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猪苗代湖のパパ ~都道府県シリーズその7 福島~

「浅崎君、どうやら今月も我が会津営業所で君がトップの成績になりそうだな」「垣田所長ありがとうございます」
「いやいや、主任の君が東京の本社からこの夏、我が営業所に来てもらってから見違えるように契約が取れるようになった。本当から来た君には感謝している」  

 会津で生まれ育ったと言う、所長・垣田の言葉には、嫌味がない。 

 本当にそう思ってくれているようだ。浅崎義則は、自然な笑顔を見せながら、静かに頭を下げる。

「明日から3連休だな」「はい、早い目の、クリスマス休暇を頂きます」
「うん、おもさも(思う存分)休みたまえ」

 これはちょうど1年前のエピソード。このとき義則は、東京から会津営業所にきて3か月である。そして、初めての有給休暇をこのタイミングで取得した。

「今日も仕事なのか」「そう年内に、済ませないといけない案件があるの。パパ、悪いけど俊樹を頼むわ」

 妻・良美により、4歳になるひとり息子を義則は任される。職場ではトップセールスマンの義則であるが、家庭では俊樹のパパとして、まだ幼い我が子の笑顔を見るだけで心が和む。「さて、せっかくだから俊樹にパパとママの思い出のところに連れて行ってやるか」

 お昼を終えた義則は、俊樹を車に乗せ、会津若松市内にある自宅から東のほうに向かう。そこには湖があった。義則はこの猪苗代湖で良美と再会し、付き合いを始める。

「パパとママは、数年ぶりに今から行く湖で再会したんだ」義則は俊樹に説明するが、果たして俊樹は意味が分かっているのか? 助手席ではお気に入りのおもちゃで遊んでいた。


 30分ほど走ると猪苗代湖の湖畔に出る。だがそこからさらに国道沿いに東の郡山にむかった。再会した場所は猪苗代湖の北側にある、上戸浜という場所。

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 10年前といえばまだ大学生だったころ、義則は冬休みに旅をする。右手にはいつも青春18きっぷを握りしめていた。当時・千葉の船橋に住んでいたが、JRの各駅停車を乗り継ぎ、着の身着のままの自由旅。前日は郡山で一泊し、朝の電車で会津若松を目指していた。
「猪苗代湖は上戸駅で降りるのが一番近いのか。途中下車しよう」義則は地図を見ながらそれを決めて、列車を降りて少し歩いた。やがて見えてきたのは大きな猪苗代湖の湖面。

 そこには義則とそれほど年の違わない女性がひとりでたっていた。義則は嫌な予感が頭をよぎる。「まさか湖で入水自殺?」確かに女性の表情は硬い。今にもという雰囲気はあった。
「あ!」義則は思わず声を出す。女性は慌てて義則のほうを向く。「え?」「すみません、思い詰められていて心配になり」「い、いえ、そんな!ただ湖を見ていただけです」と否定する女性。ところがお互い目を合わせると、同時に声を出す「あ、義則君?」「え、良美ちゃん?」

 この女性・良美は、中学まで船橋に住んでいた顔なじみである。両親の仕事の関係で会津若松に転勤となり、以降は自然と連絡が途絶えた。そして数年ぶりに再会したふたり。この再会が後にふたりの結婚につながった。 

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 義則は浜にある駐車場に車を置く。夏と違って冬の湖面には訪れる人も少ない。俊樹とドライブと言いながら実質的には自分の過去を思い出すひとり旅のようになっている。湖面を見ながら10年前の記憶がよみがえってきた。
「あのときは、一緒にお昼ご飯を食べて、そう湖の遊覧船に乗ったんだ」

 義則は再び車に乗りだし、遊覧船乗り場に向かう。来た道を戻り、湖を眺めながら次に向かったのは、長浜というエリア。ここには遊覧船乗り場があった。「よし俊樹、パパとママが久しぶりに出会って乗った遊覧船に乗るぞ」
 大きなスワンの形をした遊覧船に乗る。俊樹は嬉しそうに湖面を眺めていた。義則は最初俊樹を気にしていたが、ここでも自分の世界に入ってしまう。一方俊樹は、はしゃいで義則から離れてしまった。

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「私はこの湖が好きなの。最初は船橋と比べて田舎に来たと思ってがっかりしていたんだけど、この猪苗代湖を眺めていると、だんだん気持ちが楽になるっていうか。だからたまにこうやって湖を眺めるの」

「そうだったんだ」「でもまさか義則君に出会えるなんて。多分、もう会えないと思っていたのに、湖が奇跡を起こしてくれたのかしら」良美が言っていたことは義則も同じ気持ちである。だからお互いの連絡先を交換し、遠距離恋愛が始まった。
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「キューピットのような湖。今日も美しい」義則は思い出に浸り、呆然と湖を眺め続けた。やがて遊覧時間が終了する。

「あの日から10年か。出会ってから5年。そして結婚して5年」遊覧船を降りた義則は、懐かしい余韻を味わいながら駐車場に向かう。
 駐車場に到着し車のドアを開ける。

「あれ?なんか変だなあ」と嫌な予感がした。しかし理由がわからないままエンジンを動かして車を動かし帰宅。

「ただいま」「お帰り。どこ行ってたの」「あ、猪苗代湖。懐かしかった」「え?なんで急に」「ああ俊樹にふたりの、あ!」このとき義則は顔が青ざめた。息子・俊樹を遊覧船に乗せたまま忘れてしまったという最大のミスを犯す。ここま気づかずひとりで戻ってきてしまった。

「どうしたの」「ああ、ごめん!」義則はそのまま走って車に戻ると、慌てて車を動かし、猪苗代湖に戻った。

 そして遊覧船乗り場に到着。「俊樹!」「ごめんパパが、俊樹!」大声で息子を探す義則だ。

 顔色が変わり額から汗が流れる。しかしその状況は5分で解決。俊樹は無事に父親と再会した。父親に置いていかれ、船の中でひとり泣いているところを遊覧船のスタッフが保護してくれたのだ。
 スタッフは夜までに迎えに来なければ警察に相談するつもりであったという。義則ただ何度も頭を下げ、息子の頭を「これでもか」といわんばかりに優しくなでる。無事に父親が戻ってきて安心した俊樹。帰りの車の中では泣きつかれたのか、熟睡していた。

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あれから1年後。今度は3人で猪苗代湖畔を眺めていた。「いやあ、あのときは、本当に悪かったよ」「ほんと、シャレにならないんだから。今思い出してもぞっとするわ」
「いや、それに関しては」義則は昨年の苦い思い出、ふたりにそれを突っ込まれるの何も言い返せない。
「パパあれでも外では仕事できるんだって。本当かしらね」と良子は、俊樹の耳元でささやく。俊樹も意味が分かったようで「パパにおいていたかれた」と大声を出す。義則は、咄嗟に俊樹に頭を下げ、「ごめん。悪い父さんだな」と、つぶやいた。
「今年に入って遊覧船の運航会社が経営破綻して今は乗れないそうよ」と良子。「残念だなあ。でも仕方ないか」

「私との思い出を大切にしてくれるのは本当にうれしい。でも俊樹は私たちの」「わかっているよ。この子のために頑張らないと。ごめん。もう絶対にしないから」湖面を眺めながら何度も小刻みにうなづくのだった。

※こちらの企画に参加してみました。
(創作なのでひょっとしたら違うのかもしれませんが、創作不可と書いていなかったので)

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シリーズ 日々掌編短編小説 335

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