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アインシュタインも見てたかなぁ 第525話・6.30

「アルベルトさんもこれ見ていたよね」「アルベルト? 誰だそれ、初めて聞くぞ?」
 翌7月に出産を迎えていた、ベトナム人妻ホアの希望で、海のない京都市内から海辺のとある町にある波止場に来た圭は、怪訝そうな表情で声を出す。

「圭さん、勘違いしている。それはアルベルト・アインシュタインのことよ」
「ああ、びっくりした。ホアちゃんからそんな人初めて聞いたから知り合いかと。でもアインシュタインとは、またすごいキーワードだ」
「今日、6月30日がアインシュタイン記念日だからね」ホアは圭が驚いたのが嬉しかったのか口元を緩めながら舌を出す。

 そんなふたりがいる波止場には誰もいない。多少の潮風はあるが、基本的に穏やかな時間帯。波も恐るべきほど穏やかだ。ただそこにはどこから来たのだろう一匹の猫がいた。ただ海を見ているのか、圭やホア達のことを無視して頭を後ろに向けたまま微動だにしない。

「まあアインシュタインは特殊相対性理論とか、噛みそうな難しい研究で成果を上げた偉人と言うことくらいしか知らない。けど、まあ彼も俺たちと同じ人間だからなあ。難しい研究の合間に波止場に行くこともあれば、猫を見ることだってあると思うよ」

 圭はそういってほほ笑むと、ホアのおなかに視線を送る。7月の出産を前に、ふっくらしているお腹。圭が触ろうとすると先にホアがおなかに両手を当てた。
「私、おなかの子供が生まれたら、アルベルトさんのような有名な科学者にしたいなぁ」
 ホアが思わぬことを言い出すので顔をしかめる圭。「ち、ちょっと! それはホアちゃんだめだよ。生まれる前からそんなプレッシャー与えたら」
「何で?」
「いや、子供の人生は最終的に本人が決めることだから。親が強制的にとかダメだって。強引に勉強漬けとかしたら子供が壊れちゃう。俺はこの子をもっと自由に育てたいんだ」
 圭はホアの手の上に手を置く。圭から感じるのはホアの肌の温もり。直接お腹には到達していない。でも不思議とホアの肌を通じて子供の鼓動のようなものを感じれた気がした。

「でも圭さん、Wikipediaでこの人の経歴見たら誰から生まれたというのが書いてあるんだ。もしこの子がすごい業績を出してWikipediaに乗るようになったら、私と圭さんの名前も親として出てくるよ」
 ホアは甘えた表情でその理由を述べる。

「あ、あのう、ホアちゃん、そんな理由なの?」圭は首をかしげながら波止場に目を置いた。相変わらず猫は海を見ていて反応がない。
「にゃー」圭が突然猫の鳴き声をまねて猫の方に声を出す。
「君はどう思う、僕の妻の考え方。変わっているだろ?」圭は猫に話しかける。もちろん猫はその言葉の意味が理解できるはずもない。
 ただ後ろから声がすることが分かるのか? 右耳を一瞬動かして反応した。

「聞こえてるぞ、たぶんわかる」「何が?」「猫の答えだよ。子供に無理させるなって言ってると思う」
「まさか、猫が人の言葉を知るなんてありえない」ホアは即座に否定する。そのしばらく沈黙。

 猫はしばらくするとようやくふたりのほうを向く。しばらく不思議そうな表情をした。そこでホアが近づくと、そのまま走って逃げてしまう。

「あ、逃げちゃった」「ホアちゃんが怖いんじゃないか。生まれてくる子供にプレッシャー与えてたから」「ええ? そんな! それ圭さんの想像じゃん」
 ホアはそう言って少し目を引きつらせて頬を膨らませる。しかし圭はそんなホアの表情がかわいくて仕方がない。

「ホアちゃん。もし、そんなにアインシュタインとまでいかなくても例えば科学者にさせたいなら、興味を持ってもらうようにした方がいいかもな」
「え?」
「例えば難しい話をどれだけわかりやすく説明できるか。大人の俺たちも読みながら意味の分からない言葉をどこまで簡単にできるか、少しずつ興味を持ってもらえればいいのかなぁ」
「あ、それいいかも。子供に教えるために私たちが先に勉強だ!」ホアは笑顔に戻る。

「アインシュタインの研究の中には、確か光の話とかでてきたけど、それ以上は難しい。だったら最初は光は何か考えてみよう」
「光ならわかる。月から2秒以内で来るんだよね」「そうそう、あの太陽の光は8分前のものだったかな」「あ、8分前か」
 ふたりはそう言って太陽を見た。間もなく夕暮れどき。少しオレンジがかった光が輝いている。

「私の故郷ベトナムでも同じ太陽を見ているんだなあ」「ああ、まだベトナムには簡単に行けない。けど、おなかの子供が無事に誕生したら一緒に三人でな」
 こうして自然にふたりは手をつないだ。そして再び沈黙の時。

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「さて、ホアちゃん帰ろう」「うん、出産前の最後のお出かけかけ楽しかった」
「それは良かった。当日は俺もできるだけ立ち会うようにする。不安だと思うけど出産のときは頑張ってね」
 圭に言われホアはつないでいる手ではない方の手でお腹を押さえた。
「あ、動いた。たぶんこの子話聞いている」ホアは頭を下げておなかを見つめる。

「さっきの話聞いていなかったらいいけど」「さっきのって」
「波止場の猫が逃げたときのこと。生まれたら母親に難しい勉強をさせられないかとか」
「ちょっと圭さん!」と大声を出すが、笑顔を絶やさないホアであった。


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北陸のある懐かしい故郷の港町に住む人がいなくなったとの情報。しかし終の棲家でも良いかと尋ねると状況が一変。若者の街へと変貌を遂げていた。過疎の町の町おこしのようなことは実際に増えていると聞いたことがあります。そこでツイッターを活用云々でのオチ。あながち嘘ではないような近未来物語。ぜひご覧ください。


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シリーズ 日々掌編短編小説 525/1000

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