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調子良く銚子に向かって見たもの

「先生、ホームページを見る限り、なんとなく調子乗りすぎかと思いましたが、実際にはそうではありませんね」
「出口君、当たり前だ。まあ銚子電鉄は経営が厳しいようだから、いろいろな商品を考える経営努力がすごいと思うな。帰りにお土産として何か買ってあげても良いな」

 自称・歴史研究家の八雲と助手で恋人の出口。このふたりは、千葉県の銚子に来ていた。銚子駅から銚子電鉄に乗ってあるところを目指している。車内からアナウンスが流れ、単線の列車はゆっくりと進行方向に向かっていた。
 外から見えるのどかな風景。そして、ときおり音を鳴らしながら車体が揺れるレールのつなぎ目の衝撃が、何と思いえない鉄道の旅を楽しいものにしてくれているようだ。

「あ、先生この駅ですね」「違う、終点まで行く」
「え? 犬吠埼にいくのでは?」八雲は軽く首を横に振る。
「観光地には用はないね。私の目的はその近くにある穴場スポット」と答えた。

 犬吠駅の次は終着の外川駅。ほどなく電車は到着すると、ふたりは駅から海の方向を目指した。
「せっかく終着まで来たから、本来の目的の前に少し寄り道しよう」出口は八雲についていくだけ。
 木造の駅舎をでると住宅地に出る。と言っても家は密集しておらず、空が広くて開放的だ。気のせいだろうか? 海が近いために吹き付ける風に潮の香りのようなものを感じる。
 ふたりは新浦通りと呼ばれる細い道を歩いていく。それから少し道を変えるとやがて海が見える。「外川港か」「先生、銚子港のイメージと違って規模が小さいですね」
「まあ、そりゃ仕方がないだろう。さてここから海沿いに最初のスポットに行こう」

 港から海沿いに歩いてくると、小さな神社が見えてきた。「まずはここ。長九郎稲荷神社(ちょぼくりいなりじんじゃ)じゃ」「あ、魚が!」出口が声を張り上げて指を指す。
 その方向を見ると、鳥居の上に赤い鯛と青くて細長い魚の模型がついている。
「ほう、こんな神社は中々ないな。漁師たちの守り神なんじゃろう」八雲はさっそくスマホを取り出して撮影を始めた。

「そうじゃ出口君。この神社にも社殿を再興した物語があるそうじゃ」「ここそんなに歴史があるのですか?」
「いや、つい10年前の東日本大震災のときじゃ。震災で社殿が完全に崩壊したらしく、祀られていた神々がバラバラになったという。それを一か所に集めて再建したと、ホームページに書いてあった」八雲は得意げに語り続ける。

「へえ、そうなんですね。今回の千葉訪問は、銚子に来る前の香取神宮がメインと思っておりましたので、ここは調子に乗って事前調査せず、うっかりしてました」

「いやいや気にすることは無い。出口君のいうように、今回のメインはあくまで香取神宮。
 だがせっかく千葉の奥まで来たのだからと思って、銚子まで足を延ばそうと佐原のビジネスホテルで1泊しただけ」と、やけににこやかな八雲。
「では銚子に来たのは、やはり調子に乗ったと」出口の口調は穏やかだが視線がやや鋭い。
「ま、調子に乗ったというか、銚子にはここの他にも珍しいスポットがあることを知ったので延長したわけじゃな。
 それで昨夜調べておいたわけだ。お、あの金の鳥居も」とその話題から逃げるかのように八雲は海を背景に立っている金の鳥居を撮影した。

「出口君、次はこの先端の長崎鼻に向かうぞ」と威勢よく先に歩く八雲。出口は、少し首をかしげながらついていく。
「ほうこれが西宮神社」八雲の足が止まった。
「ずいぶん小さいですね」「小さくでも神様には違いない」と白っぽい石でできた小さな社殿に対して手を合わせて丁寧に拝む。出口は八雲の見様見真似。さらに先に歩くと八雲はまた足を止めた。「これが亀の子さまか」道端にあった小さな祠の前でしゃがみ込むと、手を合わせる。
「亀の子さまって、まるでたわし見たいですわね」「フフフ。出口君、調子よいな。まあウミガメに対する信仰が熱心だったことは間違いない。主に2種類の伝承がある」
「その2種類とは?」
「ひとつめは、流木を拾うと、末代まで大漁に恵まれる。もうひとつは亀を生け捕って食べたら祟りで死んだ漁師がいるというものじゃ」
「それがウミガメ信仰に!」
「海神の使いとして崇めたそうじゃ。かつては亀の甲羅をご神体とした祀ったそうじゃな」

「では、今もウミガメが来るのでしょうか?」出口の質問が続く。
「どうじゃろう。確か九十九里浜のあたりは来ていたはずだったが」八雲は腕を組みながら考えるそぶりをした。

 この後さらに東のほうに向かうと、ついに先端の岬に差し掛かる。ここは長崎鼻というところ。
「先生、ここは他に誰もいません。穴場ですね」
「うん、犬吠埼と比べるとマイナーであるが、ここは銚子でも一番南に遭って、日本で最も早い初日の出が見られるそうじゃ。考えようによっては犬吠埼のほうが調子乗っているのかもな」
「せ、先生 今日はなんとなく会話にダジャレが多くありませんか?」「調子と銚子似て非なるものじゃな ハッハハハア!」

 八雲は笑いながら岬の先端にある円筒形の建物に近づいた。「これが照射灯か」「先生、灯台とは違うのですか?」
「ん? そうじゃな。詳しくはわからないが灯台の一種だと思う。確か相当強い光を出して、えっと岩礁などを船に知らせているためだったと思うが」
 八雲は途中から自信がないのか、少しずつ声が小さくなる。

「まあ、いろいろあるということですね。座礁しないためには必要。ということは、この海域にはいろんな魚が居そうですね!」「あ、そ、そうじゃな。あ、あと一か所あるんじゃ。急ぐぞ」

 八雲は得意分野ではない話題のためか、逃げるように慌てて長崎鼻を後にした。「なんとなく今日はつまらないわね。さっきから逃げるように歩くし。腹減って疲れてきたわ」出口は少しずつ心の中に溜まってきたものを感じ始めていた。
 そんなことも知らずに先にと歩く八雲。今までは最果ての長崎鼻を目指していたために、東方向に歩いていたが、今度は海岸沿いに北側を歩く。このまま歩き続ければ犬吠埼に到達。

「先生、次は犬吠埼まで歩くのですか?」「違う、もう少しのところにある」
 こうしてひたすら歩いていき、犬吠埼観光ホテルの敷地を通り過ぎる。と思えば、途中から敷地に入りさらに先のほうに向かう。「お、これじゃ。亀の子神社」と八雲が指さしたのは、先ほどの亀の子様と違って、真新しい小さな建物があった。中に祀られているのだろう。

「先生! また亀の子ですね。さっきとは違うのですか?」固い表情で不満が顔にも満ちだしている出口。八雲はまだ気づいていなかった。
「それだけこの辺りでは、ウミガメとのかかわりが深かったんじゃろ」八雲はそう言って神社の建物を撮影する。

 ここで出口の表情の険しさがピークを迎え、ついに溜まっていたものが爆発した。
「先生! いい加減にしてください。銚子で調子に乗りすぎです。マニアックすぎるというか、由緒もはっきりしないし。このような探訪正直つまらないです!」と大声で叫ぶ。
 出口の目は鋭く、口元は閉じているが小刻みに震えているようにも見える。また両手は握りこぶしになっていた。下手すれば今にも八雲に殴り掛かりそうな殺気すら流れているのだ。

「あ、まあ出口君。冷静になり給え。わかった。この後銚子港に行ってお昼は、魚料理を食べようじゃないか」八雲は祟りをなだめるように必死になる。
 すると途端に出口の機嫌が良くなった。
「あ、先生、それいいですね。ちょうどお腹が空いていたようです。ぜひ銚子で水揚げされた、新鮮な魚を存分に頂いて、調子よく帰りましょう!」

「ほんとうに花より団子だな出口君は」
 八雲は聞こえないようにつぶやく。しかし感情的で嬉しさを体で表している出口を見るのは決して嫌ではない。むしろ好きであった。



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