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呑みながらの方が筆が進む? 第877話・6.19

「下北半島はいいよ。あんた行ったことがないの?」という部屋からの大声。祖父、茂の部屋に、相談しようと思っていた大学生の大樹は、中に客がいることがわかったので、あきらめて自室に戻った。

 一方茂の部屋に来ていたのは、茂の執筆仲間である、酔狂呑み太郎というペンネームで活動している男。名前の通り、大の酒飲み。茂の家に来たかと思えば、いきなり持参した一升瓶の下北半島の地酒というものを取り出した。その蓋を開けてグラスに注ぐ。茂も酒は好きな方だから、自前のグラスをしっかりと用意していた。酒が注がれる間、やけに顔をにやけながら嬉しそう。

 この酔狂呑み太郎は、もちろん酒の肴になるものも持って来ていた。スルメなどの乾きものをはじめ、缶詰、それから下北半島の土産物を持ってきている。それがまた酒の肴にぴったりの物ばかりであった。珍しいお土産も出しては、その場で開ける。あっという間にふたりだけの呑み会となった。

「で、下北半島はそんなに良かったのかのう。まあ、この酒のうまさなら間違いなさそうだ」「おう、いいよ。茂さん。あの広々とした半島はだ、となりの津軽半島よりもずっと良い。大間崎など最高だよ。ウミネコがすぐ近くまで来るんだぜ。あんな風景見ていたら、もう創作の種が次々の芽生えるっていうもんだ。おかげでいろいろ創作できそうだな。旅をするということは、創作のヒントをもらう。おそらくそういう事じゃねえかな」と、旅の思い出と自らの創作理論を楽しく語る呑み太郎。
 語りが終われば、すでに手にはグラスを持っていて、何の抵抗もなく口の中に運ばれる。その横で茂も、肴に手を出した後、同じように酒が口の中に入っていくと、肴とともにかみ砕きながら余韻として残る酒の風味を楽しんだ。

「そうか、確かに旅先では創作のヒントはある。うむ、じゃが、ワシはまだ下北半島は行ってないのう。大樹の夏休みのタイミングで、誘ってみようかのう」
「いきな、茂さん。あそこは行くべきだ。ヒッ!」酒は好きだが、実はあまり強くない呑み太郎。早くも酔いが回ってきた。だがほろ酔い気分になってからが本領発揮。その状態になると、急激に創作意欲が高まるというのだからたまらない。

「し、茂さん、なんか書くもの無いかな」「書くもの、紙か?」
「いや、パソコンでもタイプライターでも良い。酔ってくるとこう、創作意欲が、おおお、浮かんでくるよ!」
「弱ったなあ。まさかワシのアイフォン貸せないしな。あ、あれでいいか」茂は立ち上がると、呑み太郎にあるものを持ってきた。

「呑み太郎さん、とりあえずこれでよいかのう」茂が持ってきたのは、半紙と筆ぺんである。「これは、書道の道具?」「悪いがこれしかないんじゃ。とりあえず書いてみたらどうじゃな」
 茂は半紙と筆ペンを呑み太郎に手渡すと、グラスの日本酒を一気飲み。「プファア、おお、ワシも酔ってきたぞ。この感覚が溜まらんわ。じゃがワシは呑んだら書けん」
「筆ペンか、まあいい。やってみよう」一方で、呑み太郎は、グラスの酒を一口口に含めると、いきなり筆ペンで何かを書き始めた。
「おお、何か書いているぞ」茂は呑み太郎の字を見つめている。だが何を書いているのか全くわからない。呑み太郎は真剣な表情で書いているが、それは文字というのには程遠く、行書や草書と言った砕けている文字とも明らかに違う。ミミズのようなものの羅列。何らかの暗号かもしれない。

「おい、呑み太郎さんやなんて書いているんじゃ」茂は質問するが、呑み太郎は集中しているのか黙ったまま。細かく書かれた暗号のミミズは、半紙一面に書き終えると、ようやく筆ペンの動きがストップした。
「よし、書けたぞ。茂さんありがとう」と嬉しそうな呑み太郎。ここでグラスの酒をすべて飲み干すと、すぐに手酌で日本酒を注ぐ。茂は呑み太郎が書いた字を見たが、やはりわからない。
「これは、なんて書いてあるんじゃ」たまらなく再度質問する茂。だが呑み太郎は、一瞬両目を大きく開けて元に戻すと「そりゃ、誰も読めん。これはこの呑み太郎オリジナル文章だからな。ヒッ!」
「オリジナルとな」「暗号のようなものかな。この呑み太郎のヒッ、頭の中をだな、こうやってアウトプットできさえすれば、シラフの時に解読して、誰もが読める文字にタイプアウトできるわけだ。さ、茂さんもっと呑みましょう。ヒッ」

 こうして茂と呑み太郎は延々と呑みながら、創作談議に花を咲かせた。

「うん?帰ったかな」呑み太郎と思われる、酔っただみ声が聞こえたかと思うと、玄関のドアが開く音が大きく聞こえる。「やっと帰ってくれたみたいだ」そう思った大樹は、改めて茂の部屋に向かう。
「じいちゃん、お客さん帰ったの?」ノックすると、そのまま大樹が部屋に入った。「あ、おお、だ、じゃいきか」だがそこにいるのは顔を真っ赤にした茂。相当呑んでいるのかろれつが回っていない。
「あ、あいちゅ、あんなに呑んだのに、帰ってから書けるとか、言いよった。じゃが、ワシは無理、だいき、悪いがもう寝るぞ」というと、その場で倒れこんで眠ってしまった。

「ああ、じいちゃん......ダメだ!」半ば呆れかえった大樹。それでも茂が風邪をひかない様にと、布団を上にかけるのだった。



こちらの企画に参加してみました。(今回は事情により水を呑みながらです)

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シリーズ 日々掌編短編小説 877/1000

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