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記念日を作ろう 6.13

「ねえ太田君。私たちの記念日って何だと思う」ここはいつもふたりが、待ち合わせるカフェ。フリルのついた白い半袖のブラウスを着た木島優花が遅れてくると、さっそく抹茶ラテを注文。
 隣には青いTシャツ姿で、いつものように先に来てブラックのホットコーヒーを飲んでいる太田健太がいた。「おい。いきなり記念日ってなんだよ」

「例えば、こうふたりだけの記念日とかないかなぁなんて」「え、それって結婚?」といった途中で健太は口をつぐむ。そのまま慌ててコーヒーに口を含んだ。
 まだ大学生ということもあり、いくら目の前の優花への愛情があったとしてもそこに行く勇気などない。

「どうしたの。結婚? とか言ってなかった」「い、いやちょっと。あ、いとこが最近結婚したのを思い出しただけ。彼ら結婚記念日とかどうするのかなとか」と、適当にごまかす。目の前には不思議そうな優花の表情。

「結婚ね。でもそんな大それたのじゃなく、もっと気軽な記念日とかよくないかしら」
「気楽な記念日ねえ」健太は目をつぶって考えてみる。だがすぐには何も思い浮かばない。優花も抹茶ラテに口を含みながら考えているが同じ。しばらく沈黙が続く。
「もうここにいても何も思い浮かばない。どこか遊びに行きながら考えようか」目を開けた健太が優花を見ると、優花もうなづいた。

ーーーーー

「何も事前に話していないのに行く場所が一致するのがいいな」「そうね。なんとなく今日は海を見たかったの」「俺も海がピピッと来たんだ」
 こうして電車に乗って向かったのは海。ふたりは海が好きなのか、季節関係なく海に行くことが多い。夏になれば一般的な海水浴客同様に水着姿になるが、それ以外の季節も好きで行ってしまうのだ。

「まだ海水浴の前だな。サーファーばっかりだ」健太は雲が少なくて広がっていた青空を眺める。そのわりに風が強い海辺を眺めながらつぶやく。やや高めのときおり白色に変化する波の姿。そして黒装束に身を包んだサーファーたちが、お気に入りのボードを手に、その波に果敢にチャレンジする。

 別に健太も優花もサーフィンはしない。サーフィンを楽しんでいる人たちを見るのが好きなのだ。
「それにしても不思議よね。どうして私たちサーフィンそのものに興味ないのかしら」「さあ、たぶん運動神経の無さとかかな」「ちょっと、何それ。私のこと!」今日は黒いガウチョパンツを履いている優花の顔が膨れる。
「そんなに怒るな。それは俺も同じ。ああいうスポーツが苦手なのはお互い様」健太は機嫌を直そうと必死。優花は黙って海を見たまま。

「そんなに怒らなくても」健太はあきらめたのか、そこから口を閉ざす。ふたりは静かに海を眺めた。
「そういえば、この前の冬も一緒にこの海岸来たわね」優花の機嫌はいつの間にか収まっている。サーファーが格闘している浜辺より、さらに沖合を見る。少しうねりのある波。見ているだけで潮の香りを感じるのは気のせいか? それとも実際の嗅覚なのかはわからない。
「ああ。冷たい風が襲う真冬の海も好きだな」「そうよね。寒いし、冷たい。すぐそばまで来たら波の冷たいのが当たるのに、何で行きたくなるのかしら」視線を遠くに置きながら吹き付ける潮風に、髪をなびかせている優花。その姿に健太はたまらなくなる。

「それは、たぶんこうやって肌のぬくもりが」ついに健太は優花を後ろから抱く。優花は健太からの温もりを感じると、突然顔の表情が緩やかになる。目を細めうっとりとした表情に変わった。
「もう、サーファーの人に見られちゃうかも」「いいよ。見られたってなにも悪いことしてないんだから」
 健太は優花の背中のにおいをかぐようにしばらく顔をつけた。

ーーーーー
 どのくらいの時間が経過したのだろう。先に口を開いたのは優花。「ねえ、太田君。私たちの記念日って海にしない」優花はそう言って視線を遥か沖あいに向けた。その先には水平線が見える。この辺りの海域には、ときおり大型の船が水平線上に見えることがあった。だが今日はそれはない模様。あるのは海の青さと空の青さの微妙な色の違い。その境界線上としての水平線があるばかり。
「そうか海の記念日かぁ。まあ来月になれば海の日という祝日があるけど、別に俺たちだけの記念日があってもいいよなぁ」優花から離れた健太も水平線に視線を置く。
「そうよ。じゃあ今日にしよう。6月17日は、ふたりだけの海の記念日にしない。これから太田君とずっと一緒にいたいし。だから毎年この日なったら海に来て、お互い一年間振り返りましょ」
「ああそれがいい。そうだずっと一緒にいたいな」健太も同意した。こうしてふたりの記念日が自然にできる。
「ずっと、ということは......」このとき健太は、真剣に結婚の2文字を意識。果たして優花はどうなのだろうか? 彼女はただ遠くを見つめながら、うれしそうな表情をしているだけだけであった。


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