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怒ってる?落ち込んでる? 第820話・4.23

「うん、なんだ! 貴様、何を見ている?俺に用があるのか」すぐ目の前で声が聞こえた。「ふん、貴様はこちらが話しかけているのに、無視をするんだな」
 確かに目の前で声が聞こえる。これで二回目だ。だが誰もいない。空耳だろうか?念のため周りを見渡した。でも何もない。ただ真正面を除いて。
「おい!これで三度目だぞ。仏の顔も三度までということを知っているよな。貴様いい加減に無視をするのはやめろ!」

 ひときわ大きな声が聞こえた。正面のまさか狸から?思わずビクついて目を見開く。
「ようやく反応したようだな。ハハア、貴様、もしかしたら俺の外見で判断したんだろう」
 た、確かに目の前の狸から声が聞こえる。なぜ?ありえない。急に頭がおかしくなったのか。
「ま、外見で判断するようでは貴様は、その程度だということだ。わかっておるぞ、貴様の考えていること。どうせ俺様から声が出ないと思い込んでいるな。貴様は俺を見て、恐らくは狸の焼き物としか思っていないだろう」

 顔の表情とは全く違う威厳のある声、その声に圧倒されつつ思わずうなづいてしまう。
「それは正解だ。だがな、よく聞け!貴様、外見で判断するのいい加減にやめろよな!」

 狸に言われて固まってしまった。ただでさえ不思議な状況なのに、タヌキは明らかに怒りに満ちた言い分をしている。それを聞いた直後だからだろうか?この狸怒っているように見えるのだ。
「謝った方が良いだろうか?」頭の中でそう思った。だが明らかに目の前にいるのはタヌキの焼き物だ。もし焼き物に対して謝っていたところを他人でも見られれば、おそらく頭がおかしいと思われるに違いない。だからそのまま固まったまま。

「また黙っているのか!貴様、俺を何だと思っている!!」狸の怒りは最高潮。とはいえ謝りたくないし、ここから逃げるしかない。そう思うと、ゆっくりとバックした。だがバックしようとしたが何かにぶつかっている。恐る恐る後ろを見た。そこには何もない。にもかかわらず後ろに下げれないのだ。

 ならば左右に避けることにした。だが、ここでも不思議なことが起こった。ほとんど左にも右にも行けない。なぜ行けないのか?

「貴様、逃げるのか!そうはさせん」狸が再び怒りの声。「まさか、狸が!」狸に閉じ込められているような気がした。「前は行けるのか?」ここで怖いが、一歩前進した。狸からの距離は5メートルほど。そこから少し近づく。「近づいた?」つまり前には進めることを理解する。
「やむを得ないこのまま前進あるのみ」今度はさっきとは別の足を前に出す。確かに前にだけは動けるようだ。だが、いよいよ正面にいる狸の焼き物。これをどう通過するかが問題である。狸は怒っていた。一歩間違えればこっちに向かって来るやもしれない。全身に殺気が走り警戒した。近くに攻撃用の石か望などがないか探してみる。もちろんそんなに都合よく見つかるわけもない。仕方なくさらに一歩前進。それは可能だ。

「このまま、少し左にずれられるか」次は左斜めに足を出してみた。少し壁のようなものにぶつかりつつも、少し斜めに動いた。
「斜めに動ければ、狸をよけられるかも。奴は動かないと見た」さあ、こうなると少し気が楽になる。
「おい、貴様さっきから何をしているのだ。俺と戦うのか?貴様、俺に勝てる自信があるのか。愚か者め!」恫喝に近い狸の声。だがこれはハッタリで、狸が動けないと見た。冷静にまた左斜めに足を出す。やはり動ける。こうなるとギリギリ狸からすり抜けられるであろう。だが、ギリギリでも接触すれば狸が何か仕掛けてくるかもしれない。もう一歩、そうだ、もう一歩左に動ければ狸との距離が確実にできる。現在狸との距離、推定で1.5メートル。

 足が左斜めに「あ、あれ」今回は十分に斜めに進めない。だが少しだけ左にずれたためか、狸とのすれ違いに距離ができた。狸を斜め右から見つつ、距離0・5メートルくらいまで来たようだ。
「次の一歩で狸の横にまで行ける」ここでもできるだけ左斜めに足を向けるが、もう足は正面しか進めない。大きく足を上げ、そのまま50センチ以上先に着地させた。この時点で狸の横に入り込めた。狸はすぐ右横30センチの位置。狸は黙ったまま。「急げ!」慌ててもう一歩足をだす。こうして狸は斜め後ろになった。

「貴様、俺を無視して通り過ぎるとは許さん!」狸は吠えるように大声を出す。だがこのときは確信していた。もし狸が動ける能力があるなら、すでに行動に出ている。たとえ声で威嚇しても、あの狸にはそれしかできないのだ。
 そのまま足を出す正面に大股で出す。狸との距離は1メートルくらいまで広がった。狸は何も言わない。そのままゆっくりと前に進んだ。

さて、10メートル近く進んだところで、後ろを見た。ここからなら狸との距離が十分だと思ったからだ。
 大きく深呼吸して後ろを見た。後姿の狸はもう何も言わない。ただ斜め下に向いているように見えたから、狸が落ち込んでしまったのかも。思わずそんなことを想像するのだった。


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シリーズ 日々掌編短編小説 820/1000

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