この日は既にほかの客もおらず、スタッフも信二が交際している日本語が堪能なフィリピン人店長ニコールサントスだけである。これはニコールの仕事が終わってからを迎えに来ているようなことも兼ねていた。ちなみにニコールの住むマンションは、店から徒歩圏内であるが。

「うーん、どうにかね。それよりシンジ何飲む?」「え、何っていつものでいいよ」「ギネスの生ね。でもさ、たまには違うのも飲んでみたら。実は今期間限定でIPAが入ったのよ」ニコールはそういうと、営業スマイルで限定メニューを信二に見せる。

「IPAああ、インドのやつね。ホップを多く入れることで腐敗を防いだ英国からインドまで運ばれたエールビール」
「そう、苦いけど本当においしいわ」ニコールは信二の同意を得ることもなく、すでに空のパイントグラスに、限定ビールを注いでいる」それを見た信二は苦笑い。

「ま、いいか飲んでみよう。限定ビールとやらを」半リットル前後入るパイントグラスに注がれたのは、やや濃いめの茶色をしたIPA。信二が口をグラスに近づけると、ホップのアロマがうっすら感じる。そのまま口に含むと、口の中でホップの苦みと香りが入り混じったフレーバーが覆われた。これが非常に心地よい。信二は思わず目をつぶって余韻をかみしめながらゆっくりと飲んだ。

「うん、たまにはいいね。喉の奥からもホップの香りが湧いて来たよ。ギネスのローストした香りが好きだけど、こういうホップのもな」信二はそういいながらもまんざらでもなく、ふたくち目を飲んだ。

「さてと、さっきの話だけど」「ああ、折り紙ね」「そう」ふたくち飲んだところでパイントのグラスをカウンターのテーブルに置く信二。この時点ですでに半分近くを飲んでいた。
「俺が高校時代を過ごした児童施設のクリスマスツリーの飾りを折り紙にしようとなって。俺が『集めてくる』って大見え切ったからな。それでどう?」
 ここでニコールの表情は他に誰もいないこともあって本音が出る。少し顔が渋くなった。「困ったわね。常連の人たちは、事情を説明したらみんな協力してくれたの。でも折るものと言えばみんな同じ鶴ばかり」
 ニコールはそう言って、店の常連客が協力してくれた折り紙の鶴を見せる。
「鶴はみんな折り方知っているからな。でもこんなに鶴ばっかり、千羽鶴かなにかとと間違えているんじゃないかな」
 おそらく20羽以上はあると思われる鶴の折り紙を眺めながら、信二はため息をつく。
「なら、私たちで折ろうか?」ニコールは折る前の折り紙を持ってきた。「うん、でも俺、飲んだからなあ。旨く折れるかな」といいつつも、グラスのビールをひと飲み。

 そしてニコールからもらった折り紙を手に、折ってみる。「もう鶴以外だったらなんでもいいよ。とりあえず鶴だけはまずい」そう言ってふたりは適当に折っていく。

 その後は10分くらいお互い黙ったまま。鶴以外のいろんな折り紙がいくつか誕生した。「これで少しは良くなったかなあ」「うん、だけどやっぱり鶴が多い。もっと折らないと」渋い表情が変わらない信二。「でも......」ニコールも戸惑いながら「もうこれしかないの」と見せたのは赤い折り紙。2枚だけが残されていた。

「あと2枚か。うーん。何折る」「1枚づつ折るとして」
 ここで信二はグラスのビールを飲み干した。そのときだ。頭の中で何か思いつくものがある。「うん?あ、そうだ。ニコールハサミとかある」「え、あ、あるけど。折り紙でハサミ使うの」
「ああそうだ。いいこと思いついた。これ赤い折り紙だろう。これで小さな帽子を作って、鶴の頭にかぶせるんだ。そうすれば、サンタの鶴みたいでクリスマスっぽくないか?」

「うーん、それってどうかしら」ニコールは半信半疑。「だったら私はこの一枚でサンタっぽいのを考えて折ってみるわ」「そうか、よしそれで行こう。鶴をトナカイに見立てられるぞ」と信二。ニコールは奥からハサミを持ってきた。
「えっと。そうだ、その前にもう一杯」「IPA?」「ああ、それ」と、すでに少し顔が赤くなっていた信二であった。

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