見出し画像

お元気ですか #月刊撚り糸 第714話・1.07

「お元気ですか?」と、夜遅くに笑顔で俺の家にやってきたのは、大学生の甥っ子だ。「ああ、誠也か、見ての通り俺は元気だぞ。でもどうしたんだ、事前の連絡もなしに急にこんな夜更けに?」
「叔父さん、まあこれでも」と誠也が右手に手にスーパーの袋を持っている。俺は受け取って中を見た。「これは、七草セット?なにこれ」
「明日七草だから」「いやそりゃ1月7日の朝には七草がゆ食べる習慣、そんなこと俺も知っているわ。でも何で急に。お前俺に何か相談ごとでもあるのか?」

 甥の誠也は、俺にとっては子供のようなものであった。俺は独身でこの年まで来ていたこともあるし、誠也の父つまり俺の兄は、彼が小学生の時に事故で無くなった。それからは親代わりに接したこともあって余計にそういう気持ちが湧いている。
 やがて誠也の母が実家に帰ることとなり、中学に入る前に遠くに引っ越してしまった。それでも連絡は取り合っていたが、誠也が高校に入るころには連絡が途切れがちになっている。それが突然俺の前に現れたのからそれは驚く。

「実は」途端に誠也の表情が暗くなる。「なんだ? 早く言って見ろよ」「とりあえず、七草粥作るので、キッチン貸してください」「え? 今からか?」「今からなら。出来上がるときには日付が変わって7日になると思うので」

「日付が変わるって、お、お前今夜俺の家で泊まる気か......」あまりにも突然のことが続いて俺は頭の中が混乱したが、子ども同然にかわいがっていた甥っ子がせっかく遊びに来たので、特に咎めずに任せてみた。

「あいつ料理なんてできるのか?」気になった俺はキッチンを静かに眺める。甥の手さばきは結構スムーズ。「あいつ料理がうまいな。いつの間に覚えたんだろう」
 甥はプロ並みの手さばきで、てきぱきと七草粥を作っている。おれは黙ってキッチンから出た。ダイニングに戻ると「そうだあいつ、去年成人式だったな」ということを思い出した。

「はい、叔父さんできました」誠也は嬉しそうに七草の入った粥の入った土鍋を両手に持ってダイニングに入ってくる。
「おう、そうだ。おまえ成人式去年だったよな」「うん、それが」
「だろう、どうだ、お前と酒飲もうと思ってな。飲めるだろう」と俺が「大吟醸」とラベルに書かれた日本酒をダイニングテーブルの前に置く。
 甥は一瞬戸惑ったが、すぐに笑顔になり「そしたら叔父さん飲みましょう」と言ってくれる。

 誠也は七草がゆをお椀に入れてくれた。そして俺は盃に日本酒を入れる。
「ではカンパーイ」と最初に杯を交わすと酒を呑む。「いいねえ」俺は普段あまりお酒を呑まない。こうやって特別な時にはこだわった酒を呑む。
「でも、あんな小さかった誠也とこうやって酒が飲めるようになったって、何だかいいもんだ」
「これ美味しいですね」誠也は大吟醸のお酒が気に入ったようだ。俺はすぐに誠也の盃に酒を注ぐ。

ーーーー

「今日はずいぶん飲んだな」「は、はい叔父さん」いつの間にか誠也の顔が赤くなっている。
「おう、ずいぶん飲んだな。そろそろ終わりにしよう。これ食って寝ようか」俺は、少し冷めてしまったが、今さらながら誠也の作ったかゆを食べる。「うん、うまい」誠也はわからないが俺はまだ完全には酔っていない。だから七草がゆにいろんな草が入っていることはわかる。「ところで誠也、七草って知っているか」
「ひ、ひ、お、じさん知ってますよ。芹(セリ)薺(なずな)御形(ごぎょう)繁縷(はこべら)仏の座(ほとけのざ)菘(すずな)蘿蔔(すずしろ)ですよ」

「お、お前よく知っているな」俺は知らなかったから答えがあってるかはわからないが、誠也が自信ありげに答えているから多分あっていると思った。

「あ、お、おじさんそう、相談が」突然誠也が赤い顔が真顔になる。「お、そ、そうだ、悩みがあってきたんだよな」俺は酒と世間話に明け暮れて、誠也の悩みを聞くのを忘れていた。ここで俺は誠也が恋か失恋のどちらかだと読んだ」
 そもそも独身を貫いている俺は、全く恋をしたことがないとかはないが、あまり得意分野ではない。それでも誠也の倍以上生きているから何かアドバイスできるかと身構えた。

「実は僕、料理人になりたいんです」「え?」俺は意外な相談に、拍子抜けになる。
「高校の頃から料理を作るのに目覚めて、大学出たらどこか修行に出ようかと思っているんですが、母さんが『大学まで出したのに何よ。ダメです』と言われて、でもやりたいことだし、叔父さんどう思います」

 俺は拍子抜けしたので、一瞬次の言葉が出ない。しばらくすると「20歳越えたんだからそれくらい自分で」と言いかけたが、それを口の中に押し込んだ。「うーん、まあもう一杯飲むか」俺はとりあえず酒を呑ませてみることにした。「はい」誠也はお酒が好きなようでためらいもなく杯を出してくる。おれは彼に酒を注ぎながら「さて、どう答えようかな」と、酔った頭の中の回転を上げてみることにした。




------------------
シリーズ 日々掌編短編小説 714/1000

#小説
#掌編
#短編
#短編小説
#掌編小説
#ショートショート
#スキしてみて
#お元気ですか
#月刊撚り糸
#七草粥
#ほろ酔い文学

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?