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夕暮れに飛び立つ布

「これは何ですか? 言っていた布とは違いますね。悪いですけどもう御社との取引をやめさせていただきます」
 取引先からの厳しい一言を突きつけられてしまい、静かに頭を下げてその場を立ち去る。とある布地メーカーの営業担当である田端はうなだれるような帰り道。

「うーん、半月ほど前から急に厳しい要求を突き付けてきて、この言いざま。このご時世だからあそこも業績が悪いのかも知れないな。昨年と違ってずいぶん羽振りが悪くなっていたようだし」と、ひとり呟きながら歩く道のり。
 当然会社に戻るのが辛い。田端の思っていることが全身に伝わったようだ。急に足の動きが鈍くなる。一歩前に出す速度が1.5倍になったか。そしていつもならまっ直ぐ前の道を見つめて駅に向かうはずの目。これすらも左右に視線を送りながら、何か物珍しいものがないかと物色しているのだ。

 そんな目はついにそのあるものを見つけた。「あ、公園か」田端は時計を見る。「30分くらい休憩しても大丈夫だろう」そういうと、公園に寄り道した。
 小高い丘がある公園。そこは坂道になっていた。紅葉の季節らしく落ち葉で土が見えないほど。田端は落ち込んでブルーになった気持ちが少しでも癒される気がした。「ちょっとのぼってみよう」こうして田端は丘を登ってみる。

「初めて来たよ。もうこの辺りに来る機会がないし」田端は丘を登りきると、思わず目が大きく見開いた。「神社があるのか!」
 観光地でもない住宅地にある小さな丘。その場に来なければ決して気づかないような穴場スポットだ。「これはお祓いでもしてもらおう」そういって小さな神社のほうに向かう。
 古びた鳥居をくぐり中に入るが、境内と言えるようなところではなく、正面に小さな拝殿があるだけ。そして誰もいないようだ。

「新しい取引先が見つかりますように」そう頭の中でつぶやきながら、田端は目をつぶり手を合わせて参拝した。

 顔をあげると、突然白いものが目の前に現れて突然顔を巻き付ける。「な、なにこれ!」田端は慌てて両手で白いものをつかみ取った。布地のような肌触り。田端は両手しっかりつかみ、そのものを顔から剥がしとる。
 すると、布地は自ら意思を持っているかのような強い力で、田端の握っている両手を振り払った。
「うあ、な、なんだ」「驚いたか」目の前でエコーがかかったようなやや低めの声がする。すると正面で布地が宙に舞っていた。その布地は真っ白だが、上のほうはこっちを向いている。 
 普通に考えればシワだと思われるが、それが不思議と目や鼻、口に見えるのだ。さらに驚くことにその布地から声が聞こえる。

「まあ、わかるな。お前たち人間にとって、オレは想像上の存在にしか思われていないからな」
 田端は急に全身から震えが来た、「な、な、な んん で」だが、恐怖のあまり体が固まってしまう。そしてこの場所から動けない。
「最初に驚かせたかな。まあ心配するな。お前たち人間には危害を書けない」

「お、おい誰だ?」しばらく声にならなかったが、ようやく喉の奥から絞り出すように田端は声を出す。
「オレは、人間たちからは一反木綿と呼ばれているものだ」
「い、いったんもめん?」「そう、オレは元々お前たちが体を覆うのに使う布地であった。だがあるときこの布地に意識が芽生える」
「布に意識が? そんな馬鹿な!」

 田端は半ば恐怖を打ち消そうと、怒鳴るような大声で否定する。しかし一反木綿を名乗る布地は、風も吹いていないのに布を前後に動かしていた。あたかも田端を笑っているかのよう。
「まあ、信用できないのはわかる。人間たちは何でも科学と言うもので、自らが用意した計算式や法則に合わせて一致しないもの。これを否定する癖があるからな。だが悪いがこうして目の前に存在してるんだな」

 一反木綿にそういわれると田端は次の言葉が出ない。「世の中には知らないことがまだまだあるのか」30秒近く黙ってようやく出た言葉。
「そういうことだ。お前の世界の詳しいことは知らないが、この世界はお前たちの思っているよりも、もっと広い」

「そうか、今日は災難だったけど、世の中全体からすれば本当に小さなことなのかもな」と、小さくつぶやく。こんどは別の疑問が頭から浮かぶ。
「わかった。では一反木綿さん。なぜここにいたの?」
「それはこの神社の境内が、俺のたまり場だからだ」
「たまり場、ということは、あの神社に祀られているのですか?」と言って神社の拝殿を指さす。田端は営業マンという職業柄だろうか。気が付けば冷静さを取り戻し、科学的に証明できない人外に対して営業トークのように普通に質問した。

 一反木綿は先ほどと同じように体を揺らしながら「近いが少し違う。ここに祀られているのは別の神様。オレも頭が上がらない尊い方だ。どちらかといえば神と言うより、鳥に近いかもな」「鳥?」
「オレたちは鳥のような羽根はないが、この布を使えば大空を舞うことができる」「へえ! そういえばむかし漫画で見たことがある一反木綿は、たしかにヒラヒラ空を舞っていた」

「オレは、昼間はこの辺りの陰で漂いながら眠っているが、夕方になると空を飛ぶ。実は夜行性だ」「夜行性」

「そう、だから夕方になると空を舞う。そしてはるか上空から人間たちの明かりを楽しみながら過ごしているってわけだ」
 一反木綿はそういいながら布地の上部がねじれるような体制になる。もはや田端には彼が大空を眺めているようにしか見えない。「だからあまり人間には気づかれていなかったのだろう。ごくまれに見つけられることがあるが、いずれにせよ未確認飛行物体と言う扱いには違いない」

「ところで何を食べるんですか」いつしかインタビュアーになっている田端。「残念ながら人間や鳥のような生命体のように、何も食べない。だから何も出ない。そう不思議そうな顔をするんじゃないぜ。すぐにお前たち人間は自分たちの価値・理解力で物事を完結しようと考えるからな」

 田端は思わず口元が緩んだ。 

「さて、そろそろ出かける時間だな」「え?あ、もうこんな時間」田端は不思議な相手とやり取りしているうちに、予定よりも大幅にここにいることに気づいた。
「こりゃ絶対に会社で怒られるな。まあいいか、一反木綿さんに会えたし」
「ほう、ずいぶん気が大きくなったな。そのほうが良いだろう。じゃあまたどこかで会おう」そういうと、一反木綿はその場から大空目掛けて飛び跳ねる。

 田端は、高く舞い上がっている一反木綿を見送った。布地なのにシャープな形でどんどん高度を上昇させていく。「まるで彗星。え、彗星の正体ってまさか」と想像を楽しむのだった。

画像2

こちらの企画で遊んでみました

夕暮れ時に空を見ると白い物体。飛行機と思いつつ角度も高いしと思って拡大して撮影した画像。彗星のようにも見えますが、本当に一反木綿かもしれません。


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シリーズ 日々掌編短編小説 302

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