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それがあなたの本音なら  #月刊撚り糸

「ちがうんだよ愛桜。そういう言うつもりではなくてさ」
「それが桜雅君の本音なら仕方がないわ。結局私のこと太ってるって言いたいんでしょ」愛桜は耳に覆いかぶさった茶色混じりの黒髪をかき上げながら怒りに満ちた声を上げた。
「だから違うんだって!」桜雅は真顔になって言い訳をする。彼の両手には弁当箱が入ったビニール袋を持っていた。
 ふたり分のお昼ご飯を買いに行ったが、右が愛桜で左が自分のものだという。だが見た目からして1.5倍ほど桜雅ほうが大きい。それが愛桜の気に入らない理由なのだ。

「じゃあなんで、お弁当の大きさが違うの。女子はちょっとしか食べないなんて偏見よ!」そういって愛桜は桜雅を睨みながら口元を膨らませる。

「だからよく聞いてくれ、愛桜。大きさじゃなく弁当の中身だよ。小さいけど、こっちにはお前の好きな鮭の親子丼なんだよこれ」
「え!」愛桜の表情が変わる。「鮭の親子丼なの! それもっと早く行ってよ」
「いや、言うつもりだったのに、先に怒り出すから」桜雅の表情も安堵のためか緩んでいた。

「それって私のために!」「そうだよ、お前の笑顔が見たいから」「嬉しい。それってあなたの本音よね」途端に満面の笑顔と白い歯を見せる愛桜。
「もちろんだよ!」桜雅は愛桜の可愛らしい表情を嬉しそうに眺めながら、小さいほうのビニール袋を手渡した。

 こうして愛桜の機嫌はあっという収まる。そのままビニール袋の中身を見る。中には丸い容器が入っていた。上の真ん中には弁当屋の屋号とロゴがった紙が巻き付けられたようについている。だがその左右の透明の蓋からかすかに中身が見えた。左側には鮭をほぐしたややピンク色っぽいそぼろが確認できる。さらに右側に視線を送ればはオレンジの艶のあるイクラが並んでいるのがわかった。
「うわぁ素敵! で、桜雅君は何にしたの?」

「うん、僕も親子丼だよ。でも鶏のほうだけどね」と言って口を緩ませながら照れ笑い。
「これって私たち同じ『桜』が名前についているからかしら? 種類は違っても同じ親子丼。やっぱり似た者同士ね」「ああ、そうだね」 

「でも、なんで桜雅君のほうは大きいの?」「あ、いやこれ大盛だからさ......」
「ちょっと、やっぱり。それがあなたの本音じゃないの! 自分だけ大盛にして」

「いや、だからメニューに鮭のほうは並しか無くて、鶏のほうだけ大盛があったんで......」桜雅は左手を頭の後ろに置きながら言い訳。でも愛桜の表情は笑顔のまま変わらない。「いいわ。量より質。私は並の親子丼で十分よ」

「あ、愛桜。見て八重桜が満開だよ」桜雅が指さしたほうを見ると、ピンクの毬の様に丸まった八重桜が美しい姿をさらけ出していた。

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「ほんと。素敵! きれいだわ。でもお腹がペコペコだし、ベンチもないからあっち行いきましょ」愛桜はそういって、すぐに八重桜の横を通り過ぎてしまった。
「なんだ、スマホで撮ろうと思ったのに。やっぱり食べるのが好き。あれが彼女の本音なんだろうな」桜雅は慌てて八重桜を撮影。そのあと小走りに白いロングスカートを靡かせながら歩く愛桜を追いかけた。

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 だがふたりの様子を見て、快く思わないものがいる。

「ふ、やっぱりな。毬の様に丸まった花ちゃんよ」「うん? 上に乗った葉さん。ありゃ苦労したのね。いつの間にか茶色くなっちゃって」「おいらのことはいいよ、じゃなくさっき俺たち見てたふたり」
「ああ、またホモサピエンスの本音が出たってことかしら」
「いやホモサピエンスというより、多分ジャパニーズの問題だろうな」八重桜の葉はそうテレパシーを花のほうに送る。

 ちょうど風が吹いてきたのか前後に動く。
「あいつら名前に『桜』ってついているようなこと言ってなかったかしら。なのに何で素通りなの? てめえら自分の名前に誇りがねえのかよ!」花は怒りが頂点に達するとテレパシーの口調が荒くなるのだ。
「そう、怒りなさんな花ちゃん。あんまり怒ってたらちょっと風吹いただけですぐ散っちゃうぞ」
「そ、そうね。でもさ、ちょっとぐらい我慢すればと思うのに。今年もこんなピンクで幾重にも折りたたむような花びらが付いたのよ」
「まあな。確かソメイヨシノたちはいつも嘆いているぜ。『奴らの花見は、花を見るんじゃなく、飲み食いする場所に過ぎない』ってね」

「でも昨年位からそういうことする人極端に減ったと聞いたわ。それは正解じゃないのかしら」「ああ、何か彼たちの世界では最近疫病が流行っているらしいからな。宴会そのものが控えられているらしい。ま、おいらにはよくわからないがな」

「でも、葉さん。それはそれで寂しくない。いつもならジャパニーズたちの笑い声が聞こえるのに」
「花ちゃんだめだな。他の花ではだれもそんなことしない。みんな花を愛でに来るだけ。せいぜい飼いならされたドッグが、運動不足解消のための散歩に来るくらいだ。目の前で宴会される対象なんて俺たち桜の仲間だけだぞ」

「まあね。でもあの子たち、私たちをさっと通り過ぎてどこかで弁当食べる気かしら。つまり花より団子なのね。若きジャパニーズたちよ。それが『あなたの本音』ってことね」
 八重桜の花は、こうして葉のほうにテレパシーを送る。再び風が吹く。だから葉がうなづいたかのように揺れるのだった。




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シリーズ 日々掌編短編小説 442/1000

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