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1年後のアドベントへの想い

「すみものがたり」のふたりが見たアドベント

「圭さんいよいよ今日からアドベントが始まるよ」と言いながらベトナム人ホアが圭のいる部屋に入ってきた。
「あれ、アドベントカレンダーって12月1日からだよね。まだ11月が2日残っているよ」

「確かにカレンダーは12月に入ってからが多いよ。だけど本来のアドベントは聖アンデレの日と言われている11月30日から一番近い日曜日から始まるんだ。だから2020年は11月29日なんだ」
 長く婚約者として同棲していたとはいえ、妊娠がわかって11月に正式に入籍したふたり。何も変わっていないけど何となく夫婦としての気構えのようなものを感じている。

「そうなのか?ホアちゃんベトナムではカトリック教徒だったもんな」「そう。ベトナムにいたころはね。でも今はほとんど無宗教だよ。えっと圭さんはリンザイっていうカルトだっけ」

「カルトじゃない!臨済宗は正統派だよ。それを言ったら俺だって実家がそうであって今はホアちゃんと同じ無宗教みたいなんだ」
 そう力説するように反論するも圭は笑顔を絶やさない。ホアは妊娠4か月を迎えようとしている。お腹を見ると確かに少しふくらみのようなものがあってそれを見るたびに、妙に自覚のようなものを感じるのだ。

「じゃあ、アドベントのこと詳しいの?」「少しだけだけどね」そういうと圭の返事を待つ前からからホアは語り始めた。
「アドベントにはラテン語で到来と言う意味があって、キリストの到来。つまりイエスキリストが生まれたクリスマスを待つっていう意味があるんだ」「まあ重要な人の誕生日を待つというのは信者にとっては大事だよな」
「でも、ロシアとかの東方教会にはないらしいんだって」「ロシアねぇ。ロシアの教会と言われても。俺よくわからないよ」圭は頭をかきながら、面倒な表情をしてテレビのスイッチを押す。

 暫くふたりは黙ってテレビを見ていたが、ホアが突然「圭さんちょっと散歩しようよ」「え、急に」「外の空気を吸いたくなった」「大丈夫かな、あまり動き回って流産とか嫌だよ」
「お医者さんの話では4か月になると安定期に近づくっていってた。だから大丈夫。行こう。外の空気を吸いに」

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 防寒具に身を包んだふたりは、おそろいのマフラーをして外に出た。天気は良いが、ときおり冷たい風がふたりに吹き付ける。落葉した葉が地面近くでうごめいていた。
「風が吹くとやっぱり寒いな」「もう冬だもん」
「ホアちゃん、本当にベトナムで生まれ育ったとは思えないな。あっちはこんな冬ないはずだけど、冬でも平気」「でもハノイの冬は寒いよ。京都みたいに雪は降らないけど」

「それにしてもホアちゃんは6月頃の出産でよかったな」「なんで?」

「こんな寒いときに出産だったら大変そうだよ。産むときは多分下半身は裸になる必要があるだろうし」
「あ、そうね。裸にしておかないと、服や下着が邪魔をして、赤ちゃんが出られないよ」と言ってホアは下を見る。圭は奇妙な動きをするホアを見て笑いをこらえながら視線をそらした。
「だ、だろう。そう考えるとクリスマスに生まれたイエスと言う人は大変だったんじゃないかな」
「あ、でもクリスマスは誕生日をお祝いする日だから、本当にその日に生まれたとは限らないって聞いたことがある」「え、そうなんだ!」圭は意外なことを言うホアのほうを向いて目を見開いた。

「なにか、昔から冬至に行われるお祭りがあって、それとキリスト教が一緒になったという説を聞いたことがある」ホアはまたどこかで調べた知識を語りだす。
「へえ、じゃあそれが本当だったら凄いことだな」「ほかの季節と言う人もいるけど実際のところはよくわからないわ」
「まあ、釈迦の誕生も本当にそうなのか曖昧だし」「じゃあリンザイは」「え、臨済宗って誰が始めたんだ? それすら知らない」
 首をかしげながらうつむく圭を見てホアはにこやかに笑う。ところが突然立ち止まった。「あ、」「どうしたの?」
「なんとなくお腹の中に動きがあった」「え、赤ちゃんの?」「わかんないけどそんな気がする」ホアはお腹に両手を置いて確認する。
「いよいよ、大きくなってきたのかな」圭はホアのお腹の前にしゃがみこみ、お腹に耳を当ててみる。「うーんまだわからないか」「でも中にいるのは確かよ」
「だね。これからどんどん元気よく暴れるんだろうな。来年この世に誕生する。そうか一年後のアドベントには3人で散歩したいね」
「今も一応この中に」「でも1年後は、ちゃんと子どもの顔を見ながらだから全然違うって」

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 ふたりは近所を中心にあるいていく。やがて見えてきたのはひとつの教会。「ねえ、ちょうど教会で主日の日曜礼拝しているよ」
「へえ。いつもは日曜日の昼間なんだ。俺たちはクリスマスイブの夜しか行かないからイメージが違う」

「ねえ、ちょっと寄ってみない」「え、寄ってみないって。でもいいのかなあ、信者でもない俺たちが勝手に入って」「大丈夫だよ。クリスマスの礼拝だっていつも行くじゃない。ほらパイプオルガンかなあ。中から素敵が音楽が聞こえるよ」

「わかった。ここで俺いかないって言ったら、ホアちゃん怒って、お腹の子に影響しそうだ」「何それ!」
「ごめん冗談。ちょっと中に入ってみよう。でも信者の邪魔をしないようにしないとな」
「うん、そうだね。それで1年後のアドベントのときにはお腹の子と3人で行くんだ」
「ああ、それいいね! それは1年後の俺たちへの約束だ」と圭は笑いながらホアの腰まわりに手を置く、そして共に教会の門をくぐるのだった。



こちらの企画に参加してみました。

1年後

アドベントカレンダーが誕生!募集します

 今年はアドベントカレンダーを作ってみんな楽しむのが流行りのようで、私も複数のところで参加することにしました。毎日投稿するのでそれ自体は問題ないのです。ところがその機能のところを触っていたら、私のものが出来上がってしまいました。

 私がひとりで毎日更新すればよいだけの話なのですが、もし興味のある人とか参加したいとかいう人がいたら、お気軽に登録しませんか?ということで紹介・募集してみました。
(特に内容のとかこだわりもなく、フォローが必要とかそういうのもないです)


こちらもよろしくお願いします。

※インクラインの桜・ふたりのすみものがたりは、今日の作品に登場するふたりの出会いからプロポーズまでのエピソードが入っています。

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シリーズ 日々掌編短編小説 313

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