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古神道・三輪明神を前に 6.23

「先生間もなく、三輪駅です」ここは奈良県桜井市。奈良盆地の南東付近である。自称歴史研究家の八雲は、助手で事実上の恋人である出口とともにこの地に来ていた。
「お、ついたようだ。ここにある三輪明神こそが、もっとも古くからの信仰の場所。縄文時代とも旧石器時代ともいわれている古くからの聖地だな」八雲はそう呟くと駅に到着した列車を降りる。
 三輪駅を出たスーツ姿のふたりは、地図を見て参道に向かう。駅前の小さな道、商店街のようなところを越えて広い道に出た。
「本当は車で来るとこの先に巨大な鳥居があって、駐車場になっているようですね」「出口君、それはまあいいだろう。一の鳥居や綱越神社などがある。僕たちはそこまで行く必要はない。そのまま二の鳥居からスタートだな」八雲はそういうと、広い道を右側に。すぐ先ほどまで乗っていた万葉まほろば線の踏切を越えた。この辺りはまだお店がある。「先生、あそこに三輪そうめんの店がありますね」「うん、そうめんの発祥は三輪ともいわれておるからな」

 八雲はそのまま進む。出口はいつもなら結構寄り道しそうな八雲。だがこの日ばかりは、全く気にせず素通りするのが不思議な気がした。慌てて後を追いかける。自動車お祓い所を過ぎるとうっそうとした森に囲まれた鳥居が姿を見せた。「二の鳥居じゃな」八雲は一言つぶやくと一礼して中に入る。
「先生」思わず出口が声を出す。「今回はいつもと違い無口ですね」
「そ、そうか。うん、やっぱりここには独特の気のようなものを感じるからかもしれん」左右を木々に囲まれた参道を歩きながらようやく八雲の口が軽くなる。
「出口君も知っているように、この神社は非常に古い」「はい、古神道ともいわれていますね」
 八雲は大きく頷いた。「そう、もっとも原始的な信仰がこの三輪明神こと大神神社には残っているそうだ」
「今回はそのための調査ですよね。縄文時代からの信仰形態が残っているとかとも」出口はしっかりと予習をして生きている八雲は何度も満足げにうなづく。

 やがて階段を上がり縄鳥居をくぐる。すると目の前に見えるのは拝殿。「先生、立派な拝殿ですね。確か徳川家綱が再建して重要文化財とか」
「うん」八雲はここで背筋を伸ばす。
「それにしても古神道と言われれば、このアニミズム的なものだと思いますから、イメージが違いました」
 どころが出口のこの一言で八雲の表情がやや険しくなった。
「出口君、拝殿で判断したらだめだな」
「先生どういうことでしょうか?」

「大神神社は、古神道由来であるが、現在は大和の国一の宮として神社本庁の別表神社である。つまり今の神社の組織内においても重要な存在と位置付けられているんだ」
「はい、確かに」
「もともとの信仰には拝殿はなかったかもしれない。だが太古から現在までここは聖なる場所。ゆえに時代が下れば神をあがめるための参拝場所である拝殿があることに何の問題もない」

「つまり、聖なるところだから立派な拝殿を立てるのはおかしくないと」
「そう。全国にある数多くの神社は再建されている。現代なら忠実に再現となるかもしれないが、当時はそこまでは考えていない。前のよりも立派な拝殿という考え方もあったのだろう」
 八雲はさらに話をつづけた。
「ただこの大神神社の場合にはいわゆる本殿はない。本殿というよりご神体そのものが背後に控える三輪山そのものだからな。

「三輪山そのものが御神体」「そう、これぞまさにアニミズムそのもの。社伝では崇神天皇の時代に疫病がはやった際、神の子孫とされる大田田根子(おおたたねこ)を祭祀としたという歴史があり、それは記紀にも記されておる」
「はい」「まあ、天津神や国津神といった日本の神道の派閥とまではいわないがそういう潮流があるのは確か。だがこの大神神社は本来それよりも古い古神道の伝統を持つ最も古い神社とされておる」
 八雲の語りはますます熱を帯びる。出口はただ聞き役に徹した。従来のふたりのスタイルが自然と復活。それでいながら拝殿のすぐ前まで歩いていた。

「ここは大国主の時代に登場した大物主の時代に創建となっているが、おそらくはその前の縄文、いやひょっとしたら旧石器時代からのパワースポットというのが本来の姿なのかもしれんな」
「先生よくわかりました。それでは神さまに」「そう、参拝をしよう。出口君あそこを見たまえ」
八雲が手である場所を目で合図する。拝殿の奥をみると、壁のように存在しているものがみえた。
「拝殿の奥に見えるもの。あれは、三ツ鳥居。あそこがまさしく結界のようなところでな、あの奥が御神体である三輪山となっておる」
「あれですか、今回最も重要視していた」
「そう『三ツ鳥居』の中心にあるのが扉。前にをみると御簾(みす)が下がっておる。神秘的な神門でもあるんだ」
「神秘的なゲート。不思議な世界があるみたいですね」「ああ、われわれ人間が容易に踏み入れてはいけない領域」八雲は小さくつぶやく。
「だからあの「三ツ鳥居」を通してその後方に鎮まる三輪山を拝む。三輪山山頂に来臨する神霊を拝む。わかったな」「はい」

 ここでふたりは改めて背筋を伸ばす。そして拝殿に向かって二礼。次に柏手を二回叩き、再度一礼した。

 顔を上げて改めて拝殿の奥にある三ツ鳥居を眺めるふたり。言葉にならないパワーのようなものを感じた。

「先生無事に参拝が終わりました」「おお、正式な手続きを取れば、三輪山への登拝もできるようだが、我々はそこまでする必要はないだろう」
 こうして大神神社を後にするふたり。
「さて、先生このあとは?」
「うん、やっぱり三輪といえばそうめん。さて本場のそうめんを食べるぞ」とそれまでの表情とは打って変わって笑顔になる八雲。それを見て白い歯を見せ、思わず八雲の腕を組む出口であった。


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