隠れキリシタンの里を目指す 第633話・10.17

「ねえ、エトウがいなくて寂しくないの?」「あ、エドワード。うん、どうせ明日合流するし、長崎は私にとって日本のもうひとつの故郷。それよりキャサリンがいるから大丈夫よ」

 ジェーンはエドワードこと江藤と知り合う前、留学生として長崎の大学にいたことがあった。そこで知り合ったキャサリンと、今日は長崎市内の教会巡りをしている。といってもキャサリンも小倉在住で、ここに来ていたのは、大学の同窓会があったからだ。昨日行われた同窓会が終わったあとも、ジェーンはそのまま数日間長崎に滞在することにした。

「明日の午前中に長崎空港でエドワードと合流。それから平戸の隠れキリシタンの里に行くのよ」
 腰近くまでの金髪のストレート髪を靡かせながら、浦上方面から乗っている路面電車の中で、ジェーンは嬉しそうに車窓からの眺めを見ていた。
「何度来ても、長崎に来たら浦上天主堂と大浦天主堂見ないとね」
「それはいいけど、大学にいたときにはあれだけ興味なかった隠れキリシタンのところに、突然行こうなんて変わったわね」
 ブロンズのパーマ姿のキャサリンはそういって、ジェーンの横顔を見た。
 ちなみにキャサリンはアメリカ出身、英国出身のジェーンとはどちらも英語圏なのに、イギリスの英語とアメリカの英語が微妙に違うのと、お互い日本滞在が長いためか、ここでは普通に日本語で会話している。

「そうねえ、学生のときは、私プロテスタントだから興味なかったわ。カトリックですらどうかと思っているのに、隠れキリシタンみたいなのって、不純だらけな気がして......」静かにつぶやくようなジェーンの口調。
「あなたアングリカン(英国国教会)なんでしょ? まるでピューリタン(清教徒)みたいな思想ね」

「若いときはね。でもエドワードと知り合って変わったわ。彼は典型的な日本人で、仏教も神社も信仰している。最初私は理解できなくて、よくぶつかったけど、最近ようやくわかってきたわ」
「ジェーンも大人になったのね。隠れキリシタンは、日本でキリスト教が禁止になっても200年以上も信仰を守ったすごい人たち。あ、もうすぐよ」

 ふたりはは大浦天主堂前で路面電車を降りると、天主堂に向かって歩き出す。何度も来ているので道に迷うことはない。そしていつも見ているからと、土産物屋にも目をくれることなく歩いて行った。
「でも、考えてみたらすごいわ。200年以上ということは、生まれたときから教会を知らずに育って、そのまま死ぬまで人が何世代もいたってことよね」歩きながらジェーンは話しかける。
「そうよ、マリア像を観音像にしたり、十字架やロザリオを『納戸神』として祀ったそうよ」グラバー通りと名付けられている緩やかな坂道、石畳になっているので雰囲気はあるなかふたりの会話は続く。
「それって、昔のキリスト教会みたいね。ローマ帝国に迫害されていたころの」「ジェーン、それだけ神様は偉大な方ということよ。あ、そろそろ天主堂が見えてくるわ」
 キャサリンが言うように、緩やかなカーブを曲がると大浦天主堂の姿が見えてきた。

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「国宝で観光名所だから料金取られるけど、神様への寄付と思えばね」ジェーンは毎年のように来て、ここでお祈りをする。江藤と来ているとき江藤は祈っているジェーンの後ろで、荘厳なステンドグラスを嬉しそうに眺めているだけ。今年はキャサリンも同じクリスチャンということで、ジェーンの横で神に祈った。

「さて、キャサリン。おなかすいたわね」「ジェーンやっぱり長崎新地中華街に行く?」「そうね。本場のちゃんぽんを食べたいわ。で、おすすめのお店とかある」「ごめん、知らないの。小倉ならいくらでも知っているけど」とキャサリン。
「ということは、ネットの口コミかしら」そういって、スマホを取り出すジェーン。ちょうど江藤からのメッセージが入ってきた。「うん、エドワード? なに『予定通り明日長崎に行くから』って、当たり前よ。来なかったらそれこそ。それより長崎のグルメ情報とか調べておいて欲しかったわ」と、ジェーンは不機嫌そうにつぶやく。それを見てうらやましそうなキャサリン。
「ふたりとも仲がいいわね。でもここからは私たちも普通の Tourist か」といってキャサリンは笑った。


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