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恭仁京って? 第535話 7.11

「さて、今日も暇だね」龍之介はカウンター越しでため息をつく。ここは京都府木津川市。京都府内だが京都市よりも奈良市に近い場所である。ここで龍之介は、母の龍子とふたりで小さなカフェを経営していた。
「暇なんて言ってたら、くるお客さんも来ないわ」「ち、うるせえなあ。来ないものは来ないよ。こんだけ天気が良かったらみんな外に遊びに行ってるよ」

 今日は日曜日。平日はランチタイムを中心にそれなりにお客さんが来るこのカフェも、日曜日は暇なことが多い。龍之介は日曜定休にしたいが、母は月曜日を定休にすることにこだわっている。実は母の龍子は重度のサザエさん症候群。カフェを始めるまでは外で働いていたが、日曜日の夕方になると胃が痛くなり、その日の夜は不眠症になるという。そんなことがあり、月曜日を休みとすることで週明け月曜日の重苦しくてあわただしい朝に、ゆっくりできるという優越感に浸っていた。

「俺の代になったら絶対に定休日を」と言いかけた龍之介が視線を入り口に向ける。珍しく日曜日にお客さんが入ってきた。
「いらっしゃい、あれ?」さらに驚く龍之介。入ってきたのはかつての同僚、和虎だったからだ。
「おい、虎じゃねえか」「おう、龍。元気そうだな」ふたりが再開したのは5年ぶり。このふたりは職場の同僚で同じ年入社の同期。ふたりはかつて京都市内にある企業で働いていたが、5年前に和虎が先に退職し、故郷のある日本海側に戻った。そして残された龍之介も3年前に退職。そのあとは両親が創業した実家のカフェを手伝い、将来跡を継ぐことになっていた。

 ちなみに龍之介の父は2年前に他界している。
「ほう、話では聞いていたが、龍はここで働いているのか?」
「龍之介の知り合い?」「母さんそうだよ」龍之介はさっそく和虎に母を紹介した。
「じゃあとりあえずコーヒーをもらおう」和虎はカウンターに腰掛けてコーヒーを注文。この日は時間つぶしをどうしようか朝から悩んでいた龍之介は急に活き活きとして働き、和虎にコーヒーを提供した。

 こうして昔話に花が咲くふたり。およそ1時間が経過した。

「そうだ、龍よ、この辺りで面白そうなところないか?」「え、えっと奈良まで行けば、いろいろあるよ」
 だが和虎は首を横に振る。「いや、県を越えるのではなく、京都府内がいいな」「え、京都府でもここは一番南側だから、京都市内と違ってあんまり......」
「そんなことがないと思う。というより京都の南の端に行ってみたかったんだ。実は俺、今日は網野から来た」「日本海だよな。やっぱり虎は今もそこにいるのか?」和虎は大きく頷く。
「そう、京都府の地図を見るとわかるが、網野は京丹後市にあって京都府の日本海側でも、もっと西より近くだ。丹後半島の付け根にあるだろ」「おう、それが」
「ふと、『俺、京都府の北の端にいるのか、そういえば南の方は』って考えたんだ」
「あ、ああ」龍之介は頭の中で、京都府の地図を思い浮かべながら想像する。
「俺、京都で一番南で行ったのは、宇治なんだ」「おう」「で、今回最も南と思ったらこの木津川市。そしたら『あ、龍だ!』となってきたんだ」
 しばらく視線を天井近くに向けて考えていた龍之介は、ようやく我に戻る。「そうか、それで俺のこと覚えてくれたんだ」「ああ、京都府の地図様様だな。ハハハッハハ!」
 和虎は豪快に笑うと、残ったコーヒーを飲み干した。

「ねえ、龍之介、恭仁京に案内してやりなよ」突然話に入ってきたのは、母の龍子。
「え、でも店が」「いいわよ。どうせ今日は暇ね。私ひとりで店番するわ。それより数年ぶりにあった同僚なんでしょ。この辺りで歩いて行けるのは恭仁京くらいだから、行っといで」

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 母の計らいで、龍之介は和虎を案内することにした。「あのう、虎」「なんだ」「恭仁京のこと、あんまり期待するなよ。それらしいものみたいなら、奈良の平城京のほうが絶対にいいから」
 龍之介は今から行く場所がどういうところか知っているので、和虎をがっかりさせないように必死。

「だからいいんだ。別に立派な建物ではなく、京都府の南に来たことに意義がある。で、クニキョウって、なんだ」
「え、ああ、奈良時代に一時的に都があったらしい。でも今は何もないよ」

 ふたりは、恭仁京に向かって歩く。途中木津川を渡る。「周りは山ばかりだなあ」和虎は木津川に架かる橋の真ん中から山の方を眺めた。
「そうか、お前は海の近くだもんな」と龍之介。
「まあ、山も海も大きくは違わないかもしれないけどな」

 川を渡ったふたりは田園地帯のようなところを歩いていく。和虎は全く場所がわからないが、龍之介は流石に地元である。この地域の土地勘はパーフェクトだ。
「あ、もうすぐだ」「そうか」
 こうして二人は恭仁京の前に来た。 

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「どう虎。これなんだけど」恐る恐る聞く龍之介。反応が気になり少し目にチックが入った。だが和虎は全体を取り込むかのように手を伸ばしてゆっくると広々とした空間を眺める。
「うん、まあいいと思うよ。これは想像で考えないといけないんだろうなあ。例えばここにどういう建物があってどうなっていたのかって」

「えっとだよ。740年に聖武天皇の勅命で平城京から遷都されて工事が始まって宮殿や地割を行ったんだって。だけど3年後に中止になって、紫香楽宮、近江の国、難波の宮とコロコロ場所を変えて結局平城京に戻ったらしい」
「なんだかなあ、そんなにあちらこちらに都を変えるとは、聖武天皇って優柔不断だったんだろうなあ。他には」
「え?」龍之介は慌てた。その場でスマホで調べただけの付焼刃の知識。それ以上の質問にこらえられるはずもない。

「あ、虎、近くに小さな資料館みたいなのがあった。あとからそっち行こう」とごまかす。それを聞いて笑う和虎「ハハハハッハ! 相変わらず龍らしい。それ最初に行っておいた方がよかったんじゃないか」「そ、そうだよな。ハハハハハ!」

 こうしてかつてほんのわずかな期間だけ都だった場所に、ふたりの笑い声が響き渡る。そして今度は龍之介が和虎の住む日本海側に行く約束も取るのだった。


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シリーズ 日々掌編短編小説 535/1000

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