奄美のUrashima

「ああ、頭がまた痛い。黒糖焼酎飲みすぎたかな」車の助手席に乗っていた石田翔平は、そうつぶやきつつ睡魔が襲っている。
 翔平は昨日から奄美大島に来ていた。翔平はネットを通じて知り合った女性、山田愛加に会うためである。初めての奄美訪問。前日は島いちばんの町・名瀬のホテル近くにあった奄美料理店で、ふたりは初めて出会う。

 ネットのときからお互い話が合うこともあり、リアルで会ってもほとんど緊張することなく楽しい会話が続いた。奄美名物の黒糖焼酎を飲んだこともリラックス度を加速。
「しかし山田さんってどこにでもいるような名字ですね。沖縄とか独特の名字かと思っていたので意外です」「実は奄美で山田は3番目に多いんですよ。でも私の名前愛加は愛加那という、奄美大島のひとで西郷隆盛の奥さん。そこからつけたって西郷隆盛ファンの父が言ってたわ」
「へえ」「あぅそうだ。せっかく奄美まで来て下さったから明日、奄美らしいところに行きましょうか?」翔平同様に黒糖焼酎を飲んだためか、突然テンションが上がり気味の愛加が、明日の予定を提案する。

「あ、いいねすね。行きましょう。どこへですか」「島の最北端」「おお、それはいい。行きましょう」と、ここでもふたりは意気投合した。
 それで約束したまでは良かったものの、ネットの愛加さんと実際に会う愛加さんとのとイメージが同じで、嬉しさがこみ上げてしまった翔平。ひとりホテルに戻ると、さらに黒糖焼酎をボトル半分まで飲んでしまった。そのため二日酔い気味である。

 翌日は愛加の運転する車で島を北上した。海に囲まれた南海の島だが、どちかと言えば島の北寄りにある名瀬から車で移動しても、結局1時間近くかかる。奄美大島は侮れない大きさであった。
「石田さん、つきましたわ」いつしか眠っていた翔平は、愛加に起こされてしまう。目を覚まして慌てる翔平。「あ、寝てました。ごめんなさい」
「別にいいのよ。本土からきてお疲れなんでしょう」そう言って、愛加は笑顔を見せた。

 駐車場の目の前には海が広がっている。翔平は思わず声を上げて白波の立つ大海原を眺めた。青い海には雲がいくつか漂っている。視線を落とせば水平線。その下は海が広がっている。しかし晴れているのに外洋のためか波が荒い。海は定期的に白い波を立てながら、岸辺の陸上に体当たりを繰り返す。
「さ、こっちですよ。案内したかったのは」とは愛加の声。翔平は声のする方に向かって歩き出す。「なんだこれは?」驚きの声を上げる翔平。愛加以外には誰もいないこと。そして音を鳴らしながら吹きづける強風のためについつい声が大きくなる。

「夢をかなえるカメさんよ」「どういうこと?」「この亀に触れると願いが叶うの。頭だと知恵、右前足が男性の願い、左前足が女性の出会いとかなの」
「へえ、それじゃ、さっそく触って」
「ちょっとまって」とは愛加。「どうしたの」「実は亀にまつわる伝説がこの近くにあって、今日はその話をしたかったの」
「亀にまつわる伝説。海で囲まれたところだから大きな亀が村を襲ったとかそういうの?」
  しかし首を横に振る愛加。「違うわ。本土でも有名な浦島太郎の話があるの」「ええ?奄美大島に浦島太郎! どんな話?玉手箱とかでてくるの」

興味深そうに聞く翔平。愛加は嬉しそうに海の方に向かい。まるで海に向けて話すように語り始めた。

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 昔、この近くに浦という集落がありました。奄美では集落のことを「島」といいます。だから浦島。ここの浦の島に住んでいた漁師の太郎は、老いた母と暮らしていました。

 そんなある日、季節になると奄美に必ずやってくる嵐(台風)が今年も襲ってきます。翌日集落から少し離れた浜辺に行くと、若い女性を含めた言葉のわからない外国人が複数いました。だから村人たちが大騒ぎになります。ここで太郎は、戸惑う村人たちの前にでると、「同じ人間なのだから、言葉が通じなくても怖がらない方がいい。助けの船が来るまで私の島・浦で住ませます」そういって、彼は湖の外国人たちを自分の集落・浦(島)に連れて行きました。

 生活をしているうちに、コミュニケーションが通じるようになった外国の人たち。彼らは海の遠くにある王国の王族だと知ります。そして若い女性は王の娘で、乙姫という名前でした。やがて迎えの船が無事に奄美に到着。乙姫ら異国の人たちは礼を言って国に戻ることができ、太郎の元を離れます。

 無事に王国についた乙姫の一行。太郎に助けてもらったと聞いた王は、「お礼をしなければ」と、太郎に海を渡って王国に来てほしいと言います。「そんな、大したことでは」と太郎は断るも、王からの強い要請の前に折れて、海を渡ることを決意しました。

 海を渡り対岸の大陸に到着。そこにある王国では、家来たちが歓迎します。そのまま国のある宮殿(竜宮城)に招かれ、そこには王と乙姫が居ました。「乙姫を助けてくれた太郎殿本当に感謝しておる」と王は改めて、太郎に礼を言います。その後宴会が始まりました。
 太郎は見たこともないような豪華が御馳走、そして天女のような美しい衣装に身をまとった踊り子たちによる舞踊、歌が披露されます。

 そんな日々が数か月続きました。乙姫は太郎に「ずっとこの国にいてほしい」と願ったので、楽しい太郎はそのまま頷きました。

 それからどのくらいの月日がたったのかわかりません。やがて太郎は、島に残した老いた母や島の人たちを思い出し、帰りたくなります。ついに太郎は王と乙姫に「島に帰らせてください」と、お願いします。すると乙姫は「それならばあと数年留まってほしいです。この国はあなたの住んでいた島よりも高度な文化、学問があります。もし島に戻るのならこの学問を学んでそれを伝えてください」と言いました。
 それを聞いた太郎は、この日から王国の伝わる知岸を得ようと勉学に励みます。

 それから数年後、太郎はいよいよ島に戻る日が来ました。「また戻ってきてください」と乙姫に言われ、玉手箱というお土産を手渡されます。その際に「この箱の中には宝物があり、いろいろなものが見えるでしょう。大切にしてください」と言われました。
 こうして再び船で奄美に到着した太郎は、元の集落に戻っても母親をはじめ、知っている人がいません。自分の家もなく完全に自分がいたころの島とは様子が違います。

 太郎は初めて会う島の人に「浦の島にある太郎の家を知らないか」とききます。すると年配の女性が「浦島の太郎、伝説の漁師、数十年前に海に出て戻ってこなかった人」と言いました。
 折角戻って来たのに、すでに太郎を知っている人がいなくなってしまい、途方にくれました。砂浜にしゃがみ込むと「いろいろなものが見える」という宝物が入った玉手箱を思い出します。そして玉手箱を開けると、中には銅鏡が入っていました。そしてちょうど太郎の顔を映し出します。

 太郎はこれを見て大いに驚きました。その顔は白髪頭の老人だからです。「そんなに長い間あの国にいたのか」太郎はときの流れの速さを思い知りました。
「でもあの国で学んだことは島に役に立つ」そう思い返した太郎は、以降、島の人たちに王国で学んだ知識や技術を教え始めます。その結果、島の人たちに高度な文化が伝わりました。

---------------------------------「以上よ。これにはニライカナイ伝説というのらしくて、海のかなたには竜宮という神の国があると、島の人は信じていたの。それが本土・大和に伝わって浦島太郎の話になったそうよ」
「へえ、でも海中の城よりこの方が現実味がある。絶対こっちが正しいよ」と翔平。愛加は軽く頷き「でも今の話に出て来た浜辺は、ここじゃなくて近くの秋名というところらしいけど、ここにはカメさんがいるからそれで連れて来たの」

「山田さんありがとう。いやあこれは面白い話だ。海外に住んで自慢話ばかりするイトコや友達みんなに自慢しよう」
「あのう、出来たらハンドルネーム私の名前・愛加って読んでもらっていいから」と愛加は少し伏し目がちに恥ずかしそうなそぶりをする。
「わ、わかった。愛加さん、じゃあ僕のことも翔平でいいよ」「翔平さん。わかりました」と笑顔で愛加が言うと、満面の笑みで嬉しさをアピールするような翔平。願い事をかなえようと亀の足を触った。しかしそこで「あ、翔平さん!」と止める愛加の声。

「え、なんで?僕の願い事叶えたらダメ」「違う、そっちの左前足は女性の願いが叶う方。男性は右前足!」それを聞いて亀の左前足を触っていた翔平は照れを隠しながら笑い、その手を頭の後ろに置くのだった。



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