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スーパーの翁

「すみません、味噌はどこにありますか?」
「おう、えっと、どこだったかなあ。悪いが。他の人に聞いてくれ」
 頭の中心地から7割程度頭髪がなく、残り3割のうち2割が、白髪の老店員は、腕を組みながらそう言って客の質問を遮った。客は首を傾げながら不審な視線を老店員に軽く投げかけると、別の店員を探した。

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 ここはとあるスーパー。一般用品よりも業務用の食品を主に扱っている。
 ここでは3人の社員と7人のパート・アルバイトそして、老店員・市川がいた。
 市川は、このスーパーの社長が若いときに非常に世話をした。というより、当時事業で大金を稼いでいた市川からお金を出資してもらい、このスーパーが創業できた。

 だがスーパーが10店以上と地域で躍進しているのと違い、市川の事業は急降下。ついに失敗し、一転して貧乏な老人になり果ててしまった。借金を抱えた身は、わずかな年金だけでは生活が成り立たないと、社長にお願いして雇ってもらっていた。

 だが、市川には大きな問題があった。それは「働かない」のだ。業務店ということもあり、段ボールに入った食品が常に大量にやり取りされる。
 倉庫が店になったような空間。そこでは次々と段ボールから商品が入ってくる。一般の消費者もいるが、それに混じってショップやレストラン関係者も仕入れにくるのだ。そのためケース単位で、大人買いのような買い方をする人が後を絶たない。

 陳列した商品はすぐに底をつく。そして補充。レジスタッフもいるが、大多数の仕事内容がそれなのだ。

 しかし市川はその作業を行わない。やっているふりをしているだけだ。わざとゆっくりと歩いて時間を稼いでいる。たまに段ボールの商品を陳列するときもわざとのんびりやっていた。普通の人が10分もかからないことを30分近くかけている。
 普通ならすぐに首が切られそうなものの、結果的に創業に貢献したという特殊な事情があるために、野放し状態。店長も注意できないでいた。他のスタッフも、彼の存在が無いようにふるまうしかない。

 今まではそうであったが、1ヶ月くらい前に入った、若きアルバイトの奥山は理解できないでいる。「店長、あの人は一体?」「奥山君。だから、市川さんは社長の恩人だったから」ネクタイ姿である店長の石永は、黒縁眼鏡を直しながら、ラガーマンのような横縞のシャツを着た奥山をなだめる。
「それにしても...... ほとんど戦力になってないですよ。いくら高齢者で社長の恩人だからって」「わかった。わかった、今度行っておくから」

 体育会系で一本気な性格である奥山は、市川の仕事の態度にも、それを見て見ぬふりしている店長・石永にも不満が蓄積した。そのため奥山は市川に対して特に冷たい態度を取る。すれ違うたびに「うざいジジイだ」と相手に聞こえる程度の小声でつぶやくといった露骨な嫌がらせを始めた。市川は聞こえているのかどうかわからない。いずれにせよ憮然とした表情のままだ。

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そして数日後。
「おい、これ金額間違ってないか?」見るからして堅気とは思えない男が、レシートをもって威圧的にレジに戻ってきた。ちょうど奥山が担当したレジ。確かに金額が一部間違っていた。同じ商品を2度レジに打っていたことが判明。奥山は慌てて、レジを操作し差額を男に返すと「確かに間違っていました。すみませんでした」と頭を下げる。
 しかし男は納得しない。「すみませんだと。おい、舐めてんのか? これ俺が気付かなかったらお前が差額を懐に入れるつもりだったんだろう。おう!」大声で奥山を罵倒する。奥山は頭を下げて「い、いえ、そのようなことは」と頭を下げたまま。
「頭を下げても警察はいらねえんだよ!わかってんのか」
 奥山は顔が紅潮する。徐々に恐怖が全身を包む。「ど・どうしよう」心臓の鼓動が耳元で聞こえてきた。

 隣のレジにいたスタッフは慌てて店長を呼ぶ。店長・石永は走って男の前に来るとすぐに頭を下げて「こ、この度は私の部下が粗相をいたしまして大変申し訳ございません」と奥山の前に出てひたすら謝る。

「はあ、お前が責任者か。とんだ店だなこりゃ。ほう、ってことはこのスーパーはわからないと思ったら客の金をとるのか。教育のやりかたが間違ってんじゃねえか? おう?」
 とてつもないクレーマーが現れたため、店内の空気は一気に張り詰めたものになっている。店長はこれ以上店内で騒がれて他の客に迷惑がかかると判断。「お客様。奥でゆっくりとお話をさせていただけませんでしょうか」と言った後「お渡ししたいものが」と、金で解決するそぶりを見せる。ところが男はそれに逆上。
「おい、お前も舐めてんだろう、お渡ししたいもの。ややこしい客を金で黙らせよってのか。おう! どんだけ悪質な体質なんだよ。
 俺はこのレジの男のやったことが納得できねえんだ。責任者のお前も同罪かもしれんが、まずこの男に土下座させろ!」

 社員のひとりが小声で「110番」と言って事務所のほうに行こうとしたが、それを遮るものがいた。それは市川。「話を大きくするんじゃねえ。ここはワシに任せておけ」いつもと違う市川のオーラのような威圧感に。社員は固まってしまった。
 市川は、頭を下げたままの店長と、顔色が変わって目がおびえている奥山そして、人一倍怒鳴り散らしているクレーマー男の前に出た。そして一言「お客様! そろそろお引き取りを」と大声を出す。
 
 突然現れた市川に奥山は目を見開き、店長は思わず顔を上げた。それ以上に驚いたのは怒鳴っていた男。「おい、ジジイ。引っ込んでろ。邪魔をするならいくら年寄りでも手加減しねえぜ」と言って大声で市川を威圧する。ところが市川はひるむどころか、スタッフも誰もが見たことのないような鋭い眼光で、男を睨んだ。
 かつて、事業者として成功を収めた経験とそこから急降下という人生の酸いも甘いも書き分けた市川の眼光は、とても並の高齢者のものではない。

 最初は市川を睨み返した男。だが徐々に市川の眼光に脅威を感じたのか、気が付いたら睨むのをやめる。そして急に低姿勢になり「あ、いや、わ、わかりましたよ。お金返してもらいましたし。では失礼」と言うとその場を逃げるように立ち去っていく。

 この様子を見ていた他のスタッフや、店内にいた客はその緊迫感ある光景を注目ていた。無事にクレーマーが立ち去ったことで、みんな心の中で拍手しながらそれぞれの元の状況に戻る。

「市川さん、本当に助かりまりました。ありがとうございます」奥山は市川に礼を言う。「ふん、大したことない相手だ。それより他の客が待っているぞ」とぶっきらぼうに言い放つと、そのまま持ち場に戻っていく。

 そしてこの日以降、奥山をはじめ店長・石永や他のスタッフも市川に対する態度が変わった。市川も今まで壁があったスタッフたちと心が打ち解けたのか、以前とは違い、にこやかな表情でまじめに品出しをするようになる。
 そればかりではなかった。意外なところからスーパーの翁として名前が知れる。実はこの一部始終を見ていたうちのひとりが動画を撮影していた。
 理不尽なクレーマーを、眼光だけで撃退した市川はネットで話題となり、動画再生回数がうなぎ上りになったそうだ。



「画像で創作(1月分)」に、とらみな(寅美奈)さんが参加してくださいました

 とらみなさん、企画へのご参加ありがとうございます。青い摩周湖の写真から作り上げられた詩は、素晴らしいコラボ作品になりました。ぜひご覧ください。


こちら伴走中:6日目


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画像で創作1月分

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シリーズ 日々掌編短編小説 364

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