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ランタン持ちのジャック

この話の続編ぽいですが、単独作品です。

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「ふつうは緑色のカボチャしかと無い思っていたのに、ちゃんとオレンジのカボチャが手に入ったんですね。これはより本格的になりますよ」
 と、児童施設の副所長・岡田芳江に向かって語るのは、試水輝夢(しすいてむ)。本人公認のニックネーム「システム」と呼ばれている彼は、大学時代からの仲間、西岡信二に頼まれてこの施設に来ていた。

「『わりぃ、急な仕事が入ったんだ。システム今度食事おごるから、明日の昼間手伝ってきてくれないか。夕方にニコールとそっちに行くから』と、昨夜突然言われたんですよ。でも僕は手先起用で、普段工場で肉まんを作っていますから、多分あいつよりうまくできる自信があります」

「試水さん。わざわざ来てくださって本当に助かります。いつもならカボチャのランタンは、おもちゃでごまかすのですが、信二君が『今年は本物のオレンジのカボチャでやりましょう。そっちに送りますね』と言ってくれて、それが昨日届いたんです。
 それに信ちゃんのお友達の試水さんが手先が器用だなんて。今年は今までにない本格的なハロウィンパーティになりそう。絶対子供たちが喜びますわ」と笑顔の芳江。

「連絡もらってから、急遽作り方をネットで調べてきました。そんなに難しくないから大丈夫です。では、まずは中身をくりぬきますね」
 そういってシステムは、最初にオレンジのカボチャをさかさまにした。そして底の部分にナイフと突き刺す。しっかりとしたカボチャのようで、皮は予想以上に固い。システムはナイフをつかんだ手に力を思いっきり入れる。
「か、硬いなこいつ」思わず顔に筋がたち、手に微妙な震えが来た。しかし気合の一押しで、ナイフが突然中に入り込む。

「よし、あとはこれを回して」とつぶやきながらナイフをゆっくりと回転させる。そしてナイフによって円が描かれた。ここで突き刺していたナイフをカボチャから外して手袋越しの親指を、今ナイフで切った切り身の中にこじ入れる。その部分がめり込むと、指が隙間から中に食い込んだ。
 次は残りの指を使って、同様にくぼみに向かって押し付ける。すると円の部分は斜めにめり込み、対角線上にある親指側が上がる。あとは、それを手でつかんだまま引っ張りだした。こうして円の部分を取り外す。

「さてあとは」と言ってシステムは黒縁眼鏡を右手で直すと、新しい簡易手袋をはめなおした。そして今度はスプーンを用意し、穴の中に突っ込み、中のカボチャの実と種を取り外していく。
 この作業をシステムは黙ったままはじめていたが、数秒後に突然口を開いた。「あのう、もしご存じならばなんですが、このカボチャのランタンは、なんでハロウィンと関係あるんですか?」

「ああ それはアイルランドのスティンジー・ジャックの物語が由来ね」
「なんですかそのジャックって」すると芳江は、ゆっくりと語りだす。

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 大昔アイルランドにスティンジー・ジャックという、お世辞にも良い人間とは思えない男が飲んだくれていた。
「け、今日も随分飲んじまったぜ。もうお金があまりねえな。強盗でもすっか、いやいやそういうのは苦手だな。さて明日からどう過ごそうかな」

「おい、迎えに来たぜ」「だ、誰だぃ。貴様!」
 ジャックが振り向くと黒い人影のような存在がいる。

「俺は悪魔だ。お前のような禄でもねえ奴は、とっととあの世に行ったほうが世の中になるってもんだ。だから今から魂をもらってくぜ」

「ち、ちょっと待てよ。いや、おいらの魂が惜しいなんて言ってねぇよ。だけど、悪魔さんよ。いきなりすぎやしないか。せめて最後に根性の別れとして酒飲ませてくれよ。だけど金がねえんだ」
 ジャックの願いをあっさりと聞く黒い影。
「良かろう、じゃあ今からコインになってやる。それを使ってこの世の最後の晩餐として酒を飲めばよい」と黒い影の悪魔はコインに化けた。
「お、あんた優しいな。ありがとさんよ。では」とジャックは、ポケットから何かを取り出すと、コインの上に置いた。
「おい、貴様何をした。か、体が動かねぇ」コインから苦しそうな唸り声が聞こえる。

 見るとジャックは、コインに化けた悪魔の上に、小さな十字架を乗せているではないか。
「へえ、十字架って、こんなに役に立つものとは思わなかったね」
「おい、く、苦しいそれを外せ。やめろ。わかった。とりああえずお前の言い分を教えろ」
 苦しむコインの声、ジャックは不敵に笑う。
「フフッ。悪魔さんよ。だって。いきなり魂よこせなんて、ちと虫が良すぎやしませんか。『』っておいらのイメージだけどさ。あんたらの世界じゃ価値があるもんだよな」

「あ、ああ。と、特にお前みたいな録でもねえ奴の魂ほど、俺たち悪魔の世界では価値があるものには間違い、ね・ねえな」
「だったらよ、おいらの魂にあと10年の価値をつけようじゃねえか。どうだい、あと10年ほどこの世で楽しませてもらえねえか。あんたに取っちゃあ、そのくらいの時間なんてあっという間なんだろ。どうだ10年たちゃこの魂もっと価値が出ますぜ。悪魔さんよ」

「ち、さ・さすがだな。この悪魔と取引する人間がいるとは。しかし大したタマだぜ。わかったお前の言うように10年の価値を認めよう。ならば俺様はいくら使っても決してなくならないコインになってやる。
 これで10年間豪遊でもして存分に悪の限りを尽くすんだな。そのほうがてめえの魂の価値がどんどん上がるってもんだ」

「わりいな。じゃあおめえさんの消えないコインで、10年間遊ばせてもらうぜ」
 と、ジャックの言い分を聞いた悪魔はコインとなり、ジャックは豪遊する。

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 それから10年が経過した。

「おい、ジャック!」「ん、おう悪魔さんか。久しぶりだね」
「そうだ、今日であれから10年だな。では約束通り魂をもらうぜ」

「ちょっと待てよ。約束したのは確か10年前の夜だよな。今はまだ昼なんだぜ。約束まで少し時間があるよ」
「ち、相変わらず粘る奴だな。まあ数時間くらい待ってやるよ。最後に何をしたいんだ」
「あの木になっているリンゴを食べたいだ。悪ぃが、おめぇさんちょっ取って来てくれないか」

「はあ、なんで俺が取らなきゃならねぇんだ。喰いたきゃお前が取れよ」「いやあ、あの木の背が高くてよ。リンゴの実まで届かないんだ。お前さん気軽に飛べるだろう。いいじゃねぇかちょっと取ってくれよ。それさえ終われば、今夜おめぇさんに飛び切りの『』が手に入るんだぜ」

「図々しい奴だ。まあ上玉だから仕方がねえ。取ってやるよ」

 と、悪魔はコインから黒い影に戻ると、高い枝になるリンゴの実をとる。ところがジャックはその下で木の幹に何か細工を始めた。
「あ、な、なに。お前何してやがる、あ、き・貴様それ!」
 なんと木の幹には十字架が刻まれていた。悪魔は神の証である十字架には勝てない。高い木の枝から下に降りられず、身動きが取れなくなってしまった。

「き、きさま。またしても俺をだましやがった。悪党め。こ、これじゃどっちが悪魔かわからねえぜ」
「ふふ、悪魔ってのも結局大したことねぇな。神なんて普段はどうでも良いが、こういうときには役に立つってもんだ。お前ずいぶん苦しそうだな」

「く、くそう。おい、ジャック何が望みだ!」
「それはひとつ。おいらの魂は渡したくねぇんだ。だから取らないという契約をしてもらおうか。それと地獄行きの免除もな」

「な、なんだと、ひ・卑怯者!」
「スキにほざくんだな。おめぇさんがその十字架の重みにいつまで耐えられるか楽しみだぜ。クククックク」
 と嬉しそうに木の下から悪魔を見るジャック。影である悪魔は明らかに悔しそう。
「わ、わかった。本当にとんでもない悪党だ。仕方がねえ。契約してやるよ。おめぇさんの魂を取らねえってことと、地獄行きの免除をな」

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 それから長い年月が過ぎ、ついにジャックはこの世を去った。

「ふう、ついに死んじまったか」でも悪魔には地獄行き免除の契約を交わしたからな。よし天国に行こうか」と言ってジャックは、上のほうを向いて進んでいく。「ほうこれが天国の入り口か」といって中に入ろうとすると、門番の天使が止めに入った。
「おい、俺は悪魔から地獄行き免除の契約を交わしている。だから中に入れてくれないか」

「ダメだ」と門の前で天使は行く手を阻む。
「何、何だと。さっきも言ったとおりだ、おいらは地獄行きは免除されてんだ」
 だが天使は厳しい視線をジャックに向ける。
「お前のような悪魔をだますほどの悪党が、この天国に入ることなど神が許さない。その場からとっとと立ち去れ!」

「な、なんだって。じゃあおいらは天国に行けねえのかよ。くそ、なんてオチなんだ。じゃあ地獄行くしかねぇじゃねえか」こういってジャックは下に降りて行き、地獄を目指す。

「おい、天国から悪魔をだますような悪党は入れないって言われたんだ。諦めた。地獄に入れてくれないか」ジャックの前で地獄の門を守っていたのは小悪魔。
「うん、お前悪魔と地獄に入らない契約交わしたそうだってな。そりゃここに入るのは無理だな。地獄だからって秩序がある。誰でも入れるもんじゃねえんだ。わりぃが、地獄行き免除の契約を持っている奴を入れるのは無理だ。もう一度天国に掛け合ったらどうだ」

「ええ、まさかこんなことになるとは。おいらどうすりゃいいんだ。道は暗闇だしよ」ジャックはこのとき、ようやく自分の行いの悪さに気づいた。

「あ、あのう」「なんだ?おまえまだいたのか」と小悪魔がジャックをにらむ。
「せめて明かりとかもらえませんかね。こう真っ暗じゃ歩くこともできないんで、いや、もう入りたいなんて絶対言いませんから」
「ち、しょうがねえ奴だ。何で悪魔が人助けするのかわからんが、ここにうろつかれちゃ面倒だ。これでよければくれてやる。その代わりもうこっちに来るな」

 こうしてジャックは小悪魔から火をもらった。するとすぐ目の前に白いものが土の中から顔を出している。「あ、あれはカブじゃねえか。へえあの世にもあるんだこういうの。そうだカブの中身を切り抜いて、そこにこの火を入れておこう」ということでカブを提灯にしたジャックは、あの世で天国と地獄の間をさまよい続けるのでした。

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「というお話ね。これいつも子供たちに聞かせているのよ」
「あ、ありがとうございます。なかなか面白い話でした」システムは作業をしながら丁寧に頭を下げる。
 それから1分も立たないうちに「さて、きれいに種もとれたし、カボチャの実はきれいに取れてる。ぜんぶこの容器の中に入れました」

「あらら、それもったいないわね。そうだ今からパンプキンケーキでも作ろうかしらね」芳江は嬉しそうにシステムからカボチャの中身の入った容器をもらう。

「さてあとは目と鼻と口を切り取ればよいですね」と言ってカボチャの底を下にする。「あれ、ペンがないな。いいや直接やろう」そういってシステムは下書きなしでナイフを使い、カボチャの側面を傷つける。目と口を切り取っていった。
「あれ、ところで先ほどのジャックの話なんですが、カブって言ってましたよね」「はい」
「だったらカボチャじゃなくて、カブで作るべきかと思うのですが」
「あ、試水さんそれにも理由があるんですよ」と芳江。

「え、それはアメリカにハロウィンの伝統が入ったときに、カブよりもカボチャのほうが手に入りやすくて加工しやすいからだそうよ。スコットランドでは、今でもカブでやっているらしいけど」
「へえ、そうなんですか。じゃあ来年はカブでもやりたいですね」
 とつぶやきながら、システムはナイフで線をなぞるように皮の部分を取り外す。

「できました。あとは夕方まで少し干しておきましょう。水分を少しでも取っておけば、ランプとして使えます。あとはろうそくの土台を。ん?あ、あ!シマッタ!」
「試水さん。どうしました?」

「これ見てください。怖い顔ではなく笑顔になってしまいました」
 見ると確かにタレ目になっている。だから怖いというよりも楽しそう笑っている。

「いいじゃありませんか。楽しそうな表情。信ちゃんも、子供たちも喜ぶわ。試水さんありがとうございます。
 と言って笑顔のジャックオーランタンを前に、同じように笑顔のまま頭を下げる芳江。システムは照れ笑いをしながら「どういたしまして」と答えた。




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シリーズ 日々掌編短編小説 284

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