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夢か現実か 第934話・8.16

「不思議な出来事だった」今動物園に来ているのに、まだ記憶の片隅に残っていることで悩んでいる。あれは夢だったのか現実だったのか頭の中がいまだ混乱しているのだ。今見えている目の前は猿山。夢と現実の違いで頭が混乱している人間の前で、そんなことを一切知らず、純粋無垢な表情をしながら木登りをしたり壁を歩いたりしながら自由自在に遊び回っている猿たちがいた。

 今頭の中に残っている記憶は、ある店の手伝いに行ったことだ。バイトだと思うが、その店か何お店なのかが覚えていない。だが何を手伝ったのだろう?手伝った内容がほとんど思い出せず、かろうじて思い出せるのは店から帰る場面だ。その際、店にいる人誰にも気づかれていないかのように静かに去っていった。そもそもあのときは手伝いに行ったのかどうかも......。でも「お待ちしていました」と、最初にはっきりとスタッフらしい人に言われていたのが覚えている。ああ、あの手伝いは夢か現実なのかわからない。

 頭の中であれこれ考えながら、猿山を後にした。いつのまにか鳥の並んでいる檻に来ている。いろいろな鳥がいて静かに飛んでいる鳥もいれば、大声で泣く鳥もいた。周辺では定期的に大きな鳴き声が聞こえる。泣き声に驚きながらもまだ不思議な体験?記憶?を引きずっていた。
「今日は動物園にいても集中できない。もう帰ろう」と思ったとき、やっぱり不思議なことが起こる。

 動物園を出口目指して歩いていると売店が見えてきたが、その売店を見るときに鮮明に思い出す。「ここ、ここだ!」そう、さっきまで記憶に残っていた店は動物園の売店だったのだ。ちなみにこの売店の先に出口がある。
「で、あの出来事は夢か、夢なら気にせずに通り過ぎればよいだが」ここで足が止まった。もし記憶に残っていることが現実なら、目の前を通ると呼びかけられるかもしれない。そのとき手伝いに来たのに、ほとんど何も手伝わずに勝手に抜け出したとしたら大ごとになる。
「え、どっちだ、いや、この記憶は夢であってほしい」そう思い、大きく深呼吸しながら近づく。いや売店からできるだけ離れたところに歩こう。うまく他の客に紛れて何食わぬ顔して出ていけばよいのだ。いやそうではない、あれは夢なのだ。いったい夢に何を恐れている。堂々と行けばいいじゃないか」
 頭の中でいろいろな思いが交錯した。まるで天使と悪魔がいて、それぞれの立場を頭の中に吹き込んでいるかのよう。だけどこれはそもそも良いことか悪いことかそれすらわからない状況。でも、ここにいても仕方がない。ここからは無心になって、ただ出口だけを目指して歩く。

 ちょうど売店の前に差し掛かった。内心緊張しているが何事もなく歩く。「あ、お疲れさん!まだ5分前だけどいい!」という声が聞こえた。「これは他人かもしれない、無視だ」と思ったが、体が無意識のうちに声の方に振り向いている。するとああ思い出した、最初に「お待ちしていました」といってくれたスタッフの人だ。

 そうわかるともう無視はできない。吸い込まれるように体が売店の方に向かいその前に立つ。「はい、じゃあいまから休憩に入りますので、あとよろしくね」とその人は笑顔ですぐに持ち場を離れた。
 結局否定も肯定も出来ないまま売店にスタッフとして入る。ところがここで困ったことに売店でのオペレーションが思い出せない。「あとよろしく」といわれても、どうしたら良いものか。さっきの人は動物園にいる人々の中に吸い込まれて姿がわからなくなっている。「え、な、なにするの」思い出そうとするが思い出せない。そもそも夢ではないかと思っていたのに、実は現実のことで、さっき動物園で動物を見ていたのは休憩中のことだったのだ。「ああ、こっそり抜け出そうか、どうしよう」

 どうしてよいのかわからないまま突っ立っている。幸いにも引き継いでからは見事に客が寄り付かない。商品を買ってほしいと笑顔になっておらず不安に満ちた暗い表情が功を奏しているのか?
 でもこのまま勝手に店を抜けるなんて、とてもできそうにない。「え、どうしよう、ど、どうしよう」気ばかりが焦る。
 それにしてもこの日の朝、バイトとしてこの売店に来たはずなのになんで記憶があいまいなんだ。最初の挨拶だけ覚えて、あと何をしているのかわかっていない。ここで記憶を呼び戻そうと目をつぶって考え込む。

「無心になろう、そうだ無心になろう」目をつく美心の中で途絶えた。休憩前の鮮明な記憶を呼び戻そうとする。細かいことはどうでもよい。ただこの売店の業務内容さえ思い出せばそれでいいのだ。

「ちょっといいですか」最悪な事態に遭遇した。まだ思い出せていないのに声をかける者がいる。これは売店の客に違いない。「ああどうしよう。頼む思い出してくれ!」気ばかり焦るがに何も思い出せないのだ。
「ちょっと!聞こえていますか!!」今度はやや強い口調。もうだめだ適当に対応しなければならない。売店だからそこにあるものを売るだけでいいはずだ。金額はどこかに値札が書いてあるはずに違いない。レジの操作はもうなるようにしかならないだろう。こうして勇気を振り絞り目を開ける。

「え?」目を開けるといつの間にか横たわっている。斜め上に売店が見える。「ちょっと、そこで寝てられると困るんです!!」見るとさっき「はい、じゃあいまから休憩に入りますので、あとよろしくね」と笑顔で言った人。だけど今はこっちを見て睨んでいる。

「早く起きてください!あなたがそこでいつから寝てたのか知りませんが、おかげて客が怖がってこないんです。早くどこかに行ってください。営業妨害続けるなら警察呼びますよ」
「え?」また頭が混乱した。どうやらやっぱり売店の手伝いは夢だったようだ。その夢をずっと見ていたのか?いつの間に売店の横で寝ていたのかは定かではないが、少なくとも売店の手伝いをする必要はなくなった。
「あ、はあ、すみません」と小声で頭を下げると、そこから逃げるように立ち去る。

「ふう、なんで寝ていたのだろう、まさか熱中症で、いやそれはないか」でも、確かに体が熱い。日の当たるところで寝ていたからだろう。
「どこか涼しい所へ」と向かったのはペンギンの館。冷房が効いた薄暗い室内では、ペンギンの水槽の中が見られるようになっている。目の前ではこんな頭の中で、夢と現実のはざまで頭が混乱している人間のことなど全く気にもしていないペンギンが、水の中を軽快に泳いでいるのだった。


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