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夏に考える冬って何? 第933話・8.15

「せめて秋か春であれば」私は、カップの氷菓子を食べながらため息をつく。ご存じの通り今は夏である。暦の上では秋とは言うけれど、外に出ればいまだに灼熱の太陽が肌を突き刺し、暑さですぐに汗がにじみ出てしまう。 
 いまだ猛暑日などと言う言葉が堂々と闊歩している。このようなときに事もあろうに、私の担当する編集者から冬をテーマに創作してくれと来たものだから私の頭は冬の寒さのように痛いのだ。

「冷房がキンキンに聞いたこの部屋にいても、こうして氷はどんどん溶けるというのに、どうやって冬をイメージしろっていうの。もしかして南半球をテーマにしたらいいのかなぁ」などといろいろ考えても、私は南半球などに行ったことがない。
 そういえばかろうじて北半球の熱帯シンガポールに入ったことがある。あとわずかで赤道だったが、結局越えなかった。

「冬、冬、冬といえば、雪、いや待てよ」私は完全に溶けて間もなく液体になろうとしているカップの中をのぞいた。「あ、氷だ! うん、やっぱり氷がいい」私は冬ということで氷を頭に浮かべて創作することを思いついた。

「さて、氷はいいけど、どこで氷を見るか」私は完全に溶けたカップの色のついた甘い液を飲み干しながら考える。一番最初に浮かぶのはかき氷。次にはかち割り氷だけど、これっていずれも夏の氷であって冬ではない。
「真冬でも暖房を聞かせた部屋で、かき氷食べるのはありかもしれないけど......」私はまた氷のように固まってしまう。

「あ、編集者からだ」私はとっさにメッセージの内容を見る。「何、冷凍倉庫に興味があるかって?なるほどそれは面白い!」私は即返事した。
 30分後に返事があった。現場の担当者を教えてくれて、その人が案内してくれるという。こうして私は自家用車に乗って指定された冷凍倉庫に行ってみることにする。
 冷凍倉庫は湾岸地域にあった。そこには大きな建物がいくつも並んでいるが、そこにいるのは作業者っぽい人ばかり。「私、この世界では完全に浮いているかしら?」と思いつつ、指定された倉庫の受付で名乗ると、すぐに担当者が来て、冷凍倉庫の内部を案内する。

「ここからいよいよ冷凍庫です。中は氷点下25度以下なので、まずこちらの防寒具を来てください」と、担当者に言われるまま防寒具を着込む。
「うん、これは真冬の恰好だわ」私は着用したての防寒具を眺めながらひとりで納得する。
「ではいきますよ」と、担当者の後に付いていく。「うっ」私は思わず声を出してしまった。倉庫の中に入った瞬間、全く違う世界。しばらくは暑いところから来たからこのひんやり加減が気持ちよかったが、徐々に寒さが体を襲う。防寒具を着ていても寒い。私は体を震わせた。

 倉庫の中は白っぽい霧のようなものは漂っておらず、見た目は普通だったが、息をするのもつらくなりかけてきた。というよりも手足の先が痛く感じ始めている。どうにかこらえながら倉庫の内部を見た。そこには冷凍食品の段ボールが高く積み上げられており、防寒具に身を包んだ作業員やフォークリフトが淡々と動き回っている。彼らは寒いはずなのに全く気にならないようだ。いや動き回ることで、寒さから身を守っているのかもしれない。私は担当者の後に付いていきながら倉庫の様子を見る。だが15分ほどの滞在で私は限界に近くなる。
 それを察してくれたのかそのころに倉庫から出た。急に生ぬるいものが肌を覆ってきたが、極寒の世界から生還したことで、私の中は安どの表情になる。
「今日はありがとうございます」私は担当者に頭を下げて冷凍倉庫を後にした。

「まるで別世界だったわ」私は冷凍倉庫から出て、駐車場に向かう。外の世界に来ると急に熱くなってくる。車の中も灼熱地獄。本当にすぐそこにあるのに建物の中と外ではこんなにも寒暖の差が激しいのか不思議で仕方がない。今車の中にいるのは、暑い夏の世界なのにあそこだけは真冬の世界。いやあの温度は日本の冬よりも寒いのではという極寒の世界だった。
「やっぱりあそこ行こうかな」車を動かし私はハンドルを握りながら寄り道を決める。行き先は動物園。私は頭が煮詰まっているときは、純粋無垢に自在に動き回る動物を見ることが多い。とにかく癒されるし、そのうち頭の回転が急に復活するのだ。

 こうして私は動物園に入る。動物を色々見ながらあるコーナーで立ち止まった。「あ、これも夏の冬か!」私は動物園の白熊を見てさらにひらめく。 
 この日白熊は、ちょうど飼育員から大きな氷の柱をプレゼントされ、その氷に抱き着きながら明らかに喜んでいる。
「北極にいる動物がこの暑さじゃねぇ。うん?これも使えるわ。さてどっちがいいかな、いや混ぜちゃえばいい」私の頭の中で一気に創作意欲がわく。「よしタイトルは『真夏の冷凍倉庫に白熊が!』これでいいわ。

 こうして私は一気に思い浮かんだ創作物を具現化するために家に急ぐのだった。

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