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夏の綱で作る料理  第551話・7.27

「ただいま」勝男はいつもより30分ほど遅い時間に自宅に帰った。「今日は遅かったわね」と玄関に来たのは妻の沙羅、ちょうど夕ご飯を作っている最中なのでエプロン姿である。「いや、ちょっとね。実は夏の綱をもらってきたんだ。
「夏の綱?」聞きなれない言葉に聞き返す沙羅に、勝男は得意げな表情になると、紐にくくってぶら下げていたものを見せる。

「うん? これスイカ」「そう、いやあ取引先からもらったんだよ。そこはスイカの販売もしているんだ。でも数に限りがあるからって、課内でアミダクジをしたら、見事に当たったんだ」と嬉しそう。
「へえ、そんな大きなの1個もらったんだ」「ああ、結構重たかったぞ」と勝男は沙羅にスイカを渡す。「お、確かに重い!」沙羅は両手で抱えると、キッチンに持っていく。

「でも、何でスイカが『夏の綱』なのよ」「ああ、知らないのか。スイカの縞模様を綱に見立てているんだ。それとスイカは夏の果物を代表するから『横綱』というのも掛けているわけだ」
「それ、取引先の人に聞いたの」「は、ハハハ。バレたな」と勝男は笑った。

「あと7(な)2(つ)の2(つ)7(な)で、7月27日がスイカの日と聞いたぞ」「それ今日じゃん」「ああ! それで送ってきたんだ。さすがだな」と勝男は上機嫌に納得。
「スイカが夏の横綱ね。果物だったらドリアンが王者って気がするんだけど」「まあな。東南アジアのドリアンは最高だ。最近ようやく日本でも入ってきたが、昔は海外でしか食べられなかったな。おい、そんなこと言ったら、ドリアン食べたくなったじゃないか!」
「もうその話おしまい。代わりにスイカね。とりあえず晩御飯の後に食べましょう」と沙羅はキッチンの奥に入り夕飯の続きを始めた。

ーーーーー

「さて、そろそろスイカ食おうか」食事を終えた勝男は、お茶をすすっている。「そうねえ、スイカ一個をふたりでは多いから、とりあえず8分の1切ってくるわ。でも」
「うん、その後どうしようかしら」
「そうだなあ。まあスイカ食いながら考えようか」

 こうしてキッチンで沙羅はスイカを切り始める。半分に切った後、さらに半分、つまり4分の1になったスイカ。これをさらに半分と8分の1にまで裁断した。このスイカをさらに切断するのだが、ここで中心を軸に、三角錐上に食べやすい大きさまで切り上げていく。
 そしてそれを大きな器に乗せて持ってきた。
「ん? そう切ってきたのか」「中心から放射状に切ると、甘さが同じになるんだって」

「へえ、まあ8分の1をそのまま食べてもよかったが」と勝男は苦笑い。とりあえず、そのうちのひとつを口に入れる。
「うん、いいねえ。やっぱり夏の果物だ」とずいぶん満足そう。

「さてと、あと8分の7もあるのよ。あれ大玉でしょう」「そうだな」
「どうしようかなあ」
「だったら沙羅、ジュースにするのはどうだ。タイのテンモーパン(แตงโมปั่น)とか良いぞ。あとはブロック状にカットして氷らせたら、シャーベットになるじゃないか!」
「もちろんそれはやるつもりよ。テンモーパンは、ちゃんとレシピ持ってるんだから」と沙羅は『当たり前』と言わんばかりの表情。
「でもせっかくだからこう、ちょっと変わった食べ方してみない」沙羅は好奇心が旺盛。それは勝男も同じ。こうなるとネットで探すしかないとばかりに、ふたりは各々スマホを取り出す。こうして沈黙のひとときが流れた。

「お、これいいかも」と、先に沙羅が何かを見つけた。「え、何だ?」「モッツァレラチーズよ」「おお! 話を聞くだけでも、酒の肴になりそうだな」
「ちょっと作ってきていい」
 そういうと沙羅はすぐに立ち上がりキッチンに行った。「相変わらず気が早いな。さて俺は他に何か」勝男はもっと変わったものがないか探しだす。

 キッチンでは沙羅が、さきほどのスイカを一口大にカットする。「まさか昨日の特売のチーズ買って正解だわ」と冷蔵庫から取り出したのはモッツァレラチーズ。箱の上にはスーパーのテープが張ってあり『広告の品』と書いてある。
 さらはそれをとりだして細かくちぎっていく。そしてスイカの上にのせて言った。「後は塩と胡椒を振ってと」と言いながら淡々と作業をする。「あ、レモンの皮か、まいいいか」レモンの皮もレシピに載っていたが、それを無視し、代わりにレモン果汁。これにオリーブオイルとビネガーを混ぜてモッツァレラチーズとスイカの上にかける。

 こうしてあっという間にスイカのモッツァレラが完成した。「よし、これはウイスキーかな」勝男は立ち上がると、ウイスキーを取り出し、ロックグラスに氷を入れる。
「お前も飲むか」「少しだけ」こうして食事とデザートが終わったのに、改めて食後のドリンクタイム。瑠璃色に輝いたウイスキーの液体をちびちびと飲む。そして早速スイカのモッツアレラを口に含んだ。

「いいねえ、これはおいしいわ」と勝男は上機嫌。「良かった。一品完成したわ。で、あなたは何か見つけた」
 突然沙羅に振られ、驚いて目を大きくする勝男。「え、ああ、ちょっと待って」実は探していない? ではなく微妙なレシピを見つけたので、少々戸惑っている。

「あのな、スイカの実ではなく皮を使ったのを見つけた」「皮! 危うく捨てるところだった」興味深そうな沙羅の表情。

「これだ、明日にでもやってみてくれ」と勝男が見せたのはスイカの皮の漬物だ。
「ほう、いいわね。それも中華風。それこっちに送って」勝男はすぐにアドレスを沙羅に送った。これは皮の中でも一番外側の固い部分だけを取り、薄い緑色の部分を食べやすい大きさにカット。そして醤油、酢、ごま油や、ニンニクを擦り降ろしたものを和える。その上にごまを載せていた。
「ここではネギとあるけど、どうせならパクチーでも乗せよっかな」と沙羅は、ウイスキーが入っているためか少し上機嫌。
「あ、これもいいわ」沙羅はもうひとつ見つけたようだ。
「なに? サラダとかか」しかし沙羅は首を振る。
「ちがう、鶏肉と煮ているスイカ料理を発見!」「え、スイカを煮るのか!」勝男はウイスキーを飲みながら、少し怖いものを見るような表情になる。しかし沙羅は翌日さっそくチャレンジしようと、明日鶏肉を買う決意をするのだった。


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シリーズ 日々掌編短編小説 551/1000

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