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駅にまつわるエトセトラ BY Hua Lamphong Station 第591話・9.5

「今日はパラリンピックの閉会式があるんだってな」大地がテレビのチャンネルを回していると、妻の真由が突っ込みを入れてきた。「閉会式って、オリンピックも含めて、普段競技なんか見ないくせに」
「良いんだよ。俺はセレモニー的なのが好きだから」と、異に返さず大地が、チャンネル片手にディスプレイを睨む。
「それにしても、オリンピックもパラリンピックも4年に1度の開催か、4年前って、あ、そうだ」真由は何かを思い出す。
「4年に1度、そうだよ。日本の開催は危ぶまれたが、結局無事に開催できてよかったな」大地は返事をするが、真由は席を外している。

「あれ、どこ行ったんだ?」「ごめん、これ取りに行ってた」真由は一冊のアルバムを持ってきた。「4年前に行ったタイ旅行よ。その目玉としてバンコク中央駅からの夜行列車の旅が忘れられないわ」
 真由はアルバムをめくりながら、懐かしい旅の記憶を追体験。
「おう、これは懐かしいな」
 アルバムのすぐ前に大地が入ってきた。真由は笑顔でうなづく。こうしてふたりは4年前のタイ旅行。初日の夜にバンコク中央(ファランボーン)駅から、地方都市に向かうときのことを振り返った。

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「本当に立派な駅だなファランボーンは」「そっか、アルファベットでは、 Hua Lamphong なのね」
 今から4年前、2017年はまだふたりが結婚をしていなかった。とはいえすでに数年間のつき合いがあり、同棲中の大地と真由は、どちらも東南アジア好き。このときもタイ旅行に来ていた。大地はこの旅行中に、真由へのプロポーズをひそかに考えている。

「早く着きすぎたわね。1時間以上あるわ」「いや時間つぶせるところが、駅前にあるんだよ」時刻を確認している真由を尻目に、大地はあらかじめて調べていた駅前の大衆食堂に向かった。

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「へえ、バンコクにも駅前食堂があったのね」ファランボーン駅周辺は古くから町が開けていたが、逆にそれが災いし、最近ではバンコクの中でも古い建物が多いエリアになっていた。そんな古びた建物の一角に、東南アジアらしい大衆食堂がある。

 入口にはドアのないオープンな空間で、ステンレスむき出しの簡易テーブルと、プラスティックなお風呂の椅子に背もたれが付いたようなものがある。ふたりは空いている席に腰掛けた。
 あまり旅慣れていないものにとっては戸惑う瞬間も、こういう場所に頻繁に遊びに来ているふたりにとっては、全く抵抗感がない。

 ふたりはさっそくタイのビールを注文。そしてビールの肴になりそうなタイの屋台料理を注文した。

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「ライスはいるのか?」といったニュアンスのことを店員は聞いてきたが「不要」と大地はジェスチャーと英単語で指示。店員は理解したことを意味する頷きをすると、すぐに厨房に向かった。

 そして味わう本場タイの味。「始まったばっかりだけどやっぱり本場はいいな」「そうね、こうやってビール飲むバンコクの夜は最高。でも、この街とはしばしのお別れね」

 ふたりは熱気が収まり、ときおり涼しい風が吹く食堂でビールと料理を味わうと、お金を払う。そしてそのままファランボーン駅に向かった。

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 駅前に来たときはまだ藍色だった空も、ビールを飲んだ後に戻ってみると、すっかり漆喰の闇に覆われている。だが駅前のイルミネーションはむしろ美しさを増幅していた。そして駅前の車やバス、オート三輪タクシー(トゥクトゥク)が、けたたましくクラクションを鳴らしながら、次々とふたりの前を通り過ぎて行く。

 それらをかき分けると、目の前の美しい巨大ドームの駅舎に、ふたりは吸い込まれるように中に入った。

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 駅の中には多くの人がいて、それらがドームの天井に反響して旅情あふれるBGMと変換されていた。ふたりはすでにチケットは手にしていたので、時刻表だけを確認。ホームの番号の行き先、そして時刻をチェックした。いずれも手に持っているチケットと、違わないことを確認すると早速車両を探す。

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「あれみたいね」真由が乗る車両を見つける。「ん? おい、まだ掃除をしているのか?」あきれた表情の大地。どうやらこの時間になってもまだ早かったようだ。乗るべき車両の室内は暗く、外では掃除担当者が、車体を丁寧に洗っている。

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 ふたりは10分ほど待つ。「大きな駅の臨場感はいいなあ。ワクワクするよ」大地が感慨にふけっていると「あ、ドアが開いたわ。入りましょう」と真由が先にドアに向かう。

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 日本と違い、ホームが全く高くない。だから列車の入口には、よじ登るようにして中に入った。ちなみにふたりは二等の寝台車。
「えっと、〇号車の座席番号が」常に目の前の風景が新鮮に映り、感動のあまり写真撮影を続ける大地に対して、冷静に自らの席を探す真由の真剣な真眼差し。
「こっちよ」と、無事に席を見つけた。

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「私は下で、大地君は二階ね」「オッケー、じゃあ真由ちゃん、朝ね」すでに寝台の準備が整っていたので、ふたりはすぐに分かれて各々のベッドに横たわった。こうしてしばらくすると、連結器を引っ張る衝撃。そのあとすぐに列車はゆっくりと動き出した。バンコク中央駅(ファランボーン)を出発した夜行列車は、インドシナ半島の大地を駆け抜ける。そしてタイ国内にある地方都市向けて進んでいくのだ。

 ちなみに、この直後ではないが、旅の途中に大地は真由にプロポーズ。こうしてこの旅の5か月後に、ふたりは無事に結婚する。

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「また、夜行列車に乗りたいね」真由が先に追体験から戻ってきた。遅れて大地。「うん、でもファランボーンの駅は、もうすぐその役目を終えて北側にある、バンスー駅が町の中央駅になるらしいからな。次行けるとしても出発は違うかもよ」
「それはちょっと残念」真由は右手で髪をかき上げながら寂しそうな表情。大地は真由の左手をつかみ、励ますように口を開く。「あれから4年だよ。それは仕方がないって。でもさ、そういえば前回のオリンピックってどこだっけ。4年前なのにこのときには、そのような話題が全然なかった。えっと前回って......」

 首をかしげる大地。最初真由も一緒に考えた。だが途中で気づく。よく考えたら前回のオリンピックは、2016年にリオネジャネイロで開催している。そう2020年開催予定だった東京が1年延期になった。ただそのことを忘れていただけ。
 真由はまだ考えている大地を見ながら、いつ真の答えを言おうか、タイミングを計るのだった。


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