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最後の正月で食べるフナ

「先生、今日は我が雑誌の企画に、さらにお店の協力までしていただき恐縮です」「いやいや、私の父の故郷の郷土料理を紹介していただけるだけで、光栄です」

 グルメ雑誌の編集長である茨城は、川や湖で捕れる淡水魚を専門に扱う料理店に来ていた。この日は郷土料理家の蔵王俊彦が2か月に1回ローカルな郷土料理を紹介する取材の日。
 蔵王と顔なじみの店主の計らいで、料理店が定休日のお昼に店を貸し切っての取材が行われる。

 場所は山間の渓流にあり、普段は近くの川で捕れるヤマメやイワナ、ニジマスなどの渓流魚を中心に扱っているお店。山小屋風の木造の店内となっている。そして窓越しに見える自然豊かな山の新緑の色合いは、見ているだけで心地よい。

 この日は父親の実家に帰った際の、蔵王の子どものころの思い出が詰まった郷土料理。いつも以上に気合が入っている。カウンター越しの厨房でスキンヘッドが光りながら白衣を着た姿は、店の雰囲気と見事にシンクロしていた。
「先生、この店の人みたいですよ」「まあ、ご冗談を。では早速はじめましょう。ちなみに蔵王は普段から包丁片手に、自ら各地の郷土料理を作り続けている。

 茨城は機器をセットした。動画を流しながら茨城がインタビューをする。それを受け答えながら蔵王が郷土料理を作るという設定。
 ライブの動画がネットに流れるのと同時に、後日Yotubeでも見られるようにする。さらに紙媒体としてもこの動画の内容をもとに、茨城の所感や前後の関連情報を付加したものを付け加えて、紙の雑誌として販売するのだ。

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 動画が始まった。
「それでは、本日も始まりました『蔵王俊彦の郷土グルメの極意』今回も私、茨城がインタビュアーを務めさせていただきます」

 このタイプの取材は何度も行っている。蔵王は気にすることなく、笑顔で挨拶を軽く済ませると、テキパキと作業に取り掛かった。蔵王自ら仕入れて用意している。クーラーボックスの中に入っているのは鮒であった。
「先生これが」「そう鮒です。最近は食用より川や池釣りの魚のような扱いですが、地域によっては古くから語り継がれている郷土料理で、けっこう鮒は登場するんですよ」
 蔵王はそう言いながらクーラーボックスから30センチメートルくらいの鮒を取りだした。

「先生それが、佐賀・鹿島名物の『ふなんこぐい』ですね」「そうです。これは今日1月20日。いわゆる二十日正月で食べられている郷土料理です」
 右手に包丁を用意した蔵王は魚体から見て水平からやや斜めの位置に刃先合わせる。そのままこするように包丁を前後させて、うろこを取り始めた。「二十日日正月ってあまり聞きませんが。正月の最後の日ですね」
 蔵王の手には鮒のうろこが、まとわりついている。
「そうです。今でも行っている地域があって、頭正月とか骨正月なんて言われていますね。正月料理を全部食べ終わる日ともなっています」

「この料理は蔵王先生の故郷ですね」「ええ、父方の故郷。鯛が高価だから代用品として鮒を使いだしたとかいう説があるようですね。それ以上にこの地域には農業用の水路が張り巡らせていて、そこに多くの鮒がいるんですよ。
 いまでも前の日の19日朝にはふな市が行われ、その日は生きた鮒が売買されるんです」

 ちょうどすべてのうろこを取り終えた蔵王は、魚のお腹に切り身を入れた。そして肝臓を取り除くと、水洗いをした。
「ここで昆布に撒いてしまうんですね」「ええ、鮮度の良い状態で昆布に撒いてしまうのが特徴です。半日かけて作りますから地元では前日に『ふな市』が行われてそこで購入できます」
 既に水でもどして包帯のようになっている昆布を、鮒に巻き付けていく。するとミイラのように巻きつけられた鮒の魚体が完成する。
 その横には一緒に煮込む大根とごぼうがすでに切られていた。

「さて、こちらの鍋に藁を布いて鮒を入れます。今日は藁(わら)の代わりに割り箸を代用しています。「これはどういう意味ですか?」「鍋が高熱になって食べ物に影響が出ないためです」
 茨城はカメラを動かして鍋に近づけて、その中身を見せる。その直後に蔵王は最初にごぼう、次に昆布で巻かれた鮒、その上に大根を乗せていき、最後に液体を入れていく。

「その液体は水ではないですよね」「ええ、これは『すめ』と呼ばれるオリジナルの調味料です」
「オリジナルの?」「はい、これは味噌を薄めてこしたものです。それにみりんと砂糖、日本酒を加えていきます」「なるほどだから色がついていたんですね」茨城は「すめ」をアップで撮影した。

「これで、12時間ほど煮込み続けるんですよ。それから汁が少なくなったらさきほどの『すめ』を追加で入れていきます。

「ということで、半日後にできるわけですね。ところで先生、前の日に」「はい、完成品をお見せしないといけませんから。まさか動画を延々と12時間流せませんからね」ここで大きく笑いながら白い歯を見せる蔵王。横では茨城の笑い声が聞こえた。

「せ・先生。そりゃそうですよ。では、こちらが完成したふなんこぐいです」 ここで皿に盛りつけられた完成品がアップで映る。見た目は昆布絞めと大根が煮込んだもの。しかし昆布の中には鮒が入っている。
「ではさっそく頂きましょう」

 割り箸を手にした茨城はさっそく口に含む。口を動かしながら目をつぶる茨城は頬が少し下がり、閉じた目も垂れ下がり気味の満足の表情。
「うん、昆布の味が染みてますね。それからこれは骨でしょうか? しっかり煮込まれているので簡単に砕けて一緒に食べられるのが良いです」

「ありがとうございます」にこやかな蔵王。
「ということで、これで本日ライブ動画終了です。この料理の詳細については雑誌にて紹介しています。ぜひ雑誌もご覧ください」と言ってふたりは手を振り、動画は終了した。

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「いやあ、ありがとうございます」「こちらこそ佐賀の郷土料理が紹介されただけでうれしいです」
「では一緒に頂きましょう」
 ここで蔵王も箸を取り、ふたりで黙々とふなんこぐいを食べていく。「ほかにこの料理に関する面白いエピソードはありますか」
「はい実は古代の壬申の乱のころのエピソードがあります」「古代の?」「ええ、天武天皇の娘で大友皇子の妻だった十市皇女が、父の暗殺計画を事前に知ります。そしてそれを父に伝えるために鮒のお腹に密書を隠して伝えました。その結果先手を取った天武が乱を起こして勝利したというものです」

「ほう、それは中々のエピソードですね。それでは本日はありがとうございました。あとはメールでやり取りしましょう。それではまた2か月後に」
 茨城は頭を下げて席を立った。

「二十日正月か、蔵王先生からこんな企画持ち込まれるまで、こんな日知らなかったぞ。そうかじゃあ俺の生まれた地域では何するんだろう。今度調べてみよう」
 帰り際にそんなことを頭に浮かべる茨城であった。



「画像で創作(1月分)」に、目頭あつこさんが参加してくださいました

 目頭あつこさん、企画へのご参加ありがとうございます。前半の力強い沈黙の描写と後半の孤独でゆったりした対照的な雰囲気。ぜひご覧ください。

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シリーズ 日々掌編短編小説 365

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