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デパートでサンタが仕入れたもの 第697話・12.20

「定時で追われそうだ。予定通り今日買っておくわ」「そう?じゃあデパートにしたら」「どうして?」「ねえ、知っている。今日12月20日は、デパート開業の日で、三井呉服店が三越になった日なんだって」
「三越は無理だが、あそこなら。それでも寄り道しないとダメだな。ちょっと遅くなるぞ。そうだ鰤(ぶり)の日だし、ぶりでも買ってこようか」
「いいわね。じゃあ今夜ブリしゃぶね。野菜切って待っておくわ!」

 霜月秋夫は妻のもみじとメッセージのやり取りをした。これはデパートで娘の楓のためのクリスマスプレゼントを買うやり取り。
「家電量販店あたりと思っていたが、うんデパート行ってみよう」メッセージを終えた秋夫は、定時になると席を立ち、職場から立ち去る準備を始めた。

 いつもの通勤経路にデパートはない。仕方なく途中のターミナルで電車に乗り換えて数駅。目的のデパートの前に来た。
「本当は日曜日に一緒に買いに行けばいいのに『楓にサンタの正体がばれるからって』なんで俺ひとりで買わなきゃなんだ。ほんと面倒だな。ネットで買って、コンビニの引き取りにすればよかったんだよ。ったくもう」

 頭の中で愚痴をこぼしながら、秋夫はデパートの前に来た。クリスマス直前のデパートは想像通りきらびやか。建物がイルミネーションでおおわれていた。それを見るだけで、心が清らかに落ち着くから不思議なもの。
「さてと、えっと。ああこの人形か。やっぱ入りいつの時代も同じだな。楓ちゃんはキャラクターのお人形が欲しいのか」秋夫はおもちゃ売り場に来た。しかし秋夫は、対象の人形にはいろんなシリーズがあり、どれにすればよいかわからない。
「いっぱいあるな。何がいいんだろう」秋夫は、もみじに「どれがいいと思う」とメッセージを送る。

 2分後に戻ってきたメッセージは「写真撮って」と来た。「嫌だなあ。撮るのかよ」秋夫はおもちゃ売り場で、買い物をしているほかの客や従業員にばれないようにこっそりと何枚か撮影をして、画像を送る。
 そして3分後に再び妻からのメッセージ。「うん、なるほど。これか」秋夫はもみじの指示通り、おもちゃの人形のセットを購入した。そしてクリスマスプレゼントで使うと説明したので、それらしいラッピングもしてもらう。

「よしあとは、地下に行くぞ!」突然秋夫は元気になり、エスカレータで地下に向かった。
「当然だよな。こんなサンタ役を俺ひとりに押し付けておいて、今は寒ブリのシーズン。帰ったらブリしゃぶでいっぱいだな。これは少し早い、俺のクリスマスプレゼントだ」

 勢いよくデパ地下に向かった秋夫。魚のコーナーに行けば案の定「ぶりの日」と書いたのれんが複数靡いており、ブリが本日限定で安売りをしているではないか。
「よし買うぞ、おお、早い。もうあとわずか。急げ」秋夫は焦った。ブリしゃぶ用のパックはあとひとつ。慌てて手にしようと腕を伸ばした秋夫。だが同時に別の人の手がパックに届いた。「あっ」見ると真っ白い髪と仙人のような白い口とあごひげの老人であった。「ど、どうぞ」「よいのかな?」
「はい。ええ、僕は別のでもいいので」秋夫はここで老人から奪うような手荒なことはしたくなかった。

「仕方がない。これも運命だ」秋夫はブリしゃぶをあきらめ、ブリ以外の魚を買おうと魚売り場を眺める。
「うーん、弱ったなあ。ブリモードだったのに。あ、アラが残っている」秋夫はブリのアラをゲットした。「身は少ないけど一応ブリだからな」そう思ってレジに行こうとすると。「お、ちょっと待ってくれ!」と秋夫に声をかけてきたのは先ほどの老人。
「あ、これはどうも」近づいてきた老人に秋夫は会釈すると「実は間違っていたようじゃ。ワシはブリではなく鯛が欲しかったんじゃ。だからあなたに返す」というと、ブリのパックを秋夫に返してくれた。

「あの、いいんですか?」「ブリは脂っぽいのが苦手で、わしは好かん。鯛かもしくはイナダの方が良いんじゃ」と言って立ち去った。

「イナダ? え、イナダってブリの子供では......」秋夫は首をかしげたが、それでも念願のブリが戻ってきて気持ちが高揚した。
「あの髭、仙人のようだが、もしかしてサンタクロース? ハッハハアッハハ!娘のサンタとしてデパートに来たのに、他人のサンタからプレゼントをもらったようだな」
 上機嫌な秋夫は、結局老人から譲り受けたブリしゃぶ用のパックとアラの両方を購入した。

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「さてと、プレゼントは家に持ち帰らず、駅のにコインロッカーか」デパートから電車に乗り、家の最寄り駅に着た秋夫は、もみじの指示によりプレゼントをコインロッカーに入れる。
「明日あいつが取りに来る。どんだけ面倒なことするんだ」と言いながらもコインロッカーにお金を入れる。
「ちょっと待て」秋夫は、カギをセットする前にもう一度確認。「間違えていないな。ブリと」それをチェックし終えて、ようやくカギをかけるのだった。

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シリーズ 日々掌編短編小説 697/1000

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