18リットルの思い出


「ねえ、山崎さん。このお酒お土産にどうかしら?」「朝倉さんにいいですね。それではこちらお願いします」
「はい、ありがとうございます」

 ここはある町の店の前。2019年の秋に江藤徹は、母の実家が経営する日本酒の酒蔵にある販売所の前にいた。客とのやり取りを済ませた伯母は、到着して接客が終わるのを待っていた徹に気づく。
「ああ、ごめん徹ちゃん。よう来てくれた。いまお客さん来たからすまないねえ。さあどうぞ。お坊さんは40分後だったかな」

「伯母さん、母さんたちは?」
「さっき駅に着いたって言ってたからさ、あの人が迎えに行った。お坊さんが来るまでは余裕で到着するわね」
「そうか、どうも僕が早く来すぎたみたいで......」徹は気まずそうに周りを見る。
「そんなこと。どうぞ上がって待ってなさい」「はい」徹は靴を脱ぎ、家の中に入る。徹がここに来たのは約2年ぶり。
「前の一周忌のときはどうしても都合がつかなかった。今回はちゃんど三回忌にこれたぞ」

 この日は祖母の法事である。徹は居間に通された。隣は仏間になっていてこの日は間のふすまが取り外されている。だから仏壇が見えた。どうやらここで法事が行われるようだ。江戸時代から続く造り酒屋の広い部屋。
 建物は築100年以上だという。そして登録有形文化財になっている。黒ずんだ柱と焦げ茶色の壁。畳も随分年季が入ったかのよう。天井の照明こそ蛍光灯であるが、その上の天井にも不思議な趣がある。親元を離れ、都会で住んでいる徹にとっては不思議な懐かしさがあった。

「そうそう太一がもうすぐ19歳なるんよ。あれ、あの子どこに行ったのかしら? また玲奈ちゃんと何かしてるのかねえ。ちゃんと時間までは戻って来るかしら」叔母はそう言うと慌ただしく奥に入って行った。

「あんなところに」残された徹は、この古びた居間に似つかわしくない大きな液晶ディスプレイを見つける。
「40型くらいかな。だよな。いくら建物が古くても、もうブラウン管テレビなわけないか」徹はひとり納得する。と、その隣に別のものがおいてあるんのを見逃さない。「あ、あれ!」
 青っぽい大きなガラス容器であるが、花瓶のように上の部分が極端に小さい。中は空っぽであった。

「懐かしい1斗瓶だ。確か18リットル入るんだよね。そうそう教えてもらった、ジョンソンさんたちに」
 徹は中学生のころの記憶がよみがえった。彼は中学1年まで毎年のように夏休みを使い、3週間ほど母と共に伯父夫婦の厄介になった。
 そうあれは小学6年生の夏。

ーーーーー

 日本酒は冬に仕込まれる。そのため夏は酒蔵も静かなもの。徹少年はそこが格好の遊び場であった。そして酒蔵の土間には濁った醪(もろみ)という酒を搾って抽出する「斗瓶取り」用の容器が無造作に置いている。
 だがこのころの徹は既に見慣れていて見向きもしない。だがこのときすぐそばにいた金髪の白人男性が、それを珍しそうに眺めていた。
 そして手に取って青い瞳で舐めるように見つめている。

 彼の名はジョンソン。彼は当時大学生だった徹の8歳年上のいとこが連れてきた留学生。カリフォルニアから来たという。
「あ、イット。ということは五ガロン」片言の日本語でジョンソンが手に持っていたのは、斗瓶であった。
「そうよ、五ガロンイコール一斗。メートル法で約18リットルね」
 横でにこやかに笑うのは、いとこの留美子。英語が得意でときおりジョンソンとは英語で会話をする。もちろん徹少年は意味が解らない。 

「ガロンだって、かっこいいなあ」徹にとって留美子は憧れの女性であった。日本人なのに白人男性と対等にやり合う姿。こんなに日本的な場所なのに国際的な言葉のやり取りが聞こえて子どもながらに心地よかった。ふと少し大人になった気分になるのだ。

 そしてジョンソンが口に出すアメリカの単位。ヤードとかポンドという響き。このアメリカの独自のネーミングに妙な憧れがあった。対して酒蔵で普通に使う日本の斗とかその10分の1である升、あるいは逆に十倍の石(こく)という単位が正直好きではない。

「この瓶も五ガロンっていえばいいのに......」若き徹少年は良く伯父夫婦に提案した。その都度にこやかに笑い「今にわかるわよ」と言ってごまかした。

ーーーーーー
「ふふふ、懐かしい。あのときはガロンとかいう言葉が好きだったのに、今はむしろ斗とか石とかの日本の単位のほうが好きになった」徹は改めて一斗瓶を眺める。

「そういえば5月18日が、元々5ガロン缶だったのが18リットル缶に呼び方が変わったから、18リットルの日とかあいつ言ってたな。こんな。伝統的な古民家が好きなはずなのに、今日あいつも連れてきたら良かったかなあ」
 徹は現在付き合っている彼女のことを気にかけた。

「あ、徹兄さん」徹が振り返ると、いとこの太一がいる。留美子とは年の差が少し離れた姉弟。
「おう、太一君。元気そうだな。うん隣の子は」
「あ、友達の玲奈ちゃん」「え? あ、は初めまして玲奈です」玲奈は恐る恐る徹に挨拶。
 だが『友達』と紹介されたことに、明らかに不快な表情をしている。徹はふたりの関係を察知した。

 紹介もそのままに、ふたりはディスプレイの前にノートパソコンを持ってきて、何やら接続や設定をしている。
「これ留美子姉ちゃんが戻ってこれないからって、ZOOMで参加するためなんだ」

「法事に? そういう方法もあるのか......」この伝統的な建物の中で、21世紀の技術が利用されていることに徹は不思議な感覚を覚えた。

「そう、留美子はアメリカから帰ってこないからな。まあ太一があのあたり詳しいから任しておけ」徹が声のするほうを見ると伯父が帰ってきた。

 実は留美子とジョンソンはあの後交際に発展。そして結婚した。現在カリフォルニアに住んでいる。
 そして頻繁に会えないからと2012年にアメリカでサービスが始まり、2019年から日本でも支社が設立されたZOOMをいち早く導入。
 定期的に実家とアメリカを繋ぎ、会話を楽しんでいたのだ。

「あ、伯父さん」「おお、徹か。お前の父さんと母さん、婆さんの墓参りしてから来るってさ」
「あ、そっか!」徹は先に墓参りをすればよかったと後悔。「あ、そうそう聞いたぞ。お前も留美子みたいに外人と付き合ってるってな」

「え、あ、ジェーンのことだ。父さんなにしゃべってんだ」徹はまさかのキーワードに狼狽する。
「あ、はい。でも彼女は英国人だけど、ずっと日本にいて、日本語が得意なんです。外見はそうですが、留美子姉さんらとはちょっと......」徹は声がしどろもどろ。
 ここに着信音が鳴る。「よし!」話題が変わると慌てて電話に出る江藤。すると「ハロー エドワード! そっちはどう。元気。ゴメンね。今日行けなくて」とハリのあるジェーンの声が聞こえてしまう。その上、スピーカーをオンの設定だったの部屋中に、その声が聞こえてしまった。

「あ、あああ」慌ててスマホのスピーカーをオフにする江藤徹。
 彼の周囲にいた伯父夫婦と太一に玲奈。それからちょうど家に入ってきた徹の両親たち。さらにZOOMの設定が終わり、画面に登場した留美子にまで聞こえてしまう。当然ながら一斉に笑い声が渦巻くのだった。


「画像で創作(5月分)」に、あるさんが参加してくださいました

飛行機が飛ぶということ。それは移動と同時に乗客という存在がは過去になる。本来の想いとは正反対で放った言葉の刃。もう後悔はしない。そんな気持ちを切り替えようとしている雰囲気をじわりと感じとれる作品です。ぜひご覧ください。



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