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秋の雨 ~何故あめは降るのか~【小説】

「雨が強くなってきたわ。明日も雨かしら」
 私はネットで明日の天気予報を確認した。予報では明日の朝には雨が止むようだが、今は降っている。彼岸も過ぎて、これからは暗くなる時間のほうが多くなる季節。まだ夕方のはずなのに、窓の外は暗くなっていたわ。
 それにしても季節の変わり目は雨が降りやすい。冬から春のころ、夏の前に来る梅雨、そして秋が深まるにつれて連日のように降る雨。
 私の本音ではこの時期は嫌いなの。それは星が見られないから。雨が降るときにはあたりまえだけど雲が空を覆う。だからその上に広がる満天の星空が見えない。毎晩の楽しみがお預けになってしまうの。

「真理恵しょうがないよ。台風が来るよりいいじゃないか」とは、横でスマホを操作している彼、一郎。「う、うん」私は歯切れの悪い返事をした。「それに、農作物にとってこれは恵の雨じゃないか」
 小さな農園、コスモスファームを運営している私にとって、一切雨が降らなくなることは確かに致命的。いくら水やりができても、天然の雨は生育には大切なことはわかっている。でも仕事が終わってからの寝る前の楽しみ。星が見られないのはもっとつらいの。

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 私はしばらく黙っていた。30分程度SNSをながめていたが、ふと疑問が頭から湧いてくる。だから彼に聞いたの。「ねえ、なんで雨って降るんだろう」「ええっ、そんなことも知らな」「いや、そりゃわかってるわよ!太陽で蒸発して、雲ができて雨になるということくらい!でもそうじゃなくて」
 このとき私は何でこんなに彼の声を止めようと必死になるのだろう。それは大学で哲学を研究しているから、理屈で攻めてくるとわかっている彼に対して無意識に抵抗したからかなぁ。

 反論するように言ってしまったからか、彼はしばらく黙った。目をつぶってる彼の様子。これは何らかの考えごとをしていのは間違いない。私は彼の答えを静かに見守った。
「うーん、たとえば、こう考えたらどうだ」数分後ようやく彼が口を開く。

「もし雨が降らなくなったらどうかと。でも水不足は気にするな。その世界には、大きな湧水が途切れることなく出ている。もしくは海の水が淡水という世界でもいい。言いたいことは生きるために必要な飲み水も、作物に与える水も、そのほか文明に必要な水の確保には、何ら問題ないという前提だ」

 彼は妙な問いをしてきた。今度は私が目をつぶって考えてみる。飲み水とかの問題がなくて雨が降らないというのは、どうなるのだろう。世界が乾くのだろうか?傘とレインコートが世の中から消える。でも暑いから日傘はあるはずだ。
 暫くして、あいまいながらも口を開いてみたわ。「うーん例えば乾燥するとか、暑くて外に出るのが耐えられないとか」

「いい線だと思う」と彼は、ここで初めてにこやかな表情で返事をした。
「例えば砂漠地帯は、実際に海水を淡水にする装置があるそうだ。日本は多くの雨が降るからそのようなものはないが、もし雨が降らなくなると作るだろうな」
「そうかもね」「そこで本題だ。真理恵にとって乾燥した世界のイメージは?」「え!なんとなくパサパサしたような」「うん、潤いがない世界というか、そんなところかな」というと、彼はゆっくり立ち上がった。そして顔を天井に向ける。

「例えば、潤いの無い町のイメージって、こう一言で考えると、実につまらない世界だ。美しさがないというか」「美しさ... ...」ここで私も彼に合わせるように立ち上がった。

「たとえで一番いいのは、砂漠地帯の町や風景。中東の中でもドバイとか未来的に発展しているところは参考にならないけど、昔の街並みが残っているようなところを見ると乾燥している。そうは思わないか」
「え?あ、そ、そうね」私は彼の言っている意味があいまいなまま相槌を打ってしまった。でも彼の話は続いたわ。
「俺は映像で見る砂漠地帯の建物を見ると、どうも美しさが弱い気がする。その代わりに人々が工夫して、建物の形や色を塗って美しくしているのではとさえ感じることがある」「う、うん」「もちろん外の風景は木がほとんどない殺風景」私は映像で見たことがある砂漠の街をイメージしたわ。ここで彼の言っていることがようやく理解し始めたの。

「でもある程度降水量があるようなところは、森も美しいし、緑が豊富にあるからか、潤いのある街で、自然の美しさがある」
「それが雨が降る理由?」私は少し疑問を持つときに発する高めの声を上げる。

「意外と思うかもしれないが、俺はそう思う。だから生きている間は、美しい町で住んでいるほうが良い。たとえ水に困らなくても、乾燥した町に住むのは嫌だな」「たしかにそうね。朝から夜まで日が出ているようなところで、街歩きをしていていたら、なんとなく肌が荒れそうだし」

「だから熱帯雨林のある地域、モンスーン気候のある東南アジアとか、ああいうところに一度行ってみたいと思っているんだ。ジャングルは雨がないと絶対にできない世界。
 だけどそこは大自然にあふれている。いろんな植物があって、その周りには大小いろんな動物がいる。その世界は絶対に美しい。雨が降るかから出来上がる世界だ」

 彼は楽しそうに持論を語っている。「熱帯雨林のジャングル体験かあ」私も心の中でそんな体験に心ときめくものを感じた。

「そうか、雨が降った後は町に潤いが感じられる。だから定期的に降ったほうが良いってこと?」
「うん、だと思う。行ったことがないけど砂漠地帯の家はどことなく乾いている。だけど歴史的な遺跡は、そのほうが保存状態がいいのだろう。ほらこれ見て」
「え?」と彼は、自分のスマホに映し出された画像を、私に見せてくれる。それを見た私はしばらく絶句したわ。

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「木が遺跡を!」「そう、雨が降る熱帯雨林の潤いの力があれば、過去の高度な文明の建物も、時間をかけて壊してしまうようだ」

 それを聞いて私は彼からスマホを借りてもう一度その画像をじっくりと眺める。静止画像なのにまるで蛇のように躍動感をもって力強さが伝わるような木の根っこ。確かにこんな強い生命体が生まれることが、雨が降る本当の理由のような気がした。

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「お、雨が止んだようだぞ」「え?」
「外に行ってみよう」私は彼に急かされるように外に出る。

 外は完全に夜になり、かすかな明かりだけが残っていた。雨上がりか湿ったような涼しい空気が流れている。そして遠くからコオロギ?マツムシ??どちらかわからないけど、そんな秋の虫からの音色が聞こえてきたわ。でも、シルエットで映し出される雨上がりの建物を見ると、不思議と感覚としての潤いがあるような気がする。それは今まで彼とそんな話をしたからかもしれないけど。
 だとしてもそれが直感できるということは、やっぱり雨のおかげのような気がした。

「お、晴れ間が見えてるぞ」と彼の声。私は顔を上げる。確かに雲の切れ間があった。そこからは私が求めていた星が見える。そしてこれも気のせいだろうか?潤いのある空を通じてみる星空は、いつも以上に美しくそしてきれいに感じるのだった。



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シリーズ 日々掌編短編小説 250

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