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呑みながら受ける相談とは? 第970話・9.21

「先輩、この辺りどうでしょうね」「立ち飲みより、席に座れる方が良いんだけどな」今日は会社の後輩と出張に来ている。出張といっても列車で遠くに来ているのでも車で来ているのでもなく、同じ市内にある別のエリアというだけだ。
 ただ今日の仕事が夕方までかかり、それが終われば一報を会社に入れるだけで直帰が許されたこともあり、普段来ることのないエリアで飲んで帰ろうとなったわけである。
 幸いにも出張先から各々が帰るために乗る電車の最寄り駅近くは、小さな飲み屋街になっていた。昭和の昔から変わらない赤ちょうちんの店も多い。またエリアがそうさせているのか、大衆の店が多く、それも立ち飲みの店が多いのだ。

「でも、先輩今日は一日座り仕事だったじゃないですか?立ち飲みでもよくありませんか?」後輩は3歳年下だが、まだ20歳代だけあって発言が若い。「三十路を過ぎたからなあ」すでに満30歳、あと2か月後には31歳になる俺はふと年を取ったと思ってしまう。「20歳代なら若者、30過ぎればおやじの仲間入り?」とひとり考えてしまっていた。

「ここいいですよ。先輩ここにしましょう」そう言って後輩が入っていこうとする店、立ち飲み屋だった。「まあ、短時間だからいいか」俺は後輩の後をついていく。
 中は広く、オープンなカウンターのほか、柱の周りにもカウンターのようになっていて、そこにグループが3.4人囲めるようになっている。テーブル席の代わりのようなものか。
「とりあえずビール頼みました」後輩は手際が早い。まあ仕事も早い男だから元々早いのだろう。

「俺は、特にこだわりがないから、好きなの頼んだら」俺は店でメニューとにらめっこするのはあまり好きではない。ランチで外食するときも選ぶのが面倒だから「日替わり」とだけ言って内容も考えずに日替わり定食を食べるタイプ。だから日替わりが何種類かあって「どれにしますか?」と言われると面倒で、「どれでもいいよ」と、自分が注文しているのにそう投げやりになってしまうのだ。

 後輩はメニューを見て適当に注文した。彼とは同じ部署でチームを組んで2年になるから、俺の好きなものがどういうものかわかっている。今回も俺の好きそうなものを理解してすべて注文してくれいていた。
「仕事も、オフの時間もパーフェクトに近い......」俺は心の中でつぶやく。後輩のこういった動きを見るたびに、出世競争で追い抜かれるのは時間の問題だと思った。

「乾杯しましょう」後輩はまた元気でグラスを傾ける。俺は黙って乾杯した。とはいえビールを口につけると冷たい液体がのどを潤す。つい先ほどまでの複雑な思いも流してくれるようだ。
「ふぁああ。先輩いいですね。いやあ、爽快です」俺はジョッキ半分のビールを飲んだが、後輩は4分の3を飲んでいる。「おい、お代わりは」と俺が行った時にはすでに後輩がお代わりを頼んでいた。

「なんて手際がいいんだ」俺はまた気持ちが複雑になる。今までもそうだったが、今日はやけに気になった。「なんでこんなにできる男なんだ」俺は頭の中でこのことが気になって仕方がない。
 だから黙って飲んでいる。後輩は色々話をしているが話を聞いてはいるものの、半分だけ聞いて適当にうなづく。どうせ酒飲みながらするような会話だ。

「あの、先輩!聞いています」後輩が少し不快そうに声を荒げる。
「え?ああ、今日は疲れたから、すまない。ボーとしてしまったようだ」俺は適当にごまかしながら、ビールを自分で追加した。
「まあ先輩もお疲れだし、こういう場所ですからね。でもちょっと真剣に聞いてほしいんです」と後輩が真剣な目で俺に訴えるようにつぶやく。
 俺は一瞬緊張した。「これはただごとではないな」そう理解する。「わ、わかった。トイレに行って戻ってから話を聞く。ちょっと待って」俺は慌ただしくその場を離れた。

 俺はそんなにトイレに行きたい状況ではなかったが、何でもできるパーフェクトな後輩が真剣な表情で『話を』というからにはただ事ではない。
 トイレは店の奥にあった。空いていたのでそのままトイレに入る。入ればしっかりと出てくるから不思議なもの。やはり利尿作用が働くとされるビールの効果だろうか。さてトイレをしながら俺は考えた。まさかかもしれないが、後輩が会社を辞めるとか言い出すのかもしれない。直接的ではなくても、会社への愚痴をこぼしたいだけかもの可能性はある。だが、だとしても何だろう。取引先の愚痴、それとも上司、いやもしかしたら俺かもしれない。こういう飲んでほろ酔いになったタイミングだからということもあり得る。
 いや待てよ、彼女ができたとか好きな相手ができたとかそういう相談だって考えられそうだ。
 俺はそんなに恋愛経験はないが一応彼女はいる。ただ今日は彼女も友達と出かけてて遅くなるから、この後会うことは無いが......。
「どんな相談事でもしっかりと受け止めなくてはな」俺は自分自身にい聞かせてトイレを出た。

「先輩遅かったですね。大丈夫ですか?」「あ、そうだった。ここ2・3日少し便秘気味だったからスッキリしたよ」俺は適当なこと言ってごまかす。 俺はビールに口をつける。後輩もビールを飲み干した。そしていよいよ後輩が口を開いた。
「先輩、僕思ったのですが、この店もう出ましょう。食べ物がまずいです」
「え?」そういえば俺は、今日まだ食べ物に手を付けていなかった。試しに目の前の焼き鳥を食べる。
 俺は即座に理解した。「そうだな。そうしようか」「先輩、ゆっくりでいいですよ」と後輩は言う。だが俺はどうせなら席の座れる店に行きたかったので、その場でビールを一気飲みするのだった。

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