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知り合いが言ってたんだけどさ #月刊撚り糸 第531話・7.7

 「知り合いが言ってたんだけどさ、七夕の今日にぴったりなもの注文しておいたの」「素敵なもの...... でも、久美子さんの注文するものなら、何でも素敵だと思います」
 蒲生久美子のパートナーで、同棲している伊豆萌は、そう言って久美子に最接近。久美子の目を見つめながら、おねだりの眼差しを向けてきた。
 それを見てうれしそうな久美子。
「もう萌ちゃん。ちょっとまだ明るい時間なのに。まだ早いわよ。今夜ふたりで七夕の星々をゆっくり眺めてからね」
 久美子はそう言って萌の頭をゆっくりと撫でる。萌は飼育されている動物のように目をつぶって心地よさそうな表情をしていた。

 しばらくすると呼び出し音。久美子が立ち上がると宅配業者が荷物を持ってきた。
「さ、萌ちゃん来たわよ」「え、久美子さん。なんですか?」
 萌が立ち上がると、久美子は宅配で届いた花の苗を見せる。

七夕百合

「これは百合の花?」「そうよ、カノコユリ(鹿子百合)という種類なの」「か、のこユリですか」
 久美子の言葉を聞きながら、萌は下向きに咲き、特徴ある柄をした百合の花をじっくりと眺めた。
「そう、この花には紅色の鹿ノ子絞りみたいな模様がついているでしょ。それでこの名前がついたんだって。鹿児島の甑島列島(こしきしまれっとう)で自生しているそうだけど、野生の個数が激減して、今は絶滅危惧種になっているわ」

「そんな貴重な花! 久美子さん素敵です。この部屋に絶対に似合う」萌は久美子からカノコユリの苗を受け取ると、居間でよさそうな場所を探す。「久美子さん。ここでいいかしら?」「萌ちゃんの好きなところでいいのよ」久美子は萌が嬉しそうに百合の花を見ているのがたまらなく、また愛おしくて仕方がない。
 久美子は、日差しが差し込むダイニングの窓の横に置いた。

ーーーーー
 こうして夜になる。カノコユリを窓に置いたまま、久美子と萌のふたりは楽しく食事の準備を終え、ダイニングに腰掛けた。
「百合の花があるだけで急に部屋が華やかになった気がします」

 そうそう、これも知り合いが言ってたんだけどさ、カノコユリの別名がタナバタユリ(七夕百合)よ」
「え、だから!」「そう、七夕の日にタナバタユリが届いたの。素敵でしょ。さ、萌ちゃんディナーをいただきましょ」
 ふたりはディナーをいただく。料理自体はいつもの家庭料理のようなものであったが、せっかくの七夕だからとこの日は赤ワインのボトルを用意して開栓すると、ふたりはそれで乾杯した。

「でも、少し気になることがあります」食事がほぼ終わり、ワインのボトルも空になりかけている。少し酔いが回ったのか? 萌が本音を出す。
「どうしたの萌ちゃん」久美子の方も酔いが回っている。「そ、その。今日は『知り合いが』ってばかり聞くのですが、その知り合いって誰ですか?」
 ちょっと不機嫌そうな質問をする萌。久美子はそれを見て思わず笑う。「アハハハハ、萌ちゃん嫉妬してる」「いえ、別に。その知り合いというのが気になるから」
 久美子はグラスに残ったワインをすべて飲み干すと。「萌ちゃんも知っている人よ。横田さん」「え、あ、横田さんですか」

 久美子と萌は同じコールセンターで知り合った。そして横田とは同じ職場で働く同僚である。
「そうよ。あの人花が好きでしょ」「ええ知ってます。花言葉を丸暗記するのが得意とか自慢してますよね」
 久美子は立ち上がり、カノコユリの置いた窓に向かう。そして窓を開ける。「あ、萌ちゃん、星が見えるわ」「ほ、本当ですか?」
 萌も立ち上がると、一緒に窓からの星空を見た。町中のマンションからの空。見える星はごくわずかに限られている。七夕で語られるような天の川は確認できない。でも想像でそこに天の川があるに違いないと思った。
「これも、横田さんに教えてもらったんだけど、今からカノコユリの花言葉を言うわね」「はい」
 久美子は軽く深呼吸。そしてわざと朗読する口調で花言葉をつづった。
「富と誇り、威厳、慈悲深さ、上品、荘厳」
「へえ、それまるで久美子さんみたいですね」萌が久美子をほめると、久美子は照れながら口元を緩め、歯を見せる。「もう、萌ちゃん。美味いこと言うわね」
 その後しばらくの沈黙。ふたりは手をつないで夜空を眺める。

ーーーーー

「久美子さん、ふと思ったんだけど、七夕って本当は男女の物語ですよね」「どうして? 何で急にそんなこと言うの」
「だって、あれは織姫と彦星のふたりが、無理やり引き離されて年に一度しか会えないという話。そんなこと久美子さんと起きたら絶対嫌だけど......。でも本来は異性同士の恋愛物語でしょ」
「そうねえ、昔は私たちのようなタイプは存在しないことになってたから、仕方がないわ。でも今は21世紀。私たちのようなタイプもようやく認められつつあるんだから、萌ちゃん気にしすぎよ」
 久美子は萌の黒髪に手を右手のひらを当てる。萌はそれに反応するように久美子に体を寄せるように近づいてきた。
「だったら久美子さん。例えば私たちは織姫同士の七夕とかになるのかしら?」「うふ、素敵。さすが萌ちゃん。いいこと思いついたのね。だから彦星同士の七夕もあるのよ」
  久美子はそう呟くと萌の髪を優しく撫でる。萌は心地良さそうに目を瞑る。そして久美子も目を瞑り口を前に接近。ふたりはそのまま熱い口付けを交わす。
 そして萌がうっとりとした表情をしながら、久美子の耳元でつぶやいた。「ううん、久美子さんこの話違うの。これ、知り合いが言ってたんだけどさ
 


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シリーズ 日々掌編短編小説 531/1000

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