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幸せのオリーブを求めて

「昨年の冬に鬼ヶ島。で、夏に神戸に旅行して以来だな。でもまさか神戸から船に乗って鬼ヶ島と同じ香川県の小豆島に来るとはなぁ」
 ここは小豆島の南東にある坂手港。京都から神戸に着いたのは夜遅くだ。そこから深夜便のフェリーに乗って来たのは石田圭。妻のベトナム人女性ホアが隣にいる。  

 昼間のフェリーは3時間かけて直接小豆島に行くが、深夜のフェリーは先に高松に立ち寄る。1時間くらい停泊して、朝に小豆島に着くスケジュールになっていた。
 十分に寝たつもりである。だがまだ眠り足りないのか、それともフェリーの客室の底から聞こえるエンジン音と小刻みなバイブレーションに慣れず、眠りが浅かったからか? まだ眠い。
「まるでオリーブみたいね。ファアア」「ファアアファ、ホアちゃんそれなんで?」順番に出るあくび。
「日本のオリーブは最初、明治政府が神戸で農園を始めてゴムの木と一緒に植えたそうなの。その後別の場所に移動することになって目をつけたのは小豆島なんだって」

「オリーブのこと本当によく調べてたんだ」
「うん、だってこの日を楽しみにしていたから徹底的に調べたもん」ホアは得意げな表情を圭に向けたが、突然下を向く。
「また動いたよ。喜んでいるみたい」ホアは妊娠7カ月目。ずいぶんとお腹がふっくらしていた。
「純粋なふたりだけの旅行はこれが最後かもな。次の旅行のときには、お腹の中の赤ちゃんが生まれていると思うから」
「圭さん、もう赤ちゃんも来てるって。ほらさっきから動いているし」
「そうか、でもホアちゃん大丈夫。体調が悪いとか何かあったら、すぐに行ってね」
「うん大丈夫。これが終わったら多分もうしばらく旅行できないから、小豆島旅行は存分に楽しむの」

ーーーーー

 あらかじめ連絡を取っていた、港近くのレンタカーで車を借りた圭は、さっそく車に乗り込んで運転を開始。行きの船中泊を入れたら3泊3日という小豆島ツアーがスタートした。
「ホアちゃん、どう念願の小豆島」小豆島に行きたいといったのは、ホアである。

「うん、やっぱり京都と違って、海があるのがいいね。それから風が温かい気がする」「この日は天気が良かったから、走るのも気持ちよさそうだ」ハンドルを手にした圭の表情も和やか。
 ドア越しから見える青い空。少しだけ綿のような雲が浮かんでいた。しばらくは内陸を走っていたが、やがて国道436号線は海岸線沿いに到達する。そこからは左手に穏やかな瀬戸内の海が見えてきた。

「圭さん不思議ね。空の色を反射しているはずなのに、海のほうが色が濃く見える」圭は一瞬視線を海側に向ける。
「本当だ。でも全く同じだと区別つかなくならないか」「そうだけど、なんとなく自然て不思議ね」

 こうしてふたりが最初に向かったのはオリーブ村。理由はホアがここに行きたいといったからだ。
「でも本当にオリーブばっかり食べているよね」「わからないけど、オリーブ食べていたらツワリが収まる気がするの」
「そっかぁ。俺の母も妊娠のときは、同じものばっかり食べてたらしいから。ホアちゃんはオリーブだったんだね。その故郷に来たということか」

 道の駅にもなっているオリーブ公園。駐車場に車を置いて最初にふたりが向かったのが「オリーブ発祥の地碑」というところである。
「明治41年にアメリカから輸入された苗木からスタートしたのか」圭が語るその横で、スマホを取り出しホアは碑文の書いてある石や、オリーブの木、それから周囲の風景と順番に撮り続ける。
「昭和62年に植栽80周年を記念だって。ということはもう110年以上だね。そんな歴史のあるオリーブ食べてたんだ」
 ところがそんなホアの感慨深い言葉を折ってしまう圭。「でも、いつもホアちゃんが食べてるオリーブは輸入品だよ」

「え! 圭さんウルサイ。中には小豆島のもあったかもしれないのに!」目尻をつり上げて怒りをあらわにするホア。
「ご、ごめん怒らないで、お腹の子どもに」圭はこれを言うとホアの怒りが収まることを知っていた。さすがのホアもお腹の子に影響するとなっては、まずいと理解している。

「さて次はどこに行こう」ホアはすぐに機嫌が収まった。圭はそんなホアがかわいくて仕方がない。
 ふたりは手をつないで園内を回る。映画『魔女の宅急便』のロケセットや世界のオリーブの遊歩道、ハーフガーデン温室、ギリシャ風車と盛りだくさんの見どころスポットを順番に回った。

「あ、これ可愛い」ホアが見つけて指さしたのは『幸せのオリーブ色のポスト』というものだ。
 エメラルドグリーンに塗られたレトロな丸型ポスト。『〒』マークと『郵便』『POST』だけが赤色で目立っている。そして高台にあるポストから見えるのは、公園の風景とその先につながる海。
 お昼前で太陽がずいぶん上がったらしく、海の色は光輝いて白っぽく見えた。「オリーブ色のポストか。小豆島らしいな」
「私はオリーブは黒いイメージしかない」
「それはホアちゃんが熟成度の高いブラックオリーブばかり食べてるからだよ。オリーブは緑色から徐々に黒っぽくなるらしいからね」
「あれ、何? 圭さんそれ知ってるの」
「忘れたの? ホアちゃんが行きのフェリーの中で熱く語っていたじゃないか」
 ホアは照れを隠すように圭の胸に顔をうずめた。

 しばらくして顔を上げる。「でも緑から黒ってアボガドみたい」「そうだね」「あとパパイヤも青から黄色に変色するよ」「それを言ったらマンゴーもだよ」ふたりは笑顔で言葉遊び。
「じゃあせっかくだから」ホアはポストカードを買いに行く。「幸せのオリーブのおすそ分け」
「そうだね。生まれてくる子供のためにも、オリーブの幸せをもらおう」

 こうしてふたりはポストカードを購入し、自分たちの住所あてに幸せのメッセージを書いた。そしてポストに投函する。
 この後ふたりは、レストランで昼食を取り、土産物店でオリーブとオリーブオイルを購入すると村を後にした。

 そして二十四の瞳映画村や寒霞渓、エンジェルロード、土渕海峡、中山千枚田、小瀬の重岩など小豆島の観光名所を車で2日半かけて周る。こうして楽しいうちに旅は終わった。

ーーーー

「あ、もう届いていたよ」旅から戻った翌日の夕方、仕事から圭が戻ってくるとホアが嬉しそうに、ポストカードを見せる。
「そうか、意外に早くとどいたなあ。そうそう今日は買ってきたオリーブオイルを使って料理してくれるんだろ」

「あ、そ、そうね。今日はオリーブの日だっけ」
「そう、3月15日。見に行ったよね。昭和天皇がオリーブの種をまいたところ。その日を記念した日というのが、ちょうど小豆島旅行から帰った翌日なんだってね。そりゃ今日はオリーブオイルを使った料理。オリーブを上にのっけてもいいよ」
 ところがホアは目が泳いでいて挙動不審。「いや、それはそれだけど」

 しかし圭はそれに気づかず「とりあえず夕飯はオリーブオイルを使った料理を食べよう。あ、先にいうけどベトナム料理はダメ。それらしい地中海の料理にしてね」
 ホアは困った表情のまま白状する。「あ、ごめん。何作ろうか迷ったまま。結局何も決まらなかった。ねえ、圭さん何食べたい。
 そしたら明日買い物してくるから、今日は別のご飯で、オリーブだけ食べよう」
 舌を出して笑顔でごまかすホア。しばらく圭が固まったのは言うまでもない。



※本日登場した圭とホアの出会いから結婚するまでの物語はこちら

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シリーズ 日々掌編短編小説 419/1000

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