縁結び ~ふたりのすみものがたり~
縁結びの神社にて
「ホアちゃん、清水寺に来たのいつ以来かな」圭は、ホアの手をつなぎながら質問した。「あれふたりでは来てないよ」圭の目が一瞬見開く。
「あっ、そうか。ゴメン!俺ホアちゃんに出会う前にひとりで来たんだ。東京から京都に来て間がないときに」
11月5日の昼間、圭はホアと清水寺に来ていた。3日祝日が勤務だったために振替の休日。この日は、「いいご縁」で縁結びの日だという。
ということで縁結びにゆかりのある神社に来た。それは地主神社。これは清水の舞台で有名な本堂の裏手にあった。
清水寺の参拝のルートは、本堂にある清水の舞台を見た後、阿弥陀堂や奥の院を通り、そこから下に降りて音羽の滝に行くのが定番。ところが本堂の裏手にこの神社がある。ふたりにとって清水寺はむしろおまけで、この地主神社が今回のメイン。
しかし、それだけが理由でない。ふたりの関係は昨日から変わる。それは前日に正式に婚姻の手続きがすべて終了し、婚約者から夫婦になった。だから夫婦として初めてのお出かけだったのだ。だから縁結びと言うより恋愛成就のお礼に来たといったほうが近い。
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この年の夏の終わり、秋が迫ってきたころ、ホアに突然異変が起こる。「圭さん気分が悪い」といいいだす機会が急に多くなった。心配した圭であるが「ひょっとしたら」との頭がよぎり、「平気」と嫌がるホアを病院に連れていく。
そして圭の予想は的中した。ホアが懐妊したのだ。
「圭さん、私の中にふたりの子どもが」ホアは結果を知って嬉しそうにお腹を触る。「ああ、となると今までのように婚約者のままでは良くないな。正式に結婚しよう」となった。
「これ面白そう。確か目をつぶって向こうの石まで行くんだよね」と言ってホアは目をつぶる。そしてポニーテールの黒髪を左右にゆっくり動かしながら前に向かってゆっくりと歩き出す。圭は慌てて後ろからホアの右腕を取る。
「あ、もうダメだって。ホアちゃんいま身重だから危険だし、そもそも俺たち、もう恋愛を占う必要ない」
「え!つまらない。これ楽しみにしてたのに。平衡感覚に自信があるから大丈夫!」とホアはつまらなさそう抵抗するが、圭の表情は真剣。「ダメ、お腹の子どもが無事に生まれてからにしよう」と必死になってなだめた。
どうにか納得してくれたホア。そのまま神社の本殿のほうに向かう。このとき、圭の頭の中で、ホアの妊娠発覚からのあわただしい日々が頭をよぎる。
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「結婚?でも、いつ式ができるかな」「そんなの別にいいんよ。法律上はちゃんとやろう。式は落ち着いてから、予定通り来年やればいいから」
2019年の春に圭がプロポーズして婚約者となったふたり。その年のうちにベトナムに渡りホアの両親に対して挨拶を済ませたが、結婚式はいろんな予定が重なってしまい、結局2020年の5月にベトナムで行う予定にしていた。
しかしこの年はそれどころではなくなり、そもそも渡航が出来ない。そこで式は翌2021年の5月以降の延期が決まった。その間先に婚姻届けを出すなりして法律上は夫婦になろうとも考えたが、「やっぱり式を挙げてからがいい」とホアが言うので、1年以上も婚約者としての期間を過ごしてしまったのだ。
しかし妊娠となれば話は別。後のことを考えると、早く手続きを終えたほうが生まれてくる子供のためにもなる。と圭が強く主張し、ようやく手続きを行うことになった。
とはいえ、日本人同士なら「婚姻届」を役所に提出すれば、すぐにでも成立するものの、これは国際結婚。手続きが何かとややこしい。もともとふたりは職場恋愛で、ホアは引き続き日本の就労ビザと在留カードを所持。とはいえ堺市にあるベトナムの領事館で、婚姻要件具備証明書をとる必要があるなど、とにかく複雑である。
ただいつでも手続きが取れるようにと、様々な書類はあらかじめ準備していた。そのため日本の役所での婚姻届の提出はともかく、ベトナムの結婚証明書の取得、配偶者ビザの申請などの手続きと、面倒なものがいろいろあったが、とりあえずスムーズにことが進む。そのため比較的早く、結婚の手続き完了にこぎつけたのは事実であった。
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そしてこれら諸手続きは無事に昨日すべて終える。こうしてふたりは名実と共に夫婦となった。
「私たち本当に夫婦になったね」本殿で参拝を終えたホアがつぶやく。「そうホアちゃんは、レ・ホアから石田ホアになったんだよ」「石田ホア!そんなの変な感じ。まだ慣れない」「ちょっと!そんなこと言わないでよ」と圭が不満そうに少し高めの声を出す。
「でもね間もなく俺たちの子供が生まれるけど、これからも頑張って家庭を守らなくてはいけない。だから『ふたりのすみものがたり』ってとこかな」
「すみものがたり?何それ」「ああ、ほらこれ見てごらん」と言って圭はスマホをホアに見せる。
「え、なにこれ筆?」
「墨を使って創作で字を書く人がいるんだ。だからホアちゃんに内緒でこの人に依頼して、無事に手続きが終わったら見せようと思って」
「うゎあ。このふたり仲良さそう」ホアは嬉しそうに口元をゆがめる。
「そうだろう。これは俺とホアちゃんを意味しているんだきっと」
「素敵ね。ずっとこの文字のように、これからもふたりで仲良く住めますように。圭さんこれからもよろしくお願いします」とホアはゆっくりと頭を下げる。
「こちらこそ。この子が住みやすい家庭をふたりで作ろうな」圭はそういって、ホアのお腹をゆっくりとなでるのだった。
こちらのへお礼も含めて作品を書いてみました。
解説:「ふたりのすみものがたり」という創作墨字
この作品は、創作墨字の五輪さんが行われた企画とかかわりがあります。
五輪さんが、参加した人向けに創作墨字を送ってくれるという、こちらの素敵な企画がありました。
私はこれに参加してみようと思い、どうしたものかと考えていたところ、頭に思いついたのが、ベトナム書道と言うものでした。これは現地では水墨画の絵のように美しくベトナム文字「チュ・クオック・グー」を書いたものです。それにヒントを得て、次の作品を創作して参加しました。
このエピソードは、今回の圭とホアが登場し、月見をしながら日本酒を飲んでいて、酔った勢いもあったのか? 見よう見真似でベトナム書道を楽しく書いているような内容。同じ墨・筆を使うことからこの企画に最もふさわしいと考えたわけです。
そして五輪さんから次のような創作墨字を書いてくださいました。
恋人たちがお月さまの下で、墨、筆、硯、文鎮と勢揃いするなか、習字を書いて書道で戯れる仲睦じい様子を漢字にしました。
この創作墨字は上記引用部分の意味があるそうです。そして心の上には恋人を現すふたつの姿がありました。さしずめ圭とホアがいるようなものでしょうか。
その上その横に、「ふたりのすみものがたり」と書かれています。これは五輪さん曰く「企画に参加した小説からこの言葉が思いついた」といわれました。
そして梵字まで書いていただきます。
このとき私は、この創作墨字をあるところで活用したいと直感しました。
実はこのふたりはnoteでの短編小説では「婚約者」として登場。ではなぜふたりが知り合い、そして婚約者になったのかは触れていません。実は昨年にこのふたりが出会って、プロポーズをする部分までの執筆をしていました。
電子書籍の出版を目標に、途中まで書いたのです。ところが諸事情が重なり、中断して放置していました。実はほとんどできていたのですが、出すタイミングを逸したというべきかもしれません。
そしてこのふたりのその後の物語として、noteで短編小説をたまに書いていたという背景がありました。おかげさまでこのふたりのカップルが人気になったようです。
「さてそろそろ放置していた作品を」と思っていたので、電子書籍として出版しようと思っていた矢先、この「ふたりのすみものがたり」ということばと創作墨字を頂いたのです。
そこで五輪さんに無理をお願いして表紙に使わせていただきました。
そしてついに昨日無事に販売。(表紙は五輪さんの創作墨字)
これは、noteをはじめどこにも出していないエピソードです。圭とホアの出会いが気になる方はぜひともご覧ください。
こちらも引き続きよろしくお願いします。
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シリーズ 日々掌編短編小説 289
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