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ダブルバレンタインデー

「今治様はこちらですね。素敵なバレンタインデーをお過ごしください」ここはチョコレート専門店「ショコラdeチョコ」。
 中学3年生の今治美羽は、幼馴染の同級生、尾道拓海にその思いをチョコレートに託すことにした。昔からの顔なじみのため友達としてよく会って遊んでいる。だが美羽はそれ以上の気持ちを持っていた。
 高校進学では別々の学校になる見込み。そのようなこともあってか、今年のバレンタインデーにその気持ちを伝えようとしている。だからためていたお小遣いを使って、専門店の高級チョコを予約した。

 町一番のチョコレート有名店は、この日も美羽と同じ気持ちを持っている若い女性たちで賑わっている。美羽は受け取ったチョコレートを大切に両手で抱え、この日あらかじめ約束していた拓海の元に向かう。
 普段からよく顔合わせる相手のはずなのに、美羽はこの日いつもと違って緊張していた。そのためかいつも以上に左右の風景を見ながら気持ちを落ち着かせようと必死。それでも心臓の鼓動が耳元で聞こえてくる。

 そのとき、赤信号なのにスマホ片手で渡ろうとしている、若い大人の女性が美羽の視線に入った。さらに少し離れたところからトラックが迫っているのまで見えてしまう。
「危ない! 人一倍正義感の強い美羽は、全速で走って女性に近づくと、彼女を後ろから抱え込むように引っ張った。女性は直前までスマホを操作していて、突然のことにビクつくが、一瞬何が起こったのか理解できない。
 そのまま大きく後ろに引っ張られると、重力が大きく後ろに流れ、そのままバランスを崩して後ろにいた美羽と共に倒れ込んだ。

 そして目の前を大きなクラクション鳴らしつづけたトラックが、勢いよく過ぎていく。このときに感じた風圧で、ようやく女性は危険な状況になっていることを悟った。

 ふたりは倒れこんだが、女性が手に持っていた紙袋は彼女のお腹に乗っかかる。財布は道路上に転げ落ちた。だがスマホはしっかり握りしめられ無事。「あ、財布!」女性は体を起こして緑の財布を手にすると、ようやく一緒に倒れ込んだ美羽に気づく。
「あの一体。どういうこと? あなた大丈夫」
「あ、赤信号で渡られていたのを見たのでので」まだ若い。大学生くらいの女性に後ろから下敷きになった美羽は尻もち程度。けがもなく女性のほうに顔を上げる。
「え? まさかあのままだったら、トラックに... ...」瞬時に女性の顔色が変わった。

「あ、ありがとう! 私がぼっとしていたから」あわてて女性は美羽に礼を言って抱きかかえる。ところが起き上がった美羽の表情が悲しそう。

「いえ、よ、よかったです」見れば美羽が道路にひっくり返った際に、持っていたチョコレートの紙袋が、美羽と女性のの体の下敷きになってしまったのだ。美羽は慌てて、皺だらけになった紙のパッケージを開ける。そして大きくため息。チョコレートは粉々に砕けていた。
「あぁ、ど、どうしよう」美羽は悲しそうな表情。

「あ、あのう。それ『ショコラdeチョコ』のものよね」女性は、心配そうに美羽に話しかける。「あ、はい」「良かったら私のチョコレートと交換しない。おなじ『ショコラdeチョコ』のだし」とお腹に抱えていた紙袋を見せる。

「え、そんな!」「だって私を助けてくれたおかげ。そのチョコレートは私の身代わりになったようなもの。だからそれは私が引き取るわ。今あなたにできる御礼はこれくらいしかないから」
「でも、お姉さんも大切なバレンタインデーの」
「いいの。私は告白じゃなくてもう付き合っている彼のだから、適当にごまかしちゃえる。あなたはそうじゃなさそうよね。交換しましょう」
と女性は美羽に、自らのチョコレートが入った紙袋を手渡した。

「じゃあね」代わりに美羽のチョコレートを受け取った女性は、そのまま立ち去った。
「あ、あああ。ありがとうご、ございます」美羽は狐に摘ままされたような不思議な表情のまましばらく固まった。そして去って行く女性の後姿を見ながら頭を下げる。
 交換した紙袋には、見るからにして自分の買ったものよりも高そう。だけど新しいチョコレートの入った紙袋を大切に持って、拓海の待っているところに向かった。

 美羽と別れた女性はしばらく歩いてたが、しばらくして立ち止まってスマホを確認。すると同じ人物からの着信が数件入っていた。
「優花! おい、元気か。途中で突然連絡が途絶えるし。一体どうしたんだ」
「太田君、ごめん。さっき、ちょっとしたことがいろいろと。そっちに行ったら話す」

ーーーー

「拓海君、お待たせ」「おお、美羽待ってたよ。用事って何?」
「これ?」美羽は先ほどの女性優花からもらったチョコレートのパッケージを渡す。
「バレンタインデーでしょ」「え? お、おお!」美羽からの思わぬプレゼントに拓海は思わず両耳が赤くなる。
「でもこれ、ずいぶん高そうだな。いいのかよ」「う、うん。いい」美羽は少し気まづい雰囲気があったが、そのまま押し切る。
 拓海は美羽から受け取ると、驚きとともに目が見開く。
「これってホント高級なチョコレートじゃないか。ベルギーとかの。それにこれウイスキーボンボンだ。お酒入り?」
「え!お酒入りのチョコも入っているの」交換して内容を見ていなかったから美羽も驚く。 
「ずいぶん大人のプレゼントだなあ。ベルギーのほうはともかく、チョコレートボンボンって。中学生の僕が食べてもいいのかなあ?」
「さ、さあ」と言いかけて美羽は口をつぐむ。そして紙袋にもうひとつ何かが入っているのを発見した。

「あ、これ。ん? あ財布!」美羽が手にしたのは緑の財布。
「財布? ずいぶん大人の財布だな。中にお金。おお!一万円札とかも入ってるぞ。これ美羽のものじゃないよな? お母さんのもの?」「え、あいやその」美羽は言葉に詰まる。
「なに? 隠しているだろう」「ご、ごめん実は... ...」

ーーーー

「おう、優花さっきはどうしたんだ」木島優花が途中で連絡が途絶えたのを心配しているのは、交際相手の太田健太。
「あ、私。太田君とのやり取りが夢中になっていて、さっき危うくトラックにひかれかけたの」「はあ、マジで!」
「でもちょうど中学生くらいの女の子が、私を後ろから引っ張ってくれたので助かったわ」と優花は口を緩めて苦笑い。
「おい笑い事じゃないって。頼むよ本当に。その子いなかったらどうなってたんだよ」

「だから、チョコレートがね」「ああ、いいよ。そんなもん」
 優花は先ほど美羽と交換した、皺になったチョコレートの紙袋を手渡す。
「今年はずいぶん安っぽくないか? 去年はベルギーのとか高級なのが入ってたようだが」
「え、ああ、ちょっと出費がかさみまして」優花は適当に言い訳した。
「ん? おい、これ何?」健太は袋に入っている砕けたチョコレート中から何かを発見。実は粉々に砕けたと思われていた、チョコレートの一部は原型を留めている。
 その中に焦げ茶色の板チョコの上にホワイトチョコレートで名前が書いてあった。
「Takumi おい、誰だタクミって。俺、いつ大田タクミになったんだ。お前まさか!」
「え?違う、何? タクミ あ! そうか」慌てて説明する優花。
「いや、その助けてもらった女の子のチョコレートが、粉々になったから交換してあげたの。でもまさか、彼の名前入りとはね」

 健太は慌てる優花を見て笑う。「ハハッハハ!そういうことか。おまえらしいな。ていうか感心してる場合じゃねえな。まあ事情はわかった。タクミ君の彼女に助けてもらったってことだ。もしどこかで出会ったら礼を言わないとな」

「少なくとも彼女の方はいい子だった。多分タクミ君もいい子だと思う」「じゃあ、タクミ君のほうに俺に来るはずのチョコレートが言ったってことか。昨年同様ベルギーチョコとウイスキーボンボンだったんだろ」頷く優花。
「でも中学生の子にそれが行ったのか、それは良いのかな?」
「だって、私を助けてくれて、その子のチョコレートが壊れたから、あの子は本当に告白するつもりだったようだし。やっぱり」
「うん、それはわかる。優花のやったことは悪くない」健太は優香の肩を軽く叩く。
「ま、まあいまさら言っても仕方ないな」「そうだ、今からチョコレート買いに行かない。これ本当はタクミ君が貰うべきものだし。ちゃんと太田君のチョコレート買いなおす。その場で太田君の好きなの何でも言っていいから」
「そうか、優花のおごりか。よし。じゃあせっかくだから好きなもの買ってもらおう」
 嬉しそうな健太は「ショコラdeチョコ」のほうに向かって歩く。

 それについていく優花ところが、すぐに立ち止まった。
「あれ?」「どうした?」
 ここで優花の表情がふちび変わった。「あ!ああああ!!」

「今度は何があったんだ」「あああ、財布がああああ」
「え?財布。落としたのか?」

「ああ、どうしよう。あ、女の子に渡した紙袋だ。あそこにいれてそのまま渡したんだ」
「お前何やってんの?」 健太は呆れたことを通り越して、怒りの目になっている。
「だって、車に挽かれかけて慌てて、下に落ちた財布をとにかく紙袋に」

「馬鹿なのか? おい財布はやばくないか。もう中身抜かれてるわ」
「で、でも私を助けてくれた子よ。私わかる。悪いことしないと思う。警察に届けてくれるかもだから、とりあえず交番に行きましょう」

ーーーーー
「はい、では持ち主が現れたら連絡しますから、この書類にお名前と」
 美羽と拓海は優花の言う通り、交番に財布を届けに来ていた。

「はぁはぁ あ、さ、さっきの子 はぁ!」美羽と拓海が声のするほうに視線を向けると、走ってきたために、息絶え絶えの優花がいた。「あ、この人です。この財布の持ち主」

「うん、あなたのもの?」警官がいったん受け取った財布を優花に見せる。「あ! それ。間違いない。ありがとう。わ、私のもの!」優花は大声で返事した。

 遅れて走ってきた健太。「お、おい、見つかったのか」「そう、この子たちよ。さっき言ったとおり」
「あ、彼がタクミ君か」「え、何で僕の名を?」健太にいきなり名指しされて戸惑う拓海。
「え、いや、あ、彼女は」「あ、お姉さん。私は今治美羽です」
「あ、美羽ちゃん。先ほどに続いて財布も本当にありがとう」優花は美羽に何度も頭を下げる。
「いえ、無事に財布が戻ったので良かったです」大人の女性に何度も礼を言われたので、照れて顔を赤らめる美羽。
「あ、これ。僕じゃなく、お兄さんの」拓海は、先ほど受け取ったチョコレートの入った紙袋を健太に渡す。
「お、おお。そう優花が俺用に買ったもの。タクミ君。返してくれるのか。ありがとう」健太は笑顔で拓海からチョコレートの紙袋を受け取った。拓海も美羽同様に照れて赤くなる。

「よし、優花。御礼としてふたりにチョコレートを買ってあげたらどうだ」
「そうね太田君。ねえ、美羽ちゃん、拓海君。今から一緒にお店行きましょう。お礼にすきなもの選んでいいからね」

「あ、はい。僕は嬉しいです。ぜひお願いします」「私も、はい。お願いします」とふたりは同時に頭を下げた。

 こうして大学生カップルの優花と健太は、中学生でカップルになろうとしていた美羽と拓海のためにチョコを買いに行くことを決める。
 すでに仲良く手を繋いでいる拓海と美羽。年齢の異なる二組のカップルはそのまま『ショコラdeチョコ』に向かうのだった。


追記:本作で登場したダブルカップル
「今治美羽と尾道拓海」の物語は こちら
「木島優花と太田健太」の物語は こちら 
です。


「画像で創作(2月分)」に、墨字書家・五輪(いつわ)さんが参加してくださいました

 夕日を見て頭に浮かんだ言葉、それが詩として発されていきます。その内容は偉大なる太陽が沈む際に感じる大きな世界。そこにいつか現れることを信じる「あなた」を思う気持ちが、ひしひしと伝わるポエムです。ぜひご覧ください。

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シリーズ 日々掌編短編小説 390

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