巌流島で合流  第608話・9.22

「ねえ、幡生駅だって、いよいよ次が下関ね」宮本日菜子は、乗り鉄の夫・順平に話しかけた。しかし順平は目をつぶり黙想をしている。数秒後に目を開けると、何かを噛みしめるようにつぶやいた。
「そうか山陰本線と合流したか。さて隆治は本当に来ているかな」

 順平は何の根拠もない本当に自称であるが、宮本武蔵の子孫と思い込んでいた。そんな中、ネット上の乗り鉄仲間が集うでところで、佐々木小次郎の末裔を自称する隆治と知り合う。そしてお互い、ネット上で意気投合したが、やはり自らの先祖がかつて巌流島で決闘したという、歴史上の事実の話題が出てしまう。

「だったら、一度巌流島で会わないか?」順平が提案すると、隆治は同意。だがここは乗り鉄、巌流島への集合日時だけをあらかじめ決めておくと、お互い各駅停車を利用して巌流島を目指そうとなった。
 もちろん同じ路線では途中で出会ってしまう。そこで順平が山陽本線、隆治が山陰本線とそれぞれ路線を決めて、巌流島を目指すことになった。

「もういいけど、ここまで各駅でホント辛かった」日菜子と順平は、東京から新大阪まで新幹線を使ったが、そこからは各駅停車を乗り継いだ。そして途中新山口で一泊した。だから思わず愚痴をこぼす日菜子。
「ああ、今回は付き合わせてすまなかった。だが小次郎殿の子孫という人とは、合わねばならぬ」「うん、でもその人って本当にそうかしら?」日菜子は小さく首を傾げた。
「おい、日菜子、疑ってはダメだ。それを否定すれば、拙者も武蔵の子孫という絶対的な証はない」いよいよ巌流島に最も近い駅、下関に近づいたからだろうか? 順平の語り方があたかも武士のようになっている。

 ふたりが乗り込んだ列車は、こうして下関に滑り込んだ。「えっと船島の乗り場は」「おい、いくら妻でも、言っていいことと悪いことがある。巌流島を船島とは聞き捨てならぬ!」順平は島の正式名称を完全否定した。

「ご、ごめん順平、今のは聞かなかったことに、ね」あまりにも威圧的な順平に、慌てて謝る日菜子。小刻みに数回頭を下げる。今は完全に佐々木の末裔と会おうということで緊張と気合が入っている順平。余計なことを言わない方が賢明なのだ。

 駅から下関港は本当に近い。そこには国際フェリーターミナルがある。「そうか、韓国行きの船もここから出るんだな」順平はつぶやく。韓国は海外だが日本から船で行ける貴重な外国。だが順平と日菜子はそれよりもはるかに近い巌流島行きに乗り込むのだ。

「あ、ここ乗り場違う」先に気づいたのは日菜子。どうやら巌流島行きは、下関駅から東側にある唐戸という場所にあることが分かった。そのまま海峡ゆめタワーという高層の建物の横を過ぎて、巌流島行きの港を目指す。

「これってもう少し行ったら壇之浦だ」日菜子は最近平家物語にハマっている。そのため平家が滅亡した、壇之浦という場所が気になって仕方がない。だが順平は「後でな」とだけ言うにとどまった。

 ようやく巌流島行きの港に到着。そこには小さな船が停泊していた。それが巌流島行き。ふたりは普通にチケットを買い、船に乗り込んだ。
「順平、いよいよね」日菜子の語りに順平の返事はない。ただ巌流島が浮かぶ関門海峡の方向を静かに眺めていた。だけど下関港からは巌流島どころかその先の九州門司港の雰囲気も見える。本当にわずかな船旅だ。

 船は定刻通りに出航した。見た目大きな川のようにも見えなくはない関門海峡を勢いよく航行する船。ふたりは最後方にいたためか、船のスクリューから攪拌する白波の激しい姿を眺めることができた。だが船旅気分をようやくという間もなく、船は巌流島に到着してしまう。その間10分の船旅。

「いよいよね」日菜子の声。「あ、ああ」ここで順平の返事はこわばっている。緊張した顔の表情はとても厳しい。いくらネットで意気投合したとはいえ、リアルで会うの初めての相手。それも小次郎の末裔という言うほどであるから余計に緊張した。もし「ご先祖様のリベンジだ!」などといいだして、決闘など申し込まれたらひとたまりもない。

「剣術習ってないしな......」思わずうつむき気味の順平。その横で日菜子は、隆治の顔や特徴を一緒に把握していたので、似た人物がいないか探しだす。そして島にある武蔵と小次郎の決闘を象った銅像の場所まで来た。「あ、」明らかに隆治の特徴そっくりの人物が待ち構えている。

「いた、あの人佐々木隆治さんよ」日菜子のテンションが上がる。順平はようやく顔を上げた。そして隆治らしき人物も、その気配に気づいたよう。ふたりの方に視線を向ける。
「あの、失礼ですが、佐々木隆治さんですよね。私達は宮本です」日菜子が話しかける。順平は顔の表情が固い。そして隆治は大きく頷くと「いかにも私は佐々木隆治。そこにおられるのが、宮本順平殿か」
 それを聞いた順平は隆治を睨むように見つめ「いかにも、拙者が宮本順二だ。佐々木隆治殿、お初にお目にかかる」

 まるで江戸時代の武蔵と小次郎が乗り移ったようなやり取りをするふたり。しばらくお互いが間合いを取るように見つめ合っている。
「まさか、本気で決闘。いや、それは......」ふたりの様子を見ている日菜子は、ただならぬ殺気を感じた。

 ようやく口を開いたのは隆治。「順平殿、約束の時間よりも遅れたな」「うぬぅ」思わぬ突っ込みを受けて慌てる順平の顔が紅潮した。確かに当初の乗り場と思っていたところが国際フェリーターミナル。そこから巌流島行きの出る唐戸に移動した分、船を一本乗り遅れたのだ。

「申し訳ない。一本乗り遅れました」と、あっさり非を認める順平。またしても静かな瞬間が始まった。「ちょっと......。あの、喧嘩だけは止めてね」日菜子は順平を止めようと話しかける。
 しかし隆治は大笑い。「ハ、ハハハハハ。ご先祖様と同じだ。いやいや初めまして」途端に低姿勢になり頭を下げる隆治。これには順平の気持ちも緩み。「こちらこそ、間違って別の乗り場に行ってしまいました。いや、でもお会いできて光栄です」と頭を下げる。

 この後は和気あいあいとしたオフ会の雰囲気。お互い先祖が決闘した場所で再会したことを喜び、積もる話が絶えない。
 やがて「せっかくだから門司まで行きましょう。レトロな建物が多いそうですよ」と隆治が提案。「ぜひ、行きましょう。子孫は仲良く九州ですな」と順平。こうして一行は、九州を目指すことになる。
 ところが日菜子だけは内心不満。ふたりが仲良くなったのは良いことだと認める。だけど「門司に行くのね。ああ、これは壇之浦には行けそうもない」と、頭の中で愚痴をこぼすのだった。


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シリーズ 日々掌編短編小説 608/1000

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