見出し画像

ピアノの前で 第763話・2.25

「さ、頑張って!その調子よ」ピアノの前でふたりの少女がいた。ピンクの服を着た方が白い服の金髪の少女に指導をしているように見える。だがそれは少々違ったようだ。
「ちょっと、もうこんなことを止めませんか?」白い服の少女はピンクの少女にそうつぶやいた。
「な、なぜそんなこと。この調子でやればいいのよ」ピンクの服の少女はそう言ってなだめるが、白服少女は納得できず声を荒げる。
「だからもう嫌なの。私が全くピアノが弾けないことを知っていて、なぜこんなピアニストのようなまねごとをさせるわけ?もう、ばかばかしいわ」

「仕方ないのよ。今夜のお客様はピアノの演奏が好きな方。だけど今日はピアニストの予定が誰もいっぱいで他にいないの。だからお願い頑張って」とピンク服の少女がなだめるが、白服の少女はその場でピアノの鍵盤を思いっきり叩いた!

「ちょっと、やめて、ピアノが壊れる!」同時に激しくなる鍵盤の音に慌てるピンク服の少女。白服の少女は勢いよく立ち上がると。「だったら、あんたがやりなよ。私はもう知らないわ」「な、何でそんなこと!」
「だってそうでしょ。だいたい私が弾いているふりをして、別の音源でピアノのメロディを流すなんて、だますようなことなんてしたくないわ。その人ピアノの演奏が大好きなんでしょ」
 白い服の金髪少女の声は怒りに満ちている。

「そ、そうよ、だからピアノを弾いている雰囲気を出してあげないと、その方が、が、がっかりするから......」金髪少女の怒りの前に少し狼狽しているのか目の焦点があっていないピンク服の少女。
「あのね、私思うんだけどさ、それって逆じゃないかしら?」
「え、どういうこと?」戸惑うピンクの少女に、金髪を靡かせながら白服の少女は説明する。
「そのお客様は、多分ピアノの生演奏が好きなわけなの。いい、私が明らかに引いているふりをしたとする。生演奏が好きな方を本気で騙せると思っているのかしら」

「え!」白服の少女に急所を突かれたかのように、ピンク服の少女はそのまま固まった。
「でしょう。その方が本当にピアノ好きな人ならすぐに見抜くでしょうね。だったら最初からやめた方がいいわ。『申し訳ございません』と言って、正直にピアニストの予定が付かなかったことを告白した方が潔いわ」
 そう言って白服の少女は立ち上がると、そのまま部屋を出て行ってしまう。

「あ、ち、ちょっと」取り残されたピンク服の少女。「困ったわ、あの子にもっと説明をするべきだった。どうしよう」しばらく腕を組み頭をかしげる。5分くらい渋い表情のまま右腕を組んでいたが「やっぱり説得しかない。まだ間に合うわ」とつぶやくと部屋を後にした。

ーーーーーーーーーー

 夜を迎えた。今日の男性客はタキシードを着た紳士。目の前には、昼間ふたりの少女が議論をしたピアノが置いてあった。

 しばらくすると先ほどのピンクの服を着た少女が現れる。「お待たせしました。今から始まります」と、紳士の前であいさつをした。そうすると先ほど激怒していた金髪の白い服を着た少女、すでに機嫌を取り直したらしく、笑顔でピアノの席に座る。そして演奏が始まった。ただし昼間の議論であったとおり、少女が演奏をしているのではない。少女はしているふりをしているのであった。流れてくるピアノのメロディは別の音源を使用している。その横ではアドバイスをするように、横についているピンクの服を着た少女。

 紳士は演奏の本当の音源に気付いているかどうかはわからない。ただ真剣なまなざしで少女を見つめている。少女は視線が気になりつつもそれを無視して、演奏に没頭しているふりをした。
 途中から紳士は紙とペンを取り出して何かメモを取り始める。「え、何?」さすがに白服の少女は動揺した。だがピンクの少女が笑顔で「大丈夫!」とささやくようにつぶやきく。それを聞いた白服の少女はどうにか気持ちを乗り越える。
 こうして演奏の音源が終わると、少女もそのふりを止めた。でも最後に指でひとつだけ鍵盤を押す。このときだけ生の音源が響いた。

 演奏が終わると、タキシードの紳士は、なんども拍手。そして「素晴らしい。これで僕のイメージが出来上がった。感謝するよ」と言って立ち上がる。そのまま一枚の紙を手にふたりの少女の前に現れた。
「協力ありがとう。これでピアノ演奏をしている絵が頭に浮かんだ。俺は描ける。これはとりあえず何枚かスケッチしたうちの一枚。感謝の気持ちを込めて君たちにあげるよ」そう言って紳士は白服の金髪の少女のに手渡すと会釈をしてそのまま立ち去った。

「よくやったわ。成功よ」紳士が立ち去ってから喜びを出すピンクの少女。「まさか、演奏をそのものを聴きに来ているのではなく、演奏をしているシーンをイメージさせるためだなんて。最初からそれを言ってくれれば昼間のような喧嘩にならなかったのに」と白服の少女。手に持っている紙を見る。そこにはふたりの少女とピアノが描かれていた。少女はそれを見て金髪を触りながらほほ笑んだ。

https://www.amazon.co.jp/s?i=digital-text&rh=p_27%3A%E6%97%85%E9%87%8E%E3%81%9D%E3%82%88%E3%81%8B%E3%81%9C

------------------
シリーズ 日々掌編短編小説 763/1000

#小説
#掌編
#短編
#短編小説
#掌編小説
#ショートショート
#スキしてみて
#世界の美術館
#少女
#ピアノ
#やってみた

この記事が参加している募集

スキしてみて

やってみた

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?