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「たまごかけごはん」を食べよう 第646話・10.30

「あれ、どうしてこんなに?」木島優花は、交際相手の太田健太が住んでいるアパートに来た。するとなぜか玄関のところに小さな段ボールがあり、10個入りパックに入った卵が4・5個入っている。
「太田君、ひとりぐらしなのになんでこんなに卵が」
「ああ、優花、それいくつかあげるよ。いや実は貰い物だから」奥から健太が笑顔で入ってきた。
「貰い物?一体だれ」少し顔色が変わる優花。「ああ、青年会からだ。実は今年のハロウィンで町の青年会として何かやろうってなったんだ」
「それで?」「で、メンバーのひとりが養鶏場の経営者の息子だろ。余った卵があるからって段ボール3つも持ってきたんだ。これで茹で卵を作ってから絵を描いてみんなに配ろうって」

「卵の殻に絵? それってハロウィンじゃなくて」「そう、さすがだな。そいつハロウィンとイースターを間違えたみたいなんだ」「うっ、ハッハハハハハ!」思わず声に出して笑う優花。
「だろう、それでさ、卵を使うのを止めることにした。なら余った卵を青年会で分けることになったけど、どうせならってクジにしようって」「それで当たったのね」大きくうなづく健太。

「だから降って湧いてきたものだ。持って帰れよ」「うん、でもその前に卵で何か作ろうっか。「そうだな。何か食べよう」
「そうねえ」優花は頭を動かして考えるそぶり「例えば焼く前のトーストの真ん中に、少しくぼみを入れてそこに卵を乗せるの。そしてバターを乗せて、卵に塩コショウでも振りかけて焼いてみたらどう?」

「それだったら、秋の味覚がいいな」健太がスマホを取り出して操作する。「これ見ろよ」と、スマホ画面を優花に見せる。それはトーストの上に柿が乗っている写真のレシピが表示していた。
「なに、ほう」優花が声に出して読み上げる。「最初に柿を4から8等分するのか。それから焼く前のパンにバターを塗る」「マーガリンでもいいんだろう」「そうよね。あとはその上に切った柿を乗せてトースターで焼く。焼いたら上からハチミツをかける。なるほど、秋の味覚ね」
 優花は妙に納得する。「それが栗とかだったらどうなんだろう」おう、栗もいいな。柿だとデザートみたいだからその方が料理っぽいよ。それならちょっとリッチに松茸なんかどうだ」
「松茸!それは」思わず目が見開く優花。
「わかってるよ、そんな高級なもの」「ていうより、それはそのままトースターで焼いたほうがおいしくないかしら」

「だよな」頭の中で焼き松茸を想像していた健太は、目の前の卵の段ボールを見て現実に戻る。
「あとパンプキントーストもいいわね」「あ、あのさ、卵の話に戻らないか?」健太は段ボールから卵一パックを取り出した。

「とりあえず最もシンプルな卵の食べ方だ」「何?目玉焼きとか」
「いやそうではない」「わかった茹で卵でしょ、太田君好きだよね」ところが首を横に振る健太。
「優花、わかっていないな。最もおいしい茹で卵は、前の日から用意しないといけないんだ。生卵を濃い目の塩水に一晩漬けておく」「へえ」
「そうすると塩水の塩分が一晩のうちに殻を通じて中に入り込むらしいんだ。それで茹でると、すでに塩が入っているから塩をかける必要がない」
「おお、それは! さすが茹で卵好き」思わず優花の声が大きくなる。
「そのうえ、保存食みたいになるようで4日は持つぞ。そっか今晩やってみよう」健太は自分の中で考えがまとまったのか、一瞬頭を上げて天井を見た。
「じゃあ今からは」ここでキッチンから音が聞こえる。「よし、ちょうどよかったご飯が炊きあがった。炊き立てご飯の上に生卵を乗せるんだ」

「たまごかけごはんね。なるほど。私ももらおうかなあ」思わず、優花の口元が緩んだ。

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「よし、いいなあ。炊き立ては」健太は優花の分とふたつの茶碗に炊き立てのご飯を入れる。白い湯気からその姿を見せた白いボディ。十分な湯気(水分)を含んで膨らんだ一粒づつの白米は、まさしく「立っている」という言葉にふさわしく、一粒づつに元気と張りを感じた。
 ご飯を茶碗に入れると、真ん中に少しくぼみをつくる。そしていよいよ卵の登場だ。
 いつも以上に慎重に卵に衝撃を与える健太。優花は固唾をのむようにその様子を見ている。
 2、3回の衝撃でひびが入った卵。健太は両手の親指をその日々の裂け目に突き刺すように入れる。そして両手で卵を引っ張るとその裂け目があっという間に大きく開く。中から黄金職の卵黄が見える。その前に重力に逆らわないように透明の卵白が先に落下しようとするが、それにつられるように卵黄も反応。気が付けば殻から出た生卵は、あらかじめ健太が用意した器に吸い込まれた。それをふたつ用意すると、それぞれのご飯の上に乗せる。

「さてたべようか」「いただきまーす」優花はさっそく自分の茶碗に、しょうゆをかけた。「ああ、たまごの味が!」それを見た健太は不満そう。

「え?」健太はゆっくり卵の部分だけを食べて何度もうなづく。そのあと醤油なしでご飯を食べた。「うん。あとは」この後ようやくしょうゆを入れて食べる。「本当に卵好きなんだね」半ば呆れかえったようにつぶやきながら、茶碗に入った卵かけご飯に食いついた。



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シリーズ 日々掌編短編小説 646/1000

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