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裏稲荷? 第807話・4.10

「出口君、何をしている早く来たまえ」遠くから聞こえるのは歴史研究家の八雲、その助手で事実上の恋人である出口は一緒に京都の伏見稲荷に来ていた。そして定番の千本鳥居まで来たが、出口が鳥居が延々と並んでいる不思議な光景に見とれている間に、八雲が先に進んでしまった。

「せ、先生!待ってください」いつの間に八雲が先に行ってしまったのか? 鳥居の中で慌てて前に歩き出す出口。しかしいつもならこういう事があっても、すぐに追いつくはずなのに、今日は歩いても歩いても一向に八雲の姿が見えない。ただ同じように鳥居のトンネルが続いているのみ。
「先生、なんでこんなに急いでいるのかしら?」

 それまではいつものマイペース。むしろ出口の方が先に進んで遅れてくる八雲を待っていたはずなのに、今回は八雲がやけに先に進み、それも見えなくなるまで先に行っている。「そんなに早くいかなくても」出口は小走りに鳥居のトンネルをくぐる。

 しかし、いくら走っても何も変わらない。鳥居のトンネルが延々と続くだけで八雲の姿が見えないのだ。
「せ、先生!、八雲先生、ちょっと待ってください!」出口は大声で八雲を呼ぶ。すると八雲が返事をしたが、いつもとは様子がおかしい。

「遅いよ!早く、急いで!」と八雲の声が聞こえるが、まるでエコーがかかったように聞こえる。鳥居のトンネルにいるから音の反響の関係?よくわからないが....…。
「どうなっているの。もう!」と出口は思ったが、途中から異変に気付いた。「こ、こんなに鳥居のトンネルって長いのかしら?」
 出口は現地に行くまでに事前にどういうところか調査をする。だから千本鳥居がどういうもので、どのくらいの距離があるものか、大まかには知っていた。
 それにしては距離がありすぎ、予想では歩いていても、そろそろ鳥居との間に空間があるようなところに出てきそうなのに、今は走りながら追いかけているほど前に進んでいるのに、延々と同じ光景が続いている。

「おかしい、何か変?」出口は疲れたこともあり、ついに立ち止まった。もう八雲に追いつくのは無理と判断。
 立ち止まった出口は鳥居の様子を見る。そして更なる異変に気付いた。「ど、どこここ」確かにおかしい。鳥居は続いているが、その外の風景がおかしい。確か千本鳥居は稲荷山という山の中にあり、鳥居の隙間から緑が見えるはず。にもかかわらず何も見えない暗闇のようになっている。時間は午前中のはずだから暗くなるはずはないし、また皆既日食だとかそういう情報もない。

「そういえば、人気の観光地のはずなのに...…」出口は、次の疑問を感じた。八雲を追いかけるのに必死だったが、ここに来るまで誰とも会っていない。それに今日は日曜日。絶対に観光客が多いはずの千本鳥居で、あまりにも違和感がある。今まで誰とも会っていないことを知った出口は、少し恐怖を感じたのか全身に鳥肌が立つ。

「何をしている、立ち止まらず。早く来なさい!」ここでエコーがかかった八雲の声。「おかしい...…」出口はどうもおかしなことになっている気がした。なぜ自分が立ち止まっているのを見えないほど遠くにいるはずの八雲から、私が立ち止まっているのが見えるのか...…」出口は疑問を八雲の声が聞こえる方に向かって大声を出した。
「先生!一体ここはどこなんですか?」

「あれ、行ってなかったか?今、裏稲荷の街道を進んでいるんだ」「ウライナリ?」出口は聞きなれないキーワードに首をかしげる。
「伏見稲荷の千本鳥居のある所から、裏稲荷に通じる道があってな、私はその裏稲荷を調査しようと思って伏見稲荷に来たんだ。無事に裏稲荷の道を見つけ出し、今その方向に向かっているが、君が遅いから待ちくたびれたよ。

 八雲は何を言っているのだろう。出口は聞いていない話ばかりだ。「先生、裏稲荷のこと初めて知りました。私事前に調べましたのに、なぜ何も言わないのですか?」
「出口君、それは公に言うべきことではないからだ。いいから早く前に進みなさい」八雲が前に進むように出口を促す。だが出口は前に進もうと思わない。なぜならばこの先を見ると、非常に暗闇のようになっていて視界が悪くなっている。その視界の悪い中に鳥居がかすかにみえるが、ある所から鳥居が急に下に向かっているように見えた。

 出口が思うに、どこか地下に潜るように見えるのだ。この先に進めば、仮に八雲がそこにいたとしても、非常にまずい場所のような気がした。
「先生、悪いですが、私帰ります。事前に相談しないと、私は困るんです」そういうと出口は後ろを向き、来た道を歩いた。
「無駄だ、出口君。もう裏稲荷に向かう異空間に入った。戻れないよ」意味不明のことをいう八雲を出口は無視したが、八雲のいうことが正しかった。出口が歩きたくても前に進まないのだ。

「ど、どうなっているの」次の瞬間、強い風が出口に吹きつける。圧倒的な力で出口の体が180度回転した。つまり八雲が裏稲荷と言っている方向に向けられている。さらに勝手に体が前に動き出した。強い力に押し出されるように鳥居の先に体が勝手に進んでいく。「ち、ちょっと、まって。先生一体!」力に押し出されて、普段冷静な出口も焦る。すると、鳥居が見えなくなるところに来た。その下はどうやら崖のように急激に下がっていて、その下は何も見えない暗闇。
「その下に裏稲荷の本殿がある、早く来なさい!」と下から聞こえる八雲の声。だが、出口は必死に否定、首を横に振りながら「い、いやです、いやあああああ!」

ーーーーーーー
「あ。」出口は我に戻った。京都にあるホテルのベッドにいる。「ゆ、夢...…」出口は冷や汗をかいていた。ホテルの窓は東を向いていらうためか、ちょうど太陽が昇っているのが見える。
 出口はしばらくベッドの上で頭の中を整理。「そうか今日今から伏見稲荷に行く予定。でも先生はまさか夢で出てきた裏稲荷に行くのかしら」

 ホテルの朝食を取りながら出口は八雲に質問をした。八雲は出口の表情を見て一瞬不思議な表情になると。声に出して笑った。「ハハッハ! 出口君朝からなに、裏稲荷?そんなものは聞いたことがないな。昔、裏柳生とか裏高野と言うものがあったが、それらはいずれも架空の物語にすぎない。もちろん裏稲荷、それも千本鳥居のある地点から続く異空間など、聞いたこともない。まず存在しないよ。というより出口君大丈夫か?もしかして疲れているんじゃないかな。いまから千本鳥居に行くんだが...…」

「え、ええ、先生大丈夫です。夢なら問題ないでしょう」出口は笑顔を見せる。それは裏稲荷と言うものは実在せず、ただ夢の世界だけに現れた幻と聞いたから、出口も安心した。

「そうだ、出口君、裏稲荷で思い出した。稲荷寿司があるだろう」「ええ、薄揚げの中にご飯を入れる、稲荷大神の使いである狐の好物だと聞いていますが」
「その稲荷寿司の薄揚げを裏にして出す店が東京にあるそうだ」
「それが裏稲荷?」

 八雲は口元を緩め「そう、裏稲荷を食うことは裏番組を食うという縁起担ぎでテレビ局の関係者には人気があるそうだ。裏稲荷があるとすればそれくらかのう」八雲はそういうと食後のコーヒーに口をつける。
「なるほど、わかりました先生」と口から声を出す出口。でも内心その裏稲荷にちょっとつまらなさを感じていた。



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